走れ、メニョス!
こうして自分との戦いは幕を閉じた。
検尿を提出し終わったあと、また撮影に使うことがあるかもしれないと思い、予備の検尿容器を頂こうと係の人に頼んだ。
係の人から「それはいいんですけど、ご丁寧に何回も出す人がいるので気を付けてください」と言われた。なんだかすごく検尿を出したくて仕方がない人に思われた。
メニョスは、ひどく赤面した。
大丈夫大丈夫…と、思いきや、つい尿の重みに耐えかねて、僕は道半ばの池袋駅で途中下車してしまった。「尿の重みに耐えかねて…」というのはただ書きたかっただけだが、やはり面倒なのも事実である。
池袋のビックカメラで、カメラやテレビ、パソコンなどをなでまわしていると、一生ここにいたい、とも思う。だが、ここを安楽の地にしようとする僕に、再び問いかけの声が聞こえてくる。
「他者と競争することで輝きを放つ製品達を前にして、お前はこのままでいいのか? お前もそうありたいと思わないか?」
そうだ、尿を学校まで輸送するというミッションがあった。目的を遂行するために僕はわが身に鞭を打ち、再び走り出した。
僕は、尿を提出する。尿を学校まで運ぶために走るのだ。まだ時間はたっぷりとある。
走れ、メニョス!
再び走り出した僕だったが、ここは学校の最寄駅ではない。またもや途中の新宿で下車してしまったのだ。
電車の中で華やかなビル群を見ているうちに、「あ、そういえば本屋に行って、確認したい本があったんだよね」と思いついたからだ。
新刊の文芸書などをつらつら見つつ、やっぱり欲しい本はなかったので店から駆けだす。なぜなら確認したい本なんて元からなかったからだ。こうしているうちにも時間は刻一刻と過ぎ去っていくのだ。
走れ、メニョス!
原宿駅まで来た。JRだと学校へは渋谷駅が最寄だが、尿を提出するその日は素晴らしく天気が良かったので、お隣の原宿から走って行こうと思ったのだ。
散歩がてら、代々木公園なぞ行ってみる。今日は本当にいい天気だな。久々に走り回って、オラ疲れたゾ…。
もう尿など、健康診断書などどうでもいいのではないだろうか。自分は検尿すら提出できない男になってしまってもいいのではないだろうか。
自らを走れメロスに見立てた独りよがりも、ここでおしまいにしてしまおう…。もうそっとしてくれ。今は何もかもがくだらない。
しまった。少しばかりの間寝てしまったようだ。どうかしていた、ここまで来て提出しないなんてありえることではない。我が信義にかけてこの尿を学校へ提出せねばならない。
すでに陽は落ちかけている。だが、僕は走れる。誰かが待っているわけでもないが、走ることができる。
日没までにはまだ少し時間がある。それが希望だ。勇者よ走れ。
走れ、メニョス!
メニョスは一心不乱に駆け続けた。もはや何も考えていない。なんだかわからないけど走った。
そうして学校に到着したのである。日はまだ沈みきってはいない。メニョスは間に合った。自らに課した義務を成し遂げたのである。
こうして自分との戦いは幕を閉じた。
検尿を提出し終わったあと、また撮影に使うことがあるかもしれないと思い、予備の検尿容器を頂こうと係の人に頼んだ。
係の人から「それはいいんですけど、ご丁寧に何回も出す人がいるので気を付けてください」と言われた。なんだかすごく検尿を出したくて仕方がない人に思われた。
メニョスは、ひどく赤面した。
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