みんなが知っている動物はどうか?
では、逆にめちゃくちゃわかりやすい動物はどうだろう。例えばネコとか。三国でのねこは次の通り。
三国8:三毛猫・虎猫・ペルシャ・シャムなど、古くから家で飼われている小形のけもの。多く耳は三角で、ピンと立ち、目はアーモンド形、左右にひげがのびる。じょうずにネズミをつかまえる。鳴き声は。にゃあにゃあ・にゃんにゃん。
そしてAIくんが描いてくれたのはこちら。
AIくん、さすがに語釈の中で「猫」と言われたので、そのままど真ん中の猫を描いてきた。ただ、7匹もいらないと思うし、7匹ぜんぶ顔の模様がシンメトリーのペルシャ猫で若干のきみの悪さを感じてしまった。
ところで、語釈が現代の国語辞典ではなく、明治時代の国語辞典の猫の語釈だとどうだろうか。明治時代に刊行された日本初の現代的国語辞典と言われている『言海』(大槻文彦)の猫の語釈がこちらだ。
言海:[「ねこま」下略。「寐高麗」ノ義ナドニテ、韓國渡來ノモノカ。上略シテ、「こま」トモイヒシガ如シ。或云、「寐子」ノ義、「ま」ハ助語ナリト。或ハ如虎(ニヨコ)ノ音轉ナドイフハ、アラジ。]古ク、「ネコマ」。人家ニ畜フ小サキ獸。人ノ知ル所ナリ。温柔ニシテ馴レ易ク、又能ク鼠ヲ捕フレバ畜フ。然レドモ、竊盜ノ性アリ。形、虎ニ似テ、二尺ニ足ラズ、性、睡リヲ好ミ、寒ヲ畏ル。毛色、白、黑、黄、駁等、種種ナリ。其睛、朝ハ圓ク、次第ニ縮ミテ、正午ハ針ノ如ク、午後復タ次第ニヒロガリテ、晩ハ再ビ玉ノ如シ。陰處ニテハ常ニ圓シ。
言海の猫の語釈は、猫に対する若干の偏見が無いとも言えない語釈として、芥川龍之介がツッコんだことで有名だが、そんな語釈をもとにAIくんが、描いてくれたのはこれだ。
「竊盜(窃盗)ノ性アリ」の部分が強く出てしまっている。妖怪感がすごい。ただ、たしかに猫は犬よりも妖怪に近いイメージはある。化け猫はよくきくけれど、化け犬はあまりきかない。
このような、日本語話者が「猫」に対して持っているぼんやりとした共通のイメージが、絵に出ているといえるかもしれない。
ちなみに、こちらも息子に『言海』の語釈を伝え、描いてもらった。
西村:これは、猫というのはわかったの?
息子:わかった。けど、まったく読めなかった。かろうじて「韓国渡来」と書いてあるのがわかったから、韓国から来た猫ということにした。
西村:ほう。
息子:で、途中に「毛色、白、黑、黄」というのがあって、三毛猫かなと思って、模様を三毛猫にしたけど……日本にしかいない三毛猫が韓国から来たってのはちょっと変だよね……。
西村:そこは猫一般の模様の種類を言ってるんだよね。白猫や黒猫がいて、黄色というのは茶トラとかのことかな、でその後の「駁等(ぶちなど)、種種(しゅじゅ)ナリ」と繋がってる。三毛猫の模様を説明してるわけじゃないんだな。まあ、漢字難しかったもんな。
我が家の本棚には、国語辞典やら漢和辞典が合わせて100冊近くあるが、息子は漢字が大の苦手である。肥料をやりすぎて根腐れした鉢植えみたいな話である。
魚類はどうか
形が特徴的ないきものとして、うなぎはどうだろうか? 三国のうなぎの語釈は次の通りだ。
三国8版:細長くて、ぬらぬらしているさかなの名。あぶらが強く、かば焼きなどにして食べる。
で、AIくんが描いてくれた絵はこちら。
うーん、さんまだ。さんまをこんな切り方で焼く人いないけど。どうやら語釈中の「さかな」というところに引っ張られてしまったようだ。
しかし、さんまとうなぎは、ぬらぬらしているというところ以外は、あぶらが強い、細長い、かば焼きにして食べるなど、共通点が多いことに気づく。
そして息子が描いた絵はこちら。
西村:これはうなぎとわかった?
