亀石はなにを語る?
花鳥風月という言葉は人間の関心が移っていく順番を表しているという説もあって、つまり月(=巨石)への興味は動植物だの風景だのを味わいつくした末に湧いてくるものだということだ。
巨石を見て頭に浮かんでくる感想の8割くらいが「うーん、でかい石だな」の域を出ないということは、私はまだその境地には至っていないということなのだろう。もちろん楽しんではいるのだけれど。もっと年をとれば、大きな石を見てスピリチュアルななにかを感じ取れるようになるのかもしれない。
亀石を目指します。
おお、わかりやすい!
あった!
亀石は、住宅地と農地の真ん中に、びっくりするくらい無防備に置かれていた。
異論はあるかもしれないけど、けっこうかわいいと思うんだよね。
カメというよりはカエルっぽい顔だと思う。
かつて湖であった大和盆地の水がなくなって、死に絶えてしまったカメを供養するために亀石を作ったと。そして南西を向いている亀石が西を向いたとき、大和盆地は泥沼に戻るということらしい。
怖い伝説だった。
さて、亀石については課題が出ている。まずはスケッチブックを用意して石の亀裂をスケッチせよということだった。
ここでこいつが活きてくる。
描く。
亀石の隣は農産物の無人販売所になっていて、ありがたいことに机と椅子のある休憩スペースも併設されていた。亀石に張りついてスケッチすると他の人の邪魔になるから、写真に撮って、それを見ながら座って描いた。
描けた。石を上手く描くのは難しい。
描けたは描けたが、描いたところで意図不明の亀裂は意図不明の亀裂のままなのだった。どういった教育的意図があったのだろう?写経みたいな?
次はもっとハイレベルな課題だ。亀石はなにを訴えかけているように見えるか、直感で答えよというもの。
2.の方の課題。
亀石よ、何か言っておくれ。
とはいえ本当に亀石がなにか語りかけてくるような、諸星大二郎先生的な展開は怖すぎる。それに先ほどの伝説が本当なら、彼が人間に対して口を開くとすれば、出てくる言葉は恨み言の類であろう。
幸か不幸かなにも亀石は何も言ってこなかったから、亀石から聞いたという体で偽史を作ってやることにした。
偽史を付与しろってGemini先生も言ってたことだし。
むかしむかし、大和のカメが死に絶えてしまってしばらくたった頃のこと。
明日香村にゴンタロウという農夫がいた。
ゴンタロウは器用で力持ちなので、農業のほかに石工をして生計を立てていた。
ある日、五つになったばかりの息子に、昔ここらにいたというカメという生き物の像を作って見せてやりたいと思ったゴンタロウは、村の年寄相手にカメにまつわる情報を聞いて回ることにした。彼自身もカメを見たことがなかったからである。
年寄A「カメは普段水の中に住んでいてたまに陸に出てくるカエルみたいな生き物じゃよ」
年寄B「カメは背中に岩を背負っていて、手足や頭をその岩に出し入れできる生き物じゃよ」
年寄C「カメはとても長生きで、とても大きくなることがある生き物じゃよ」
「なるほろ、カメはカエルみたいで、背中の岩に手足や頭を出し入れできて、大きくなる生き物なんか。えらいけったいやのお」
ゴンタロウはイマジネーションを働かせて亀石を作った。地所の端に転がっていた巨石を、本業のかたわらで細々と削って作ったので、えらく時間がかかった。その間、成長した息子はカメへの興味など無くしてしまったから、頭が彫り上がったところで「もうええやろ」と言って、完成とした。人からツッコミを入れられたら、手足をひっこめた姿だと言い張ればいいと思ったのである。
(おしまい)
最後の目的地、甘樫丘の展望台へ
若干日が傾いてきていたが、最終目的地である甘樫丘へやってきた。
きれいに整備されていて登りやすい。
高い山だったらどうしよう、と気をもんでいたのだけれど、杞憂だった。ふもとに自転車をとめて、ものの5分ほど歩いただけで展望台に到着した。
つい最近木の伐採と植林があったようで、山全体がとても明るい。
展望台には立派な枝ぶりの桜が並んでいた。
人もあんまりいないし、穴場やわー。
西川を見る。住宅地が広がっていて、その背後の遥か遠くにうっすらと見える山の向こうが大阪、堺市などがあるあたりだ。
東側を見る。山が近い。でも、石舞台古墳や亀石といった遺跡の多くがあるのはこっち側なのだ。
はるか昔はこっちの方がイケてる地域だった、ということなのだろうか?どうしてそうなったのかは歴史を知らないので定かではないが、いずれそうしたことを猛烈に調べたくなる時期が来るのかもしれない。
「お、これも何かの遺跡かな?」と思って近づいたら、
ゴミ箱でした。こんなに力のこもったゴミ箱を見たのは初めてだよ......。
今日見たものを抱えて、いざ未来へ
Gemini先生の最後の課題をやっていこう。
10年後と言ったり20年後と言ったり、若干ブレがある。
これは難しい。大熱狂というほどではないけれど、全体的にそこそこ楽しかった。だから「どうでもいいもの」を選べと言われると困ってしまう。
あえて候補を上げるなら......
飛鳥資料館の敷地の端に置かれていた廃寺の礎石。
このへんは、今日見たものの中でも心に訴えてくるもののなさが際立っていたかもしれない。これが私の宝物になるんだろうか?
というわけで、20年くらいしてから廃寺の礎石で記事を書き始めたら「あ、あいつ成熟したな」と思って読んでやってください。
編集部からのみどころを読む
編集部からのみどころ
今回の特集、何をもって修学旅行とするかの解釈は各ライターに任されていたのですが、中でもコンセプチュアルだったのがこーだいさんの記事。「20年くらいたってから良さがわかってくる」という解釈が見事で、企画中でも屈指の修学旅行っぽさを誇る記事だったと思います。
普通に旅として楽しんでいるところもあり、ピンときてないところもありというまだらな感じがリアルなんですよね。(石川)