特集 2019年1月8日

年越しに24時間かけて歩いて帰省する

年越しにまったく予定がなくて暇だった。1月1日には実家に帰るし、どこかに遠出する時間もない。暇だ。

そうだ、時間もあることだし歩いて家まで帰ってみよう。

大学中退→ニート→ママチャリ日本一周→webプログラマという経歴で、趣味でブログをやっていたら「おもしろ記事大賞」で賞をいただき、デイリーポータルZで記事を書かせてもらえるようになりました。嫌いな食べ物はプラスチック。(動画インタビュー

前の記事:家の中でクリスマスのイルミネーションをやる

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僕の実家は神奈川県の三浦市というところにあり、今は東京の中野駅の近くで一人暮らしをしている。中野駅から実家までをグーグルマップで調べると70kmくらい、14時間ほどで着く距離だとわかった。

過去にママチャリで日本一周したことがあり、一日に100〜120kmを毎日走っていたこととがある。そのため「70kmくらいは余裕だろう」と思っていた。

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日本一周していたときの写真。毎日野宿をしていた。

しかし、歩いてみると結果としてほぼ24時間歩くことになった。地獄だった。なぜこんなに時間がかかったのかは自分でもわからない。1人24時間テレビだ。三途の川に徳光和夫がいた気さえしてくる。

ただの趣味で始めたことなので最初は記事にする予定がなかったのだが、自分なりに学びが多かったので書くことにした。

50km以上を歩いて実家に帰る予定がある人は参考にしてほしい。おそらくいないと思うけども。

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(10:30)出発の準備

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荷物は着替えとモバイルバッテリー×2のみ。長距離移動はいかに荷物を少なくするかが大事。寒くなるのは目に見えているので、夜になったら大量にTシャツやヒートテックを重ね着する予定だ。
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出発時の初期装備。冷えると足首を痛める可能性があるので靴下は重ね履きしている

【やりたいことリスト】

・年越しそばを食べる
・神社でお参りをする
・地元で初日の出を見る

せっかくなら楽しみながらやりたいと思い、歩きながら3つの年越しっぽいイベントをクリアしていくことにした。こういうの設定するとゲーム感があってワクワクしてくるから好きだ。単純な性格でよかった。

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わかりやすいように自分の現在の状態をパラメータで表していく
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 (11:00)出発

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この日は天気もよく温かくて歩くには最高のコンディションだった。寒いと思っていたが歩いてみると暑いくらい。

出発したときは清々しい気持ちだ。もともと僕は歩くのが好きな方だし、実家に到着すれば家族や親戚から爆笑がとれるだろうという楽しみもあった。半日以上の時間をかけた大ボケだ。満点大笑いに違いない。

前日は早く寝てゆっくり起きたので体調も万全。身体も精神も最高潮だ。今だったらメイウェザーにも勝てそう。矢でも鉄砲でも火炎放射器でも持ってこいや。

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(12 : 00) 出発から1時間 - 笹塚駅

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1時間で笹塚駅に到着

人間の歩くときの平均時速は4~5kmくらいらしい。中野駅から笹塚駅まではだいたい4kmくらいなのでちょうどいいペースだ。

歩きのペースというのは自然と一番始めのペースで決まるらしい。つまり朝に歩いた速度がその日のペースになるということだ。先は長いから早く歩きすぎるのは禁物。

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グーグルマップが示したルート通りには進まない方針で行く

今回はグーグルマップで調べつつ移動していく。ただし、グーグルマップが示してくれるのは最短ルートなので、狭い裏道などもガンガン駆使していくので注意が必要だ。

自転車日本一周したときにグーグルマップ頼りにしたら、ジャングルかと思うほどの緑が生い茂る山道や、誰も住んでいないような静かすぎる村を走らされた嫌な思い出がある。

裏道はたしかに最短距離なのだが、道に迷いやすいのでいちいち地図を見ないと進めないという難点があるのだ。道に迷うとイライラして体力も精神力を消耗すると経験上で知っていたので、多少距離が伸びても大通りを進む方針をとることにした。

日本一周をした知識がまさかここで活きてくるとは思わなかった。なんでも経験しておくもんだ。

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 (13 : 00) 出発から2時間 - 駒沢大学駅

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駒沢オリンピック公園ではサッカーの選手権の試合がやっていた

