■家に帰ってきてもハトを量産
公園で鳩を堪能した後は、家でもハト三昧だ。この春のハトコレをご覧いただこう。
どれもオートクチュールですよ(意味はよくわかってない)。
■ちとクチバシが面倒くさい
これまでの写真で使ったハトのくちばしは粘土で出来てて、やや扱いが面倒だった。
なんとかならないかなーと思って、エポキシパテという便利な素材でくちばしを作り直した。
読んでるみんなとしてはどうでもいい話でしょうが、書いちゃった。
閑話休題。ハトコレを続けよう。
■ハトメをつけたらなんでもハトか?
要は、鳩目を付けるとなんでもハトになるんじゃないかと、言ってみればダジャレな企画だ。しかしてその結果は、正直、ハトメをつけただけじゃ全くハトにはならなかった。
思うに、鳥の目ってのはロボの目と同じなのだ。無感情な目が全く同じなのだ。魚、両生類、爬虫類、鳥類、どれも同じ目をしている。だからハトメを付けても鳥だけに、しかもハトだけに見せるのは難しくて、それをハトと規定するためには、もう一息としてクチバシが必要だったのだ。
つまり、ハトメは鳩を構成する一要素にはなり得るが、それだけでハトを表現することは出来ないのだった。鳩目にも関わらず、だ。それがハトメの限界だった。
問い「ハトメをつけたらなんでもハトか?」
答えは、「ハトメをつけるだけじゃハトにはならない」だった。ハトメは鳩だけの目にあらず、なのだった。