息子:わかった。細長くてぬらぬらしているというので、ヌタウナギやヤツメウナギも思い浮かべたけれど、その後に体の特徴じゃなくてかば焼きにして食べるというのが出てきたので、うなぎだと確信した。
西村:なるほど、正解ですわ。
息子:勝った!
西村:勝ち負けとかではないのよこれ。
形が特徴的な食べ物はどうか?
動物ではなく、形が特徴的なものはどうだろうか。例えばオムレツ。
三国8:ときほぐしたたまごをフライパンで木の葉形にふんわりと焼いた料理。ひき肉玉ねぎなどを包んで焼くことが多い。
これは、息子の描いた絵の方からみてほしい。
西村:これは?
息子:オムレツでしょう。木の葉形というのがむずかった〜。木の葉は、たぬきが頭にのせている葉っぱの形を思い出してなんとなくわかった。たまごを使うのと、ひき肉玉ねぎを包んで焼くというところでオムレツと気づいた。クイズだねこれ。
西村:正解です!
息子:よっしゃ!
では、AIくんの絵を見てみましょう。はいこちら。
まず「木の葉形」で、カエデ(っぽい)の葉っぱの形をイメージするのは、世界中でもカナダ人ぐらいではないだろうか? 肉と思しきものも、ぜんぜん包んでないのもおもしろい。ただ、うまそうだな。というのはある。カナダの郷土料理だと言われれば納得しそうでもある。
ロンパース頑なに拒否事件
最後は、国語辞典にすでに挿絵があるものを描いてみてもらいたい。
三国8:上着とズボンとが一体になった、赤ちゃんや子どもの服。カバーオール。ロンパス。
果たしてAIくんは、これにどれだけ近い絵を描いてくれるのか。
えーっ! いやいやいやいや。あかちゃんの服ですよ。なにがアカンのです? 理由を尋ねてみると、こんなことを言い出した。
子供服を着た子供や、赤ちゃんのイメージは生成できない……とのこと。
いやしかし、子供や赤ちゃんを絵で表現できない社会って、どうなのという気もするが、そういうことらしい。
なるほど、では一旦、ロンパースから離れて小学生を描写することはできるのか、試してみる。
では、同じ三省堂の国語辞典である『新明解国語辞典』(新明解)のロンパースはどうか?
新明解だとロンパースが生成できる……若干違う気もするけど。この流れで、ワンチャン三国のロンパースを描いてもらうようお願いする。
どうなってんだ。AIくんの価値基準は……。
では、ちょっと指示方法を変えてみる。
結局、描いてくれた。いったい何なのか、AIくんのこのグズりは……。
しかし「赤ちゃんの描写が一律にダメ」という世界も、それはそれで歪んでいていやな感じだ。
国語辞典の語釈とかなしで、ふつうに「ロンパースを着てはいはいする赤ちゃんの絵」は描けるだろうか。たぶん、拒否されると思うけれど……。
AIくん『三省堂国語辞典』のロンパースの語釈だけがどうも気に入らないらしい。
というわけで、AIではなく、人間の高校生だとどうか? 三国のロンパースの語釈で絵を描いてもらうと……。
西村:これは?
息子:赤ちゃんの服で合ってるでしょ? ただ、カバーオールとかロンパスとかいわれても具体的にどんな形か知らないし、自分が着てた頃(17年ぐらいまえ)のやつは記憶にないから。『ドラえもん』で包丁振り回していた赤ちゃんの服のイメージを思い出して描いた。
西村:手相セットの話(てんコミ2巻)で出てくるキイちゃんね。
息子:そう、合ってるでしょ。
西村:まあ、合ってます。
息子:っしゃー。
AIと人、いい勝負かもしれない
というわけで、国語辞典の挿絵をAIに描いてみてもらった。
AIの精度はすごくて、動物や植物など、具体的なものであれば、かなり近いものを描写してくれる。しかし、木の葉形をカエデの葉っぱととらえたり、ロンパースを着た赤ちゃんを頑なに拒否したりと、癖が強い。その点、人間はすごい。勘違いさえしなければ、概ね正解の絵を描くことができる。
AIと人、まだいい勝負ではあるけれど、AIはあと数ヶ月もすれば、かなり進化して精度が上がり、こういった「ちょっとズレたおかしみのある絵」を生成してくれなくなると思うと、それはそれで寂しいものがある。