あんこうの角は二本ある
喜んで買ってきたあんこう、市場で見た時はそれほど大きく感じなかったのだが、家に帰ってまな板に置いてみたら結構でかかった。よかった、はりきって一万円クラスのあんこうを買ってこなくて。
さあ張り切ってこいつからあんこうの七つ道具と呼ばれている部位(身、皮、胃、肝、卵巣、エラ、ヒレ)を切りだしていこう。
さてあんこうといえば、頭の上に釣り竿みたいな角があり、その先についたヒラヒラを動かして小魚を寄せて捕まえるという、釣りをする魚である。
釣りという同じ趣味を持つものとして、その竿の存在を確認してみたのだが、なるほど竿はいい感じに弾力があり、その先の疑似餌もかなりのクオリティである。
生まれ変わったらあんこうになろうとは思わないが、前世があんこうだといわれても、正直悪い気はしない。
よくみたら竿の後ろにもう一本、太さの違うスペアの竿が用意されていて、台所で「フィッシュオン!」と声をあげてしまった。
こっちの竿は餌がついていないので、釣り用ではないのかもしれないが、もしこのあんこうが釣り場やターゲットにあわせて竿を使い分けていたらかっこいいなと、自分では決して見ることができない深海の様子を妄想してしまった。
さあ吊るし切りをやってみよう
閑話休題。あんこうの吊るし切りである。吊るしというくらいだから、こいつをどこかに吊るさないといけない。
残念ながら都合よく天井にひっかける場所などないので、どうしようかと迷った結果、釣り用の竿立てとS字フックを使うことにした。ちょっと安定感はないが、ぎりぎりでどうにかなりそうである。
捌く場所を台所の流しにするか風呂場にするか悩んだが、これならまあ台所で問題なさそうだ。
無事にあんこうが吊るせたら、確かそのあんこうの口から水をいれて、腹を膨らませるのがポイントだった気がする。
恐る恐る水を入れてみると、ある程度まで腹が膨らんだあとは、入れた分だけお尻からちょろちょろと漏れてしまった。あんこうの体全体がもっとパンパンになるのかと思ったが、膨らんだのは胃袋だけらしい。
それでもコップ一杯分ほどの水が入り、吊るされたあんこうがどっしりと安定した。なるほど水は大切である。
あんこうの皮を剥く
次は皮を剥く作業。
具体的な方法がよくわからなかったのだが、不安定な竿立てを妻に押さえてもらいつつ、とりあえず口のまわりの皮を包丁の刃先で一周切ってみた。
そして左手で皮を下に引っ張りつつ、右手に持った包丁で身と皮の間をはがしていくのだが、やっぱりこうやって実際にやってみると、竿立てだとその足が邪魔だ。あとS字フックで直接固定するよりもロープなども使って、あんこうをくるくる回転させられる吊るし方のほうがやりやすそうである。
まだ吊るし切りは始まったばかりなのだが、次回の課題がたくさん出てきた。次回があるかはこれからの展開しだいなのですが。
好事魔多し
あんこうの皮むき、初めての経験にしては思ったより全然スムーズ。あんこうの皮がかなり丈夫なので、丁寧に作業をしている分には、皮が破れることもない。
ヒレまでうまく抜いてしまえば、残り後半部分は先細りなので、皮を強めに引っ張ってやれば、綺麗にトゥルンと剥けるはず。
そう思って両手で手前に引っ張ったのが悪かった。一気に力が加わった竿立てが、流しの上で簡単に倒れやがった。
写真を撮ろうとカメラを構えていた妻が「キャー!」と悲鳴を上げる。
ガシャーン。
幸いにもあんこうが床に落ちることはなかったのだが、それでも竿立てが倒れた拍子にあんこうの口から水が逆噴射してきて、買ったばかりのキッチンマットが水浸しになった。
捌き始める前に、台所ではなく風呂場での吊るし切りを主張していた妻の「だからいったじゃない…」という視線が怖い。
これでこのあんこうがおいしくなかったら、さっきのガシャーンという音は、きっと家庭崩壊のプロローグ。