我が子を見る気持ち
お2人に「やっぱり飲食店に入るとボタンが気になりますか?」と聞いてみると、「見ちゃいます(笑)」とのこと
坂本さん「テレビで飲食店が映るとテーブルの上を探しちゃいます」
阿蘇品さん「漫画でもファミレスが出てくると確認しますね」
坂本さん「うちのがあると『かわいがってくれてるなぁ~』ってね」
もはや我が子を見る気持ちである。ボタンを押す手も優しいのだろうな。

取材協力:株式会社パシフィック湘南
そういえばここまで、入口で黒光りしていた「ソネット君」が出てこない。あの形のボタンって、いつできたんですか?
坂本さん 2003年です。お客様からの要望が増え続け、メーカーが対応しきれなくなってきたんですね。先代の社長が「このままではダメだ」と、自社ブランドを作ることにしたんです。
そこで新たに開発されたのが、フランス語で呼び鈴を表す「ソネット」に、親しみをこめて「君」をつけた、「ソネット君」であった。
先ほど僕が嬉嬉として鳴らしていたコレである。
あれ? さっきの写真、一番右に緑の数字が出てますけど、これは……?
坂本さん お客様から「料理ができたことをキッチンから知らせたい」という要望がありまして、キッチンからの呼び出しを右から緑で表示できるようにしたんですよ。
「そんな機能もあるのか」という驚きはまだ続く。実はボタンの盗難防止機能もあるのだ。
酔っ払ったお客さんがボタンを持って帰っちゃうことがあったので、お店に安心してもらうために追加したそう。
阿蘇品さん ボタン内に傾斜センサーが入っています。カバンに入れるなどして、ボタンが傾いた状態が続くと警告音が鳴るんです。受信表示機にも、警告音を鳴らしているボタンの番号が表示されますよ。
こうして広まっていったソネット君だが、ひとつネックがあった。「ファミレスにあるもの」というイメージが強すぎて、高級店から敬遠されてしまったのだ。
でも高級店の個室サービスこそ、呼び出しベルが必要な場所のはず。中の様子が分からないし、頻繁に「ご用はありませんか」と聞きにいくのも、うっとおしいだろう。そこで。
坂本さん ファミレスのイメージを払拭するために、見た目をいろいろ変えたバージョンも出しました。高級感を出したり、お店のテーマに合わせたり。
こうしてバージョンアップを重ねてきた「ソネット君」だが、実は旧モデルと根本的なところが変わっている。それも、目に見えないところで。
電波である。
旧モデルは微弱電波という、車のキーレスエントリーなんかに使われる電波を使って、ボタン(送信側)と表示機(受信側)の通信を行っていた。でも30メートルくらいしか飛ばないし、電波干渉も起こりやすかった。
そこで「ソネット君」では特定小電力という電波を採用。これなら周波数を分けて干渉を防げるし、見通しで100メートルは飛ぶという。
えっ100メートルって……そんなに広いお店あります!? と驚くと、「フロアが分かれたお店などにも対応するために出力を強くしているんです」とのこと。なるほど。
そして時は流れて、2007年。この特定小電力の電波で作られたのが、こちらである。
このワンタッチコール、ソネット君よりもさらに広範囲の、見通し150メートル先まで電波が届く。
えっ150メートルって……そんなに広いフードコートあります!? と驚くと、「もともとフードコート用に作られたものじゃないんですよ」という答えが返ってきた。そうなんですか!?
坂本さん 実は、ロードサイドの繁盛店向けだったんです。店の入口にお客さんが並んでいると、入ろうとした車が「あ、いっぱいだ」って通り過ぎちゃうじゃないですか。なので、お客さんに駐車場の車内で待ってもらえるように、こうしたものを作ったんですね。
電波の出力が高いのは、店から駐車場にいるお客さんを呼び出すため。そんな経緯があったのか……!