歩いて2時間はあっという間だった。グーグルマップだと出発から実家までは14時間なので、あと12時間歩けばゴールする計算になる。

「ああ、このまま行くと山も谷もなにもなく着いてしまうなぁ」

とぼんやり思っていた。このあとに山と谷しか存在しないということをこのときの僕が知る由もない。

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(14 : 00) 出発から3時間 - 自由が丘駅

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自由が丘駅

3時間歩いても疲れなど微塵もなかった。むしろ調子がどんどん良くなっていく気さえしていた。

歩いているときに「自分は目標に向かってもくもくと作業することが向いているのかもしれない」と思った。1人で3時間歩いても長く感じないしむしろ楽しい。

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途中でコンビニに寄ってイートインで食事。炭水化物をとりすぎると眠くなるので軽めにしておく。自然と意識高い人の写真みたいになっていた。
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歩いていると色々なことを思考するので、頭に浮かんだことはLINEにメモをするようにしておいた。

一人で歩くとなぜかいつもは考えないようなことも頭をぐるぐると回る。

「世の中には0から1を作る人がいて、その人たちの力は偉大だ。その1を100にする能力も世の中において大切だ。しかし、軽視されがちな1をひたすら大量に生産する人がいて世の中は成り立っているのかもしれない」

歩いているときにこういった考え事をしていると「1つの真理にたどり着いた!!!」というくらいの興奮と感動がある。真理の扉を自分の手でこじ開けたのだ。

しかし、今読み返してみると中学時代に書いたポエムを大人になって見つけたときのような感覚になるから不思議だ。ウォーキングハイ。

【出発してから3時間でわかったこと】

・体力的にも精神力的にも余裕すぎる
・ピクニック感覚
・楽しい
・このまま山場もなくおもしろみがないまま終わるのでは?と逆に不安になる
・やることがないので頭の中で様々な考えが飛び交う

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 (15 : 00) 出発から4時間 - 新丸子駅

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線路沿いは道に迷うことがないので楽に歩くことができる

歩いていて気づいたのだけれど、頭の中で考えていることがすべてポジティブなものになっていた。

家で何か1人でいるときは「バーベキューをやりたがる人はインスタに肉を食わせたいだけ」というような、恨みつらみが重なった黒い負の思考が多いのだが、歩いているときは悲観的な思考が少ない。

運動していると性格がだんだんと明るくなっていくというのは本当なのかもしれない。

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多摩川を超えて東京から神奈川へ

多摩川を超えて神奈川に入っただけでも「けっこう歩いたな〜!」という実感が湧いてくる。しかし、グーグルマップで調べてみると自分が思ったよりも進んでないという事実を目の当たりにしてしまう。

正確な数字を見ると精神的なダメージが大きいので、どのくらい進んだか調べるのはやめようと決めた。体温計で測って熱があったときに余計に体調が悪く感じるようになるのと同じだ。

多摩川を超えたくらいから足に違和感が出始めた。履いているスニーカーが小さいのか、右足の親指が丸まって人差し指を削ってる感じがする。長距離移動だとこういう小さい違和感がのちのち大きな問題になってくるから怖い。

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いつ行けるかわからないから、トイレにはこまめに行くべき。小さいイライラやストレスを極力減らしていくのが長距離移動の鉄則。

(17 : 00) 出発から6時間 - 菊名駅

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16時ごろに日吉駅を通過
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中退した大学の近くにある鶴見川で休憩。「もっと大学楽しむためにどうすればよかったんだろうなー」と、目をつぶって大学にタイムスリップした自分を想像した。多分また辞めるという結論に至った。

食事はおにぎりやカロリーメイトをちょこちょこと食べるようにしている。これも日本一周のときに学んだことだが、一気に食べるのではなくお腹が空く前に食べるようにするほうがエネルギーの効率が良い気がする。根拠はないけど経験から学んだことだ。

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17時ごろに菊名駅に到着。残りが45kmほど。

足の指も痛いが、右足の膝裏の筋にも影響が出ていた。足をピンと伸ばすと痛みが走る。ここで初めて最後までやりきれるかどうかという「不安」の2文字が頭によぎる。

しかし、最初の計画どおりにいけばあと8時間で目的地に着くはず。疲れはあるがまだまだ精神的には余裕がある。

【出発してから6時間でわかったこと】

・足に疲れがたまり始める
・精神的な消耗はまったくない
・途中でストレッチを何回かする
・やりきれるのか不安になるときが出始める
・歩いていると思考がポジティブになる

