そもそも動物の死骸を外国に持っていってよいのか
なかば勢いで登録をして、翌日メールで送られてきた口座に参加費を送金すると、手続きとしてはそれで済んでしまった。拍子抜けするくらいあっさりとしたものだ。
すると、それまで気づかぬふりをしてきた現実的な問題が押し寄せてきた。
中でも最たるものは「そもそも動物の剥製を海外にもって行ってよいものなのか」ということだ。そんなことも知らずに参加するつもりだったのかと我ながら驚く。
国境を越えた動植物の移動は厳しく制限されているのが普通である。たとえば、海外旅行先で買った肉製品は日本にもって帰ってくることができない。一応、検疫証明書という書類を発行してもらえば不可能ではないらしいが、個人でそんなものを用意するのは現実的ではなさそうだ。
ハムやソーセージですらこの扱いである。ましてや剥製ともなると、どんな煩雑な手続きが必要なのかと考えただけで頭がくらくらする。かといって黙って持ち込んだことがバレれば、よくて没収、最悪逮捕されるかもしれない。外国で逮捕される自分を想像すると背筋が寒くなった。
手始めに日本の税関にメールで問い合わせてみたところ、
「わからないので滞在する国の役所に聞いてほしい」
という丁寧な返事をいただいた。
EUに品物を持ち込む場合、最初に入国する国(今回はドイツ)の規則が適用されるいうことは調べてわかったので、次にドイツの税関にメールしてみた。すると
「ATAカルネ(一時輸入のための通関用書類)などを使う方法が考えられるが、この場合はよくわからないので動物検疫の担当者か環境保護庁に直接聞いてほしい」
という返事が返ってきた。
これが俗にいう盥(たらい)回しというやつかしら。そんなことを考えながら、教えてもらった動物検疫の担当者と環境保護庁の連絡先に同じ内容のメールを送信した。
が、これまでと違って一向に返事をよこさない。ついに盥回しにすらされなくなったのだろうか?出品キャンセルの言い訳を考え始めたころ、出発の前日になってようやくミュンヘン空港の動物検疫担当獣医から連絡がきた。
「ヒヨドリは絶滅危惧種やワシントン条約の対象種ではないから、ちゃんと防腐処理された剥製なら普通の荷物として持ち込んでかまいません」
相手はそう言っていた。にわかには信じがたかったのでしつこく確認したところによると、書類の準備はおろかそもそも申告する必要すらないらしい。後日現地に着いてしまってから環境保護庁の方からも返信が届いたが、こちらも同じことを言っていた。
こんなことがあってよいものなのだろうか?もっとも、今回はそれで助けられたわけだから深くは問うまい。釈然としない思いを抱きながら、私は綿でグルグル巻きにしたヒヨドリを旅行用の鞄に詰め込んだのだった。
ようやく出発
飛行機でドイツのミュンヘンへ。
開催地であるザルツブルクはミュンヘンからバスで2時間ほどの距離にある。ミュンヘンには友人が住んでいるので、まずはそこで一泊させてもらうことにする。
私は飛行機というものが苦手で、この時も「夜景がきれいだな」などと思っていたら急に機体がガタガタと揺れ始めたため、手にべったりと汗をかきながら
「夜景も剥製もザルツブルクも全部どうでもいいからとにかくはやく地面に戻りたい」
と祈る羽目になった。願いが通じたのか、飛行機は数時間後無事に目的地であるミュンヘン空港に到着した。
事前に担当者のお墨付きをもらっていたとはいえ、税関を通過するときは緊張した。だいたい、末端の職員たちがこういう細かい規則を熟知しているとは思えないではないか。
税関のゲートでは、朝の7時であるにも関わらず制服を着た職員が10人ほど集まってこっちを見ていた。ご苦労なことだ。後ろめたいところはないとはいえ、呼び止められたら面倒なことになっていたはずである。(大丈夫でした)
この日は作品の搬入日であり、開催は翌日からである。
通用口から入って受付を済ませる。参加者一覧の中にちゃんと自分の名前があったので一安心だ。開催期間中に自由に会場に出入りできるショーパスと書類一式をもらい、グルーミングエリアと呼ばれる作業スペースで出品前の最終調整をする。
グルーミングエリアでは20人くらいの人たちが自分の作品を前に作業したり、談笑したりしていた。彼らの作品を横目で見ると、大きくて立派なものばかりである。立ち止まってじっくり眺めたい衝動を我慢して自分のスペースを確保する。
ついたて一枚はさんだ向こう側の展示スペースには、これと同じような作品たちがすでに搬入を終えて、開会の時を待っているのだと思うと抑えがたい興奮が湧きあがってくるのを感じた。
剥製師たちは気難しい人が多いのかと思いきや、手を止めて気さくに話しかけてきた。参加者は多くが近隣の国からやってきた人たちなので、東洋人である私(とヨーロッパには生息しないヒヨドリ)が珍しかったのかもしれない。
素晴らしい作品たちの中では、私のヒヨドリはなんとも頼りなく見えた。でも今さらどうこう言っても始まらない。
納品を済ませ、そそくさと宿へ引き上げたのだった。