特集 2022年6月27日

阿佐谷の塀に描かれた絵の進化を見守る

コロナで遠出ができなかった1年前、杉並区の住宅地を散歩していると「マスクをした人」の手作り絵が貼ってある塀を見つけた。気になって別の日に行ってみると、新しい絵が増えているではないか。

よし、観察してみよう。

文化や街歩きが好きな会社員。昔からあるものと新しい技術が好き。誰も気づいていないことを見つけると燃える。好きな食べ物は天下一品。

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塀の紹介

杉並区の住宅地に「アートな塀」がある。

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住宅地に森が広がっている。

これは2015年に開かれた「阿佐谷アートフォレスト」というイベントでできあがった作品だ。

今回の主役はこのアート

――ではない。

塀の右側に、手描き感あふれる絵が見えるだろうか。

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今回の主役はこちら。

このスペース、実は1年前まで平凡な灰色の塀だった。2021年の5月、コロナのまん延とともに絵が掲示されるようになったのだ。

今回は、そんな塀の変化をながめていたらだんだん夢中になっていき、最後には製作者にお話を聞くまでになった話です。

気になる塀との出会い(2021年5月)

1年前のことだ。ひたすらまん延防止と緊急事態宣言が続き、自由に遠出もできない日々。どうしても目線は下向きになっていく。

遠くに行きたいけどいけない。でも前向きにすごしたい。そうだ、近所を散歩しまくってやろう。おもしろいものを探しに行こう。

こうして北へ南へ足を運んでいた5月のこと。気になる塀に足が止まった。

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マスクをした四人家族と目が合った。

家族が並んでいる姿、記念写真だろうか。小さいころの夏休み、よく伊豆の観光地に行って家族写真を撮ったりしたっけ。ちなみに物心がつく前から行っていたようで、僕が熱を出したけどシャボテン公園に連れていかれたこともあるらしい。当時の自分、ドンマイ。

そんなことを考えながらこの絵を見ると、不満もあるだろうに大人しくマスクをつけている子どもがえらく見えてくる。そうだ。子どもたちが思い出を作れる日々を取り戻すためにも、早くコロナを収束させよう。そして今の自分にできるのは感染を広げないこと。一緒にがんばろう。

これが、塀との出会いだった。

減らない感染者、増えていくイラスト(2021年7~11月)

7月。国立競技場の上にドローンが舞い上がり東京オリンピックが始まった。しかし感染状況も舞い上がったままだ。さて、塀はどうなってるかな。久々に行ってみよう。

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なんか増えてる……?

左側にあるのはお地蔵さんとマスクの家族。早く収束しますように。これはわかる。

で、問題は右側だ。

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アンパンマンとばいきんまんが和解しているではないか。

マスクをするアンパンマン。まあこれもまあわかる。で、衛生に気を使ってるばいきんまんだ。「きれいなものがだいきらい」って公式HPにも書いてあるばいきんまん。いったいどんな気持ちでマスクをしているんだろう。「知育としてのアンパンマン作品」と「ばいきんまん」の概念が戦っている。

手作りだからこそ生まれる味わい深さ。率直に言って気に入った。

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近所の保育園にも似たものを見つけた。ばいきんまんのアイデンティティが揺らいでいる。

次は何が貼られるかな。こうして塀の様子を見に行くのが日々の楽しみに加わった。

定期的に見ていると、分かりやすい変化が見えてきた。「マスクをしたキャラクター」がどんどん塀に増えている!

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「ドラえもん」と「オバケのQ太郎」が夢のコラボ! ドラえもんの横にのび太じゃなくオバQを選ぶあたり「分かってる感」がある。
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国境を越えてはるばる来てくれたのか。世界のエンタメがここに集まっている。
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かこさとしの絵本『だるまちゃんとかみなりちゃん』とはなかなか味があるな。

どこか懐かしいチョイス。塀を見ていて何となく浮かんできた光景があった。小学校の図書室だ。大人気な『かいけつゾロリ』や『忍たま乱太郎』の陰にひっそりとたたずむ絵本コーナー。そこにあったのがかこさとしさんの絵本だった。今風の絵柄でもないのに、弁当の漬物みたいに独特の存在感を放っていたあの本たち。『どろぼうがっこう』とか好きだったなあ。毎週図書室に行って本を借りてたっけ。