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 このときは「あと残り半分」だと思っていたので足の痛みも疲れも耐えることができた。ただ後のち覚悟が足りなかったということに気づくことになる。僕は「14時間分の覚悟」しか持ち合わせていなかったのだ。

 (19 : 00) 出発から8時間 - 横浜駅

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白楽駅周辺。もうあたりは暗くなっていて、飲んでる人の姿も多くなってきた。

足の疲れがきた。一歩踏み出すごとに足つぼマットを踏んでるような痛みがあった。ただ、まだ耐えられる痛みだったので気にせずそのまま歩くことにした。

スマホの充電が半分以下になり始めたので、自宅から持ってきたモバイルバッテリーを使用する。モバイルバッテリーは2個持ってきているので大丈夫なはずだ。

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こういうのを見ると「ああ、電灯すら俺を応援してくれている」と勘違いするくらいにはまだ思考はポジティブ
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横浜駅に到着。ようやくこれで半分くらい。

横浜!!!!!

自分がよく知っている駅に到着すると一気に落ち着く。家に帰ってきたくらいにリラックスできる。駅で野宿できるレベル。

学生時代は京急を利用していたので電車を見たときに「知ってる赤い電車だ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」と大はしゃぎした。京急の安心感は段違い。

夜はもっと寒くなりそうだったので、ユニクロでニット帽や手袋、ネックウォーマーを購入した。

このとき「予想以上にお金がかかっているな…」ということに気づいた。「歩いて帰るから交通費浮くじゃん!ラッキー!!」と思っていたのだが電車で移動するより高くついた。一つ勉強になった。実家に帰るときは電車を使った方がいい。

(20 : 00) 出発から9時間 - 日ノ出町駅 周辺

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黄金町〜日ノ出町あたりは風俗街もあるため夜道は怖い。おっさんが立ってるだけで恐怖感がすごい。色んなおっさんが立っているだけのお化け屋敷があったら一番怖いのかもしれない。

右足の疲れが尋常じゃなくなってきた。痛みも重なって歩くのが辛い。疲れと痛みが織りなすハーモニー。右足首のヴィシソワーズ 〜痛みと疲れを添えて〜。

歩き始めて9時間経って「辛い」という感情が生まれ始める。辛みの芽吹き。まだ冬眠していてほしい。

ここまでほぼほぼ体力も気力も満タンに近かったのだけれど、「辛い」と思い始めてから一気に消耗し始めた。体力と精神力って密接にリンクしてると思う。最終的には人間は根性がすべてなのかもしれない。

【出発してから9時間でわかったこと】

・足が痛い
・精神的にはまだ安定しているが、消耗はしてきている
・休憩が多くなる
・「本当に着くのか?」ということが頭によぎり始める
・考えごとをすることが少なくなってきた

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 (21 : 00) 出発から11時間 - 磯子駅 周辺

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友人宅でそばをごちそうになる。最高!!!!!!!!!!!!!

実家に歩いて帰っていることをTwitterで実況していたら高校時代の友人から「バカだろww かわいそうだから俺が打ったそばを食わしてやるよwww」と連絡がきた。

「ああ、友達っていいな」ということを数年ぶりに心から本気で思った。心が洗われる瞬間。弱っているときの人の優しさは涙がでそうになる。

友達の家でガキ使を見ながら1時間ほどゆっくりと過ごした。ああ、年末年始ってこれだよ。これなんだよ!!

【やりたいことリスト】

✓年越しそばを食べる
・神社でお参りをする
・地元で初日の出を見る

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夜になって寒くなってきたので装備もより強固になった。ヒートテックは上下とも3枚重ね着している。無敵超人ヒートテックマン。

 (23 : 30) 出発から12時間30分 - 金沢区に突入

友人宅で温かいご飯を食べて心のエネルギーがかなり回復した。しかし、ゆっくりしすぎたのが仇となったのか、立ち上がり足を伸ばしたときに激痛が走る。

ももの付け根から足先までに一本のさびた針金を入れられたような感覚。屈伸して足を伸ばすとギシッと音がする。「ギシッ」というのは比喩でもなんでもなく、実際にそういう音が聴こえてくる。

痛い、怖い、辛いの三点セット。わーい!闇の福袋だ!!!!

