驚愕の自動人形
石井:『謎のチェス指し人形ターク』というノンフィクションです。
話は1770年の春にさかのぼります。
フランスで評判の奇術師が、オーストリアのマリア・テレジアのもとに来てショーをします。その時に、マリア・テレジアは優秀な技術者や知識人を集めて「何をやっているか分かるか」と分析させるんです。
で、その中にケンペレンという男がいました。役人なんですけど、科学的知識もあって信用されている男。「さっきのショーはどうか」と聞かれて、「いや、正直そうでもないですね。なんだったら半年後に私、もっとすごいものをお見せしますよ」ということになりまして。
伊藤:美味しんぼみたいな
石川:今それ全員思いましたね(笑)
石井:ははは。で、約半年後、ケンペレンが披露したのが、この「謎のチェス指し人形ターク」という出し物。
異国情緒あふれるカートを持ってきて、そこには「ターク」というトルコ人風の人形がついてます。
最初に中身を全部開けて見せるわけです。「何もないです」と。
それなのに、このチェス指し人形タークは、チェスの対戦が自動でできるっていうんです。
観客がチェスを指すと、ギギギギ……と動いて対戦する。しかも結構強い。さらに「ナイトのツアー」というチェスのパズルも解いちゃうんですよ。
みんな驚愕したわけですよね。なんだこれは、と。当時、「オートマトン」という自動人形が流行している時代だったんですけど、その中でも図抜けてとんでもないものが出てきたということで。
伊藤:この表紙のこれ?
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石井:その人形です。
で、噂があっという間に広がりまして、世界ツアーが始まるんです。
パリ行って、ロンドン、アメリカ、ドイツ、ロシアと回るのですが、これはタークの一代記なんですね。
タークは元々はケンペレンが作ったんですけど、彼が死んだ後も、解体されて放置されたり、また組み立てて興業回ったり、という数奇な運命をたどっていくんです。
石川:うわー、おもしろそう。
誰も仕組みはわからない
石井:産業革命で、蒸気機関とか発明されて工業化が進んでいくど真ん中ですから、それこそ新テクノロジーとして万博のような場所に出されたりもする。でも、誰も仕組みは分からないわけです。ケンペレンも明かそうとはしない。
ここでみんなだんだん疑問に思ってくるわけです。「あれは本当に純粋な機械なんだろうか?中に人間がいるんじゃないか」と。
んちゅたぐい:はー
石井:そこでいろんな謎解き本が出るんですね。みんなが解き明かそうとして、「小人がいるんじゃないか」とか「足を失った人が隠れているんじゃないか」とか。「俺、ショーの合間に上から見ちゃったよ」という人が出てきて暴露本を出すなんてこともあるんです。
石井:著者のトム・スタンテージさんの種明かし具合がまた上手くて、そういった当時の暴露話も紹介しながら、徐々に「もしかして、こういうことなのかな」と思わせてくる。でも、章の最後で「その(暴露本を書いた)男は、真実のまだ何分の一にしか到達していないのであった」というふうに、なかなか種を明かさない。
石川:ははは
石井:その進め方がめちゃくちゃ上手い。本当に1日で読んでしまいました。
石川:最後には仕組みはわかるんですか?
石井:本の最後にはちゃんと仕組みが明かされます。
でも、それにしても凄くないか?という話なんですよ。種も仕掛けもあったけれど、それにしても凄い。
石川:聞いても「な~んだ」とはならない?
石井:ならないですね。読んでなお「そんな仕組み、できる?」という。
英語のサイトやYouTubeで、実際に再現して作ってる人もいるんです。でも、どこかぎこちない。当時のものを完全再現できていないんじゃないかな、と思うんです。
だから、最後に仕組みが明かされても、本当の本当のところはちょっと分からないというか。
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一番早く作られた人工知能
伊藤:このタークは、現存しているんですか?
石井:してないですね。当時のものはもうないです。
この本が言うには、タークの歴史は、機械化と見世物の歴史であり、もう一つ「コンピューターの歴史」でもあるんですよ。
タークは一番早く作られた人工知能なんじゃないか、という話なんですね。考えてチェスを打つわけですから。
今、世界的なチェス王者にコンピューターが勝ったりしてますけど、当時のチェスのチャンピオンたちもタークと対戦していて、実はもっと前に同じことが起きていた。
石川:強いんですね?
石井:まあまあ勝ちます。ただ、負けることもある。
石川:最強ではないんだ。
石井:全員に勝ったわけではない。でも、負けた時にもチェスの名人たちが「こんなに疲れた試合はなかった」というコメントを残していくんです。負けてなお。
ロンドン公演の取材記事を、まだ若い頃のエドガー・アラン・ポーが新聞に書いていた、なんてエピソードもあります。「知られざるAIの祖先」と言われていて、コンピューターの父と言われるような人物も当時タークを認めていて、「これは本物の知能の可能性がある」と評していたり。
で、本の最後には、コンピューターか人間かを見分けるチューリングテストを、タークは突破していたんじゃないか、という話で終わっていく。
だから、人間の産業が発展していく中、見世物が庶民の心を惹きつけ、それを権力者が利用しようとすること、そしてコンピューターの始まり。それらが入り混じって、本当にあった話なのに上質のミステリーを読んでいるような。めちゃくちゃ面白いです。
伊藤:タークが実在したこと自体は、もう揺るぎないんですか?
石井:これはもう間違いないです。
タークにはタークマニアと呼ばれる研究家がものすごくたくさんいて、膨大な資料が残っている。さっきも言いましたけど予想本や暴露本もたくさん残っています。
いろんな説が出てくるんです。磁石説とか、客席に協力者がいる説とか。でもどれもそれぞれ一つの謎は解けても、「なぜ自動でチェスを動かせるのか」という説明にはならない。逆に「こう動かしている」という説明は、「なぜチェスがそんなに強いのか」という説明にならない。
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伊藤:チェスをやるなんて、空間認識をしなきゃいけないじゃないですか。
石井:そう、俯瞰で見たうえで、手を考えるだけじゃなくて、精巧に駒を操るシステムも必要。
伊藤:当時のチェスが、今よりもっとシンプルだったとかではないんですよね?
石川:○×ゲームみたいな?(笑)
見世物としての胡散臭いB級感もある
石川:いや、これはめちゃくちゃ読みたくなりますね。チェス以外のことはできないんですか?
石井:動いたりはするんですよ。対戦の前に最初にちょっとしたショーがあって。
ただ、これだけ凄い機械であれば、もっと王侯貴族の間だけで展示される高級なものかと思いきや、けっこうB級っぽい、雑な扱いもされているんです。「お金がなくなったからもう一回タークで稼ぐか」みたいな感じで興行を打ったり。
ケンペレン自身も、一流の科学者であるがゆえに、タークを自分の最高の功績にしたがっていない節がある。「ロシアからお声がかかっているけれど、持っていきたくないな」ってなったり。それもなぜなんだろう、と。
伊藤:普通、最高の唯一無二のものを作ったらPRに奔走しますよね。
石井:「いや、別にいいですよ」みたいな感じなんです。
石川:科学史にはあまり出てこなさそうですね。
伊藤:AIが世界チャンピオンを打ち負かした時に、これがもっと掘り下げられて然るべきな気がしますけれど。
石井:ちょっと秘宝館のような匂いもする。でも、ロマンがありますよね。
石川:この人はノンフィクション作家?
石井:そうですね。『ヴィクトリア朝時代のインターネット』など、他にも有名な本があるみたいです。サイエンス・ドキュメンタリーのような感じで、これは本当に単純に面白いです。
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