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かこさとし再び! これは『からすのパンやさん』

もう一つ思い出したことがあった。朝の教室。後ろに寄せられた机。前に座るお姉さん。僕が通っていた小学校では毎週「読み聞かせ」の時間があった。プロの方が来て、時には絵本を、時には昔話を話してくれたのだった。何も見ずに抑揚豊かに話すその姿。子どもながらに感心して学校生活の楽しみになっていたものだった。

心の奥底に眠っていた思い出を塀が呼び起こしてくれた。ありがとう。

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このカラスたち、よく見ると全員マスクをつけている! こういう小さなこだわりがたまらない。
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戻ってきた日常(2021年11月~2022年3月)

11月。大谷翔平選手がMVPに選出された。その熱気とともに(?)感染者数も急激に減少。東京の感染者数は、大谷選手のシーズン本塁打数よりも少ないほどに落ち着いた。

そろそろいいかと思っていたところ友人からのお誘いがあり、旅行に出かけることになった。リュックにマスクを詰めこみながらふと頭に浮かんだものがあった。塀だ。コロナが落ち着いてきた今、どうなっているだろうか。行ってみよう。

塀に近づく。思わず足が止まる。かしげた首がかたむいたまま固まった。

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ドユコト? 青い花をかかげる皇帝の姿が脳内に浮かんだ。

誇らしげな文字。でも、その意味がくみ取れないもどかしさ。調べると、皇帝ダリアは11月から花が咲くらしい。時期は合っているから、どこかで皇帝ダリアの花を見たってことだろうか。

どういうことだろう。塀に聞いても当然答えはない。

 

しかし、その違和感はすぐに上書きされることとなる。クリスマスの日。土曜日だったので午前はいつもの習慣でランニングをし、午後は歯医者へ。街のにぎわいが今日ばかりは肌にしみる。何となくたどり着いたのは塀の前。思わず温かいため息がもれた。

白い息の先に広がっていたのは「マスク着用の絵」でなく「日常」の姿だった。

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メリークリスマス!

街角でひっそりとクリスマスを祝うその姿。しかも今回は絵ではなく折り紙。新パターンだ。

手作り感あふれるサンタと雪をまとった松ぼっくり。そうだ、作品で大事なのは完成度よりも気持ちだ。「がんばって作りました! 見てみて!」と折り紙から声が聞こえる。固定するために伸びた黄緑のヒモとテープさえ魅力の引き立て役だ。

自分なりのクリスマスを楽しんでいる塀の姿を見ていると、つられて心が上を向いてきた。せっかくだし僕も楽しまなきゃ損だ。そうだ、街なかにある手作り装飾でも探してみたら自分なりに楽しめるかな。

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街歩きの結果、「トナカイ姿にさせられたアライグマ」と出会えました。

それからは、塀を通るたびに「季節の折り紙」が目を楽しませてくれるようになった。

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1月。明けましておめでとうございます! 右から二番目をよく見ると寅じゃなくて犬っぽい顔なのが好き。
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「ケキョケキョ」とウグイスが鳴く練習を始めた2月、新たに小鳥が加わった。
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今度は花がそのまま固定されている! たしかに一から作るより簡単だ。その手があったか。

コロナが一段落し、「コロナの収束を願っていた場所」は「日常の場所」へと変わったのだ。

突然の異変(3月)

3月中旬。梅の花が散りアンズのつぼみがほころび始めた。次は桜の出番だ。ということは、塀にも変化があるはず。春風に背中を押されながら行ってみると、ほらやっぱり。

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桜がお出迎え。葉っぱもあるし散り際のイメージだろうか。

よく見ると折り紙じゃなくて、紙を切って作られている。新パターンだ! これからはどんな姿を見せてくれるんだろう。切り絵だと折り紙よりも表現の幅が広いだけに楽しみ。

しかし10日後、塀に行ってみて思わず足が固まった。

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そこにあったのは塀に直接描かれた桜の姿。新パターン再びだ。

ちょっと待って。どういうことだろう。

整理しよう。今まで素材が変わることはあった。でも、それは数ヶ月のサイクルだった。

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題材と期間をグラフにまとめてみた。やっぱりおかしい。

変化するのが早すぎる。しかも、絵の題材は切り絵と同じで「桜」だ。同じものを作り直すなんてこと、今までなかった。

ずっと見てきたからこそ言える。これは異変だ。何があったんだろう。

聞くしかない

気になる。こうなったら手は一つだ。作者に直接聞くしかない。でもいきなり知らない人の家に突撃するのは失礼だし。何回か塀の前を通ってみたけど当然会えるわけでもなし。RPGの世界だったら自然とイベントが始まるのにな。

うーん、どうしよう。ある日、そんな悩みを親に話してみると、

「ああ、福田さんね」

なんと家の人と知り合いだった!