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金沢区に突入

あと30分で年が明けてしまう。何もしらない土地で過ごすことは確定しているので、せめて神社にはたどり着きたい。先を急ごう。せめて人がいるところで過ごしたい。

文章で書くと一瞬で進んでいるが、この時間帯は1km歩くだけでもかなりきつかった。時速2kmくらいしかでてないと思う。

頭の中ではポジティブな思考とネガティブな思考がいったりきたりして戦っている。ただ、ポジティブな気持ちが小学生くらいの戦闘力だとすれば、ネガティブな気持ちはメイウェザーくらい強い。

【出発してから12時間でわかったこと】

・足が痛いのはもはや当たり前。足のすべてが痛い。
・休憩しないと歩けない
・「電車に乗る」という選択肢がでてくる
・Twitterで実況することが唯一の楽しみ

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 (00 : 00) 出発から13時間 - 京急富岡駅 周辺

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フォルクスワーゲン 金沢シーサイド店の前にて年明け
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近くの居酒屋から「おめでとー!!!!!!!!!!!!!!」という喝采が聞こえてきた。お正月がきた。

年が開けた。2019年だ。実感がまったくわかない。

時間的には年は明けたが、気持ち的に年が開けた気持ちにはならない。おぎやはぎの漫才のつかみで「開けないかと思ったけど今年もキレイに開けたね」というお決まりのやり取りがあるのだが、キレイに開けていない。むしろ一回閉じた。

家に着いてから開ける。開けるのは自分自身だ。決めるのは時間じゃない。俺だ!!!

(01 : 00) 出発から14時間 - 金沢文庫 付近

当初の到着目標時間であった14時間が経過した。ここでひとつの心の支えが消えた。。

ここまでなんとか耐えてこられていたのは「14時間で目的地に着く」という気持ちがあったからだと気づいた。14時間分の覚悟を超えてしまった。それ以上の時間を歩く気持ちを持ち合わせていなかったのだ。

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金沢文庫駅。残り23km。思ったよりも遥かに進んでいない。

痛みで足を思いっきり伸ばすことができない。錆びた金属のおもちゃの足を無理やり引っ張ってるような窮屈な感じがする。しかし、進むしかない。ここまで来たらなんとしても歩いて帰りたい。

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休む回数も多くなってきた。バス停に置いてあるパイプ椅子などが回復ポイント。

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しかし、ここでまだ僕には辛くなったときの秘策があった。それは「音楽」だ。本当に辛くなったときに音楽を聴いて歩こうと思っていた。ここまでとっておいたのだ。

椅子に座りながらこのときに思いついた聴きたい10曲を選ぶことにした。

1. 群青日和 / 東京事変
2. HIT IN THE USA / BEAT CRUSADERS
3. ジターバグ / ELLEGARDEN
4. 大声ダイヤモンド / AKB48
5. 風に吹かれて / 欅坂46
6. ワンダーフォーゲル / くるり
7. バウムクーヘン / フジファブリック
8. ソラニン / ASIAN KUNG-FU GENERATION
9. Funny Bunny / the pillows 
10. 終わりなき旅 / Mr.Children

 懐かしみにあふれる曲が多く選ばれた。特にラストの「終わりなき旅」は高校の卒業式で合唱した歌なので、聴きながら歩いて泣きそうになった。合唱を思い出して声をだして歌った。

「曲を聴いて泣くってなに?どういう精神状態なの?」と僕はずっと疑問に思っていたのだがやっと理解できた。人間は14時間歩き続けて音楽を聴くと泣く。

いやしかし、音楽の力というのはすごい。聴いてると自然と体が動く。「音楽に救われる」ということは本当にあるんだと思った。

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瀬戸神社

音楽を聴きながら歩いていると金沢八景駅の近くにて神社を見つけた。運が良い。やりたいことリストがまた一つ達成できる。

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ただ神社が少し混んでいてお参りするには並ばなきゃいけなかった。立っているだけという状態が一番辛い。

【やりたいことリスト】

✓年越しそばを食べる
✓神社でお参りをする
・地元で初日の出を見る

1年に1回神社にきて目標を立てるというのはいい文化だなと思う。気持ちが引き締まる。

おみくじは大吉で安心した。ここで凶とか引いてたら間違いなく電車乗って帰っていた。いや、凶を引いて帰った方が幸せだったかもしれない。

 (03 : 30) 出発から16時間30分 - 田浦駅 付近

痛い、辛い、不安の3つがぐるぐると頭を回る。痛すぎて笑ってしまうくらいだった。2019年の初笑いがまさかの苦し紛れの笑顔だとは。

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田浦駅近くのトンネル。ここから残り15kmほど。明らかにペースが遅くなっている。

精神的な疲れもきていたが、もう一つだけ残していた秘策があった。今度は「ラジオ」だ。芸人のラジオを聴きながら歩こうと思っていた。

やはりこれも効果抜群で心がかなり救われた。気がかなり紛れる。歌の効果もすごいがお笑いも世の中に必要不可欠なものだ。本当の初笑いはラジオにあった。トゥース!!!!!