ただ、このワンタッチコール、想定していたロードサイドではあまり使われなかった。代わりに、当時増えてきたフードコートで使われるようになっていく。
店からお客さんを呼べるし、見通しがいいので遠くまで電波が飛ぶ。フードコートにはうってつけ。
「結果的に良かったですね(笑)」と2人は笑う。しかし、このあと大ピンチが待っていた。
2020年、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るうのである。
コロナ禍でステイホームが叫ばれ、大人数の会食はダメ!となった。
飲食店から人が遠のき、閉店したり、新規出店が止まったりした。となると、ソネット君も無関係というわけにいかない。
阿蘇品さん ソネット君は販売開始から右肩上がりで売上を伸ばしてきたんですが、2020年にがくっと落ちてしまったんです。
売上のグラフを見せていただいたのだけど、2人が口を揃えて「やばかった」というほどソネット君の数字が落ちていた。このままでは会社存続のピンチ……。
……かと思われたのだが、もうひとつのグラフで、ワンタッチコールの売上が2020年に2倍以上に膨らんでいるのである。えっ。
なにが起こったんですか。そんなに全国にフードコートできましたっけ。
阿蘇品さん いえいえ、ワンタッチコールがクリニックで使われるようになったんです。
坂本さん 3密防止で待合室がいっぱいになってしまうので、車で待てるように……と、導入されるクリニックさんが増えたんですね。
そうだった。そもそもワンタッチコールは「車で待つ」ために作られたもの。
150メートル先まで電波が飛ぶ出力の高さが、未曾有のパンデミックで生かされることになるとは……!
最近では、飲食店以外の業態にも呼び出しベルが活用されている。その代表が工場だそう。
坂本さん 飲食店向けの「ソネット君」を、工場に導入するケースが増えてきたんです。フォークリフトを呼び出したり、「部品の補充は赤」「トラブル時の呼び出しは緑」みたいに、自分たちでルールを決めたりして。
それならと、パシフィック湘南さんも工場向けの製品を開発。呼び出すとパトライトが回ったり、「ソネット君」に機能を付与した工場エディションを作った。
ボタンを押すとパトライトが回る。工場用途なので下っ腹に響くほど音が大きい。
坂本さん パソコンと連動させて「何時何分に呼ばれて何分で対応した」というデータを取得するなど、業務の見える化も図れるようにしました。ハードはもともとあるので、低コストなのも利点です。
阿蘇品さん 工場は見通しが良くていいから、電波も遠くまで飛びますしね(笑)
電波の出力が高いから、少ない台数で広い工場をカバーできる。
数字で呼び出すから、日本語が分からない外国人従業員でも使える。
電波で通信するから、ネット環境を整える必要がない。
ソネット君、工場用に作られたんじゃないかというくらいピッタリである。ここでもまた「結果的に良かった」が発動している。
他にも、思わぬところで使われている例ってありますか?
阿蘇品さん ワンタッチコールを導入された塾がありますね。先生に質問をする順番を待つために使われているみたいです。
坂本さん ワンタッチコールはAPECの国際会議で使われたことがありますよ。首脳陣の会議中、バックヤードで待機しているスタッフを呼ぶために押されていました。
坂本さんは「人を呼ぶという行為があれば、そこにソネット君あり」と言う。
どんなに世の中が変わっても「呼ぶ」「呼ばれる」の関係はずっとある。工場が無人化されたって、ロボットがこけたら人が呼ばれるだろう。
「呼ぶ」という普遍的な行為に対応した商品だからこそ、いくつものミラクルを起こして、「結果的に良かった」と笑い合えるのかもしれない。
お2人に「やっぱり飲食店に入るとボタンが気になりますか?」と聞いてみると、「見ちゃいます(笑)」とのこと
坂本さん「テレビで飲食店が映るとテーブルの上を探しちゃいます」
阿蘇品さん「漫画でもファミレスが出てくると確認しますね」
坂本さん「うちのがあると『かわいがってくれてるなぁ~』ってね」
もはや我が子を見る気持ちである。ボタンを押す手も優しいのだろうな。
取材協力:株式会社パシフィック湘南
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