さらに、福田さんについて聞いていると新たな手がかりが。

●       小学校に読み聞かせに行っていた。

●       僕が小学生のころ、福田さんの読み聞かせを聞いていた。

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世界的なスターに交じってかこさとしさんの絵があった理由も、読み聞かせをしていた人なら納得だ。

僕も会ったことがあったのか。20年ぐらい前だけど。

話を聞いていると、当時の記憶がよみがえってきた。読み聞かせのメンバーの中でも一番ころころと心地よい声だった人。その方が福田さんだった。今はどうしているんだろう。

親に取り持ってもらい、福田さん宅にインタビューに行くことにしよう。

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塀の変化を聞いてみよう

桜の絵で彩られた塀の横にあるチャイムを押す。インターホンから聞こえたのは記憶と同じ声。家から姿を見せたのは、当時の姿からそのまま歳を重ねた福田さんだった。声だけじゃなくて、顔も意外と覚えてるものだな。

さあ、さっそくお話を聞いていこう。

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「あらー大きくなって!」と福田さん。しっかり覚えてもらえていて何だかこそばゆい。

ーー桜の切り絵と同じものを塀に描き直していましたが、何かあったんですか?

福田さん:実は、飾りを全部はがされることが度々あったんです。そこではがされないように塀に直接描いてみたんですよ。クレヨンの上からロウをぬって落ちないようにしてます。

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帰ってから写真を見返してみると、初期のころにあったマスクのイラストも四回描き直されていた。そんな事情があったなんて……。

ーー始めたきっかけは何ですか?

福田:コロナがきっかけです。通っている人や子どもが喜んでくれるかなと思って。最近はウクライナの平和を祈って描いたりもしてますよ。これを見て何か感じてもらえればうれしいと思って続けてます。

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桜の横には国旗と折り鶴と虹がたたずんでいた。

ーー何か反応がもらえたときはありましたか?

福田:「どうやって作ってるんですか」とか、塀がきっかけで話しかけられることが意外とあるんですよ。「だるまちゃん」の絵を見て「この絵本を借りたいから題名を教えて」って男の子から聞かれたのはうれしかったですね。

ーー今後描いてみたいものはありますか。

福田:次は「てるてる坊主」の絵を描いてみたいです。

 

「皇帝ダリア」の正体は……?

最後にどうしても聞きたいことがあった。

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11月に突然現れた皇帝ダリアの謎だ。

ーー「皇帝ダリアが咲きました」の意図が分からなくて。

福田:ああ、あれは塀の内側の庭で実際に咲いてたんですよ。

ーーなるほど! もしよかったら皇帝ダリアを見させてもらえたりしないですか……!

福田:いいですよー。こっちです。

こうして、塀の内側に広がる庭を案内していただけることになった。

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「あちらですよ」と指さす福田さん。どれどれ。

そこにあったのは、想像以上に立派な植物!

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「11月に咲く花ってあまりないんですよ。だからみんな見れば喜ぶかなと思って」

中央にまっすぐ生えているのが皇帝ダリアだ。2メートル近くはあるだろうか! あと絵を見たときは見落としていたけれど塀の上からも見えるらしい。皇帝ダリアの絵は福田さんのサービス精神から生まれたものだったのだ。

終わりに

生きていると「あのときが伏線だったのか」とあとになって気づくことがある。でも、まさか小学校の読み聞かせが伏線だったとは。暗渠道(川の跡)にハマったとき、かつて通っていた学校の両側に川が流れていたことを知って以来の驚きだ。

福田さんはこれからも続けていく予定だとのことで、今後もぜひ見守っていきたい。秋に「皇帝ダリア」の花を見るのが今から楽しみだ。

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インタビュー後に再訪すると「新芽のてるてる坊主」が増えていた!

お話しできて良かった

今回お話を聞かせていただいてとても楽しかった。しかし、それ以上に絵について根掘り葉掘り聞いたときにとてもうれしそうに答える姿が印象的だった。やはり、好きなことを好きと伝えることは大事だ。そんなありきたりな言葉を噛みしめたのでした。

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