【出発してから15時間でわかったこと】

・足先も足首も太ももの裏も全部痛い。・休憩する時間が長くなる。歩いては休憩を繰り返す
・あきらめようか迷う
・最初の到着時間をオーバーすると気力が一気に削がれる。あらかじめオーバーする覚悟は持っておいた方がいい

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 (04 : 30) 出発から17時間30分 - 汐入駅

目的地である三浦海岸に着いて、家族や友人に囲まれて初日の出を見たかったのだが、どう考えても時間内にたどり着く気がしなかった。

家の近くで初日の出を見るのはあきらめて、遠回りだけど海沿いを歩いていってこのあたりので初日の出を見ることに決めた。

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横須賀市民の学生がこぞって遊びにきていたダイエー(今はイオンになった)。映画館とかボーリング場もあるため中学生のちょっと遠出のデートは必ずここにくる。

とにかく前に進もう。進もう。進もう。「頑張る」とか「一生懸命やる」とか思考には一切なかった。とにかく進むしかない。前に進む。ワタシ ハ ススム。

思考が一つしか持てない。シングルタスクのMS-DOSにでもなった気分だ。cd homeで家に帰れればいいのに。

(05 : 30) 出発から18時間30分 - 海釣り公園

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海釣り公園という海辺の公園で初日の出を見ることに決めた。5時30分ごろに着いたけどまだ真っ暗だった。

初日の出は6時50分ごろにあがるらしいので、それまで休憩することにした。足が座っていても立っていても痛い。そして海沿いなので寒い。

フードをかぶってカバンを前に背負ってただひたすら丸まって待つ。

【出発してから18時間でわかったこと】

・痛い辛い寒い痛い辛い寒い痛い辛い寒い痛い
・痛い辛い寒い痛い辛い寒い痛い辛い寒い痛い
・痛い辛い寒い痛い辛い寒い痛い辛い寒い痛い

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  (07 : 00) 出発から20時間 - 海釣り公園

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写真には上手くとれなかったが無事に初日の出は見ることができた

ああ、ここまで歩いてきてよかった。苦労した分の初日の出は美しい。

今年は雲が覆っていて少ししか太陽が見れなかったのだけど、その数分間だけしか見れないという日の出が今の自分を表しているような気がした。僅かな光に向かって進むしかない。

世界遺産、壮大な建造物、歴史ある建築、美しい景色、様々な絶景スポットが世の中にはあるけど、自分が本当に感動する景色というのは心の機微で決まるものだと思う。

インスタ映えというのはあくまで小手先のもので、本当の意味でキレイなものというのは写真を見せても他人には伝わらないものなのかもしれない。

【やりたいことリスト】

✓年越しそばを食べる
✓神社でお参りをする
✓地元で初日の出を見る

初日の出には感動したものの、1時間以上待っていたことにより身体はガチガチに冷え切ってしまっていた。

立ち上がる動作だけで声をあげるほどの激痛が走る。正座を5時間して足を痺れさせたあとに、足首から下をギュッとプレス機で押しつぶされているような痛みがずっと続く。

残りたったの10kmなのに歩くことができない。15時間以上歩いたあとの10kmは元気なときの50kmに等しい。

ああ、ここであきらめるか。電車に乗って家に帰ろうかな。

ここまで頑張ったし、自分が勝手に始めたことだからやめても誰にも何も言われる筋合いはない。電車に乗って帰ろう。

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あきらめて駅に向かおうとしたが、一応持っているアイテムを確認した。そのときにあるアイテムがあることに気づいた。

そうだ。友人の家に行ったときに伝説の痛み止めである「ロキソニン」をもらっていた。

痛み止めを飲むのは卑怯な気がして使うのはやめようと思っていたのだが、ここまできたらそんなこと言ってられない。とにかく達成しよう。そして2019年を迎えよう。

急いでロキソニンを飲む。初めて痛み止めを使うので効果を疑っていたのだが、30分ほど待ってみると徐々に足の痛みがやわらいでいって驚いた。ホイミだ。ケアルだ。回復魔法だ!

