巨石(レプリカ)を愛でる
飛鳥資料館の敷地には、明日香村の巨石群のレプリカが置いてある。実物はあちこちに散らばっているけれど、レプリカでよければここだけでかなりの数を見ることができるのだ。原寸大で作られた巨石たちはレプリカと言いつつ迫力たっぷり、本物と言われれば信じてしまうだろう。
”石人像は庭園で噴水として使われていた花崗岩の石造物。(中略)。岩に腰かけた男性像に女性像が手をそえている。内部に孔が貫通しており、男の口の杯と、女の口から水が吹き出す。外国人を思わせる姿をしている。”
作られたのは推定で7世紀頃。えっと、すごすぎない?そんな昔の日本に噴水があったなんて。巨石を運んだ技術といい、全体的にオーパーツ感がある。
かつて中国では甲骨文字のかかれた古代の骨を砕いて漢方薬として売っていた、みたいな話に通ずるものを感じる。いや、こちらは現物はまだ残っているようだからぜんぜんマシなのだが、遺物が資源として見られていた時代がたしかにあったのだ。
一番興味深かったのがこれ。高松塚古墳の石室のレプリカだ。
高松塚古墳は1972年に内部の極彩色壁画が発見され、国宝に指定された。しかしながらカビや雨水の浸食、漆喰の剥落から壁画をこのまま保存するのは困難と判断され、2006年、ついに修復のために石室を解体する工事がスタートしたのだった。このあたりのことは当時のニュースで聞いたことがあるような気がする。
で、このレプリカは、本番の工事に先だって段取りを検討、訓練するために作られたものなんだそうである。これはすごい。今なら少しはわかるぞ。絶対の絶対の絶対に失敗できない仕事を引き受け、きちんとやり遂げた人たちの凄さと受けたプレッシャーの大きさが。
石舞台古墳へ
思った以上にエンジョイしてしまった。
飛鳥資料館を出た時点で13時、予定より1時間以上遅れている。
石舞台古墳のすぐ近くにある食堂に寄ってカレーを注文した。これはたいへんナイスな判断だった。なんと我々が注文した二食で食事メニューは全て完売、店の人が急いで表に「ランチ終了しました」の札を持っていったのだった。
時期的に、修学旅行ではなく遠足なのかもしれない。男子ばかりだからたぶん男子校で、列を作って歩いているけれど、ところどころ固まって話したり、離れたりでちらばりができている。
ふと、あの人たちは、今見てきた大昔の遺跡をどう思っただろう?長い時間がたってから、この日のことをどんなふうに思い出すだろう?と考えてみた。過去、現在、未来が入り混じった不思議な気分になった。
今のままでも十分大きくて圧倒されるのだけれど、完成時はこの上に追加の構造物があったらしい。
「古墳を作った当時のリーダーの「狂気」をどう評価するか?」とGemini先生は問うが、私は別に狂気とは感じないかな。たしかにまっさきに浮かんできた現代の類例がトランプタワーやトランプ戦艦ではあったのだけれど、とにかく立派なものを作って自分の権勢を子々孫々にまで伝えたいという願望は普遍的なものだと思う。

