事前に取材のお願いをしておいたこともあり、フロントで挨拶をすると、すぐにケーブルカー乗り場まで案内してもらえた。
受付のカウンターを過ぎ、地下へと続く階段を降りるとなにやらおもちゃ箱から出てきたような車体に目がとまった。
まさか。
そう、これこそが80年の歴史を持つケーブルカーなのだ。長い歴史を積んできた割にはかわいらしすぎるだろう。大きさでいうと遊園地の観覧車のゴンドラを1.5倍したくらいか。これで8人乗ることができる。
さっそく乗せてもらうのだが。
・・・。
ドアを閉められると乗っているのが僕一人なのだ。
取材ということでお客様のチェックアウト後の時間帯を指定されたわけだが、それにしてもまさか一人で乗せてもらえるとは思っていなかった。
所在無さげにぽつねんと待っていると、遠くからベルの音が聞こえてきた。
ジリリリリリ・・。
(うお。)
「ガタコン!」
(うわわわわ。)
心地よい、というかむしろこころもとない振動を皮切りに車体がゆっくりと動きはじめた。ケーブルを軋ませながら坂道に沿って下へと降りていく。
下へと向かう窓からは何も見えない。おそるおそるのぞきこむと急勾配すぎて線路が見えないだけだった。
おいこれまじかよ、と一人で思いながら(思うだけだ、なにせ話す人がいないのだから)しばらく怯えていると、下から同じような車体が同じようにケーブルを軋ませながらこちらに向かって登って来るのが見えた。
ケーブルカーは2台あり、お互いの重さを利用して(もちろん動力で引っ張ってもいるが)坂道を行ったりきたりしているのだ。その中間点にすれ違うことができる線路の分岐がある。
すれ違って登っていった車両を下から眺めると客席部が線路からずいぶん浮いているのがわかる。急勾配を上り下りしても車内空間に傾きが生じない設計なのだ。
小さな車体はレールの起伏やケーブルのきしみを全て正直に伝えてくれるので、下っていく方向をのぞきこんでいるとかなりの迫力がある。