こんなにも身体が楽になるのか。怖いくらいにさっきより身体が楽になっている。痛みがひくと自然と気持ちも上向いてくる。

これなら進める。行こう。待ってろ2019年!!

(08 : 00) 出発から21時間 - 北久里浜駅

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北久里浜駅。もうほぼ地元と言ってもいい。

痛み止めを飲んだことによりそこから快調に歩いていった。痛みさえなければあとは進むだけなのだ。もちろん疲れはあるものの、さっきまでの不調だった自分がウソのようだ。

一度は電車に乗ろうと思っていたが「ここまで来たからには絶対に歩ききる」という強い意思が自分の中で生まれていた。

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(09 : 00) 出発から22時間 - 久里浜駅

数十分前までは順調だったのに急に意識がもうろうとしてきていた。

ロキソニンを空腹で飲んだせいなのか、眠気とだるさが一気にやってきた。

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久里浜駅周辺。残り7km。

歩いているときに車に乗った若者から何かを叫ばれるが、何かわからなかったのでとりあえず手を振っておいた。

後で知ったのだが、Twitterを見た地元の友人が声をかけてくれていたらしい。それにまったく気づかないくらい無意識になっていた。ロボットのように、歩くという行為をただ遂行しているだけだったのだ。

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(10 : 00) 出発から23時間 - 野比海岸

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長かった。あとは海沿いを直進するだけ。

辛い、痛い、暑い、寒い。どれが今の自分に適切なのかわからないくらいに身体が前に進まない。

人生は予定通りにはいかないということが改めてわかった。14時間で着くと思っていたのにプラス10時間もかかった。グーグルマップが表示しているのはあくまで「休憩なしで常に時速4〜5kmで進み続けた場合に14時間で着く」ということなのだろう。

時計を見て出発してから24時間が経とうとしていることに気づいた。1人24時間テレビだ。頭の中でサライが流れ始めた。徳光和夫が泣いている映像が頭に浮かぶ。あと少し。あと少しでゴールにたどり着く。

(10 : 39) 出発から23時間39分 - 到着

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到着!!!!!!!

あけましておめでとうーーーーーーーーーーーーー!!!!!

心から「あけましておめでとう」と言える。いや〜今年も開けないと思っていたけどキレイに開けたね。今年は開けないと思ってたんだけど開けるもんだね。

何かを達成するというのはいい。心地良い。これをやったからといって人生が変わるわけでもないし、今年が良くなるわけでもない。ただやりきった爽快感はある。それだけでも満足だった。

うおー!!!!!!!!!!

ぐっすり眠るぞーー!!!!!!!!!!!

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次の日の全力疾走。世界中の筋肉痛が足に集合している。

と思ったのだが、身体が痛すぎて寝返りを打つ度に起きるハメになった。大げさでなく17回くらいは起きた。

そしてもっと辛いのは次の日だった。筋肉痛と疲労でまともに歩くことさえできなかった。家族に「演技だろww」と散々いじられた。


お正月の親戚の集まりに行ったときに「東京から24時間かけて歩いて帰ってきた」と話しをしたら大爆笑をとることができた。「帰りも歩いて帰るのか?」と笑われた。

ああ、よかった。温かい食事、家族、親戚、そして楽しい笑い声。これ以上の幸せがどこにあるのだろうか。

自転車で日本一周したときもそうだけど、辛いことを味わって今の自分が幸せな位置にいることを噛みしめるということは必要なのかもしれない。

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スマホのメモに「海の青さに腹が立つ」と書いてあった。地球にケンカを売るレベルにゴール直前は心が荒れていた。

あと一つだけやってみてわかったのは「辛いことをやれば絶対におもしろい」というわけではないということだ。

テレビなどは「おもしろい人」が「辛いこと」をやっているから10×10=100になりおもしろいものが生まれるのであって、「一般人」が「辛いこと」をやっても1×4=4程度にしかならないのだと思う。

歩きながら見つけた一つの真理だ。だからもう辛いことは僕はやらない。今後は「マシュマロをハート型に切って焼いて食べてみたお♡」みたいなかわいい記事を書きたい。

 
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