“遺書”を残して渡ったインドで椎茸に注目
竹村賢人さん(31歳)。新郎とはNTTコミュニケーションズ時代の同僚だった。今はそれぞれ別の道を行く。
金沢「ぶどうの木」で行われた結婚式
二次会での竹村さんの様子
「仙台で震災に遭った際、『このまま死んでも悔いはないか?』と自問したんです」
答えは「めちゃめちゃあるな」だった。竹村さんは会社に辞表を出し、インドに渡る。家族に“遺書”も残した。
わりとフランクな“遺書”
「インドではプログラマーとして働いていたんですが、あちらは半数近くがベジタリアン。カツオ出汁もNGです。何の出汁を使えば彼らに美味しいと言ってもらえるんだろうと考えた末にたどり着いたのが椎茸でした」
椎茸のすごさ、椎茸で取った出汁の旨味については「椎茸祭」の
公式サイトに詳しく載っているので、そちらを参照してほしい。
自宅で簡単に椎茸栽培が楽しめるキット
金沢から東京に戻った僕は、あらためて竹村さんを訪ねた。彼は世界の「農業・生産者支援」に取り組むプラネット・テーブル株式会社のオフィスの一角を間借りしている。
渋谷にあるオフィス
竹村さんの隣にはインターンの中圓尾岳大さん(21歳)。苗字は「なかまるお」と読むらしい。中圓尾さんは慶應大学の5年生で、来春、椎茸祭への就職が決まっている。
竹村さん(左)と中圓尾さん(右)
二人とも童顔なので宿題を忘れた罰として、別の場所で勉強させられている高校生のようにも見えた。
さて、椎茸祭ではいくつかの商品を開発、販売している。まずは、自宅で簡単に椎茸栽培が楽しめるキット「しいたけハウス」(2280円)。
月に4、50個のペースで売れる
「5日から2週間ほどで収穫できます。期間の幅ですか? 部屋の湿度や揺れなどの刺激によって成育のスピードが変わるんですよ。クール便で送ってる途中は、あいつら眠りますから」
椎茸を「あいつら」呼ばわりする竹村さん。もはや、同志のような感覚なんだろうか。
もりもり育つとこうなる
中圓尾さんの実験は残念ながら失敗に終わる
さらに、椎茸と昆布を使った伝統的な精進出汁をベースに開発したのが「お!だし」(10袋入り・1296円)。
7月に販売開始し、毎月1.5倍増のペースで売れている
お湯に入れてそのまま飲めるほか、料理にも利用できる。
「お!だし」を使って作った料理例
東急ハンズにも特設のキノココーナーを出店中
竹村さんがキノコについて声を大にして言いたいことをまとめると、こうなる。
・キノコの傘は軸が裏返ったもの
・ジャンルは野菜だけど生態は昆虫に近い
・オーストラリアには地球上で最も大きい生物とされるキノコがいる
・自分はマッシュルームカットが似合わないので悲しい
竹村さんが思い描く“椎茸宇宙”
ところで、横の中圓尾さんはコーヒーのカスに菌を入れるとキノコができると聞いて、自分の部屋で実験していた。そこへ竹村さんと知り合い、「キノコ仲間じゃん」となった。
「僕は僕で、いろいろと実験を行っているんです。たとえば、椎茸に超高電圧の電流を流すと成長が早まるという岩手大の研究がありまして」
追っかけで試してみた
「結果ですか? まったく変わりませんでした」
中圓尾さんは打たれ強そうなので、心配は無用のようだ。ここで竹村さんが言う。
「こんど、高尾駅の近くの山に椎茸の菌を打ち込んだ原木を置きに行くんですが、よかったらご一緒しませんか」
もちろん、同行させてください。
原木はあらかじめ丸一日水に浸してある
朝7時に高尾駅集合。新宿から1時間弱で着いた。
2本の原木を持つ竹村さん
「原木は業者から買いました。あらかじめ丸一日、水に浸してあります」
自宅の浴槽がジャストサイズだったとのこと
現場に向かう前に軽く腹ごしらえということで、駅前のコンビニに入った。椎茸の原木を置きに行くのだから、食材も椎茸にこだわりたい。
勇んで乾燥椎茸入りのちらしむすびを購入
自慢げに竹村さんに見せると、「あっ、僕は普通に食べたいと思ったメンチカツバーガーです」。何事ものめり込み過ぎてはいけないという箴言かもしれない。
中圓尾さんはツナマヨおにぎり
「あの中学校、将棋の羽生さんの出身校ですよ」
手早く朝食を済ませ、タクシーに乗り込む。「15分ぐらいで現場に着くはずです」と竹村さん。
タクシーの運転手さんに「今から椎茸の原木を置きに行くんですよ」と伝えると、「椎茸は松茸と同じぐらい好きですよ」という嬉しい返し。
ちょうど「松竹橋」を通りかかる
運転手さんからは「あの中学校、将棋の羽生さんの出身校ですよ」とサービストークも飛び出した。
羽生さんを輩出した八王子市立恩方中学校
そうこうするうちに現場に到着。
ここからちょっと歩く。
トランクから原木をそっと下ろして
「羽生坂」をそっと上る
「椎茸の神様」によれば椎茸はヒノキの下が一番
現場には竹村さんの椎茸仲間が待っていた。
原木ポイントに向かう前に記念撮影
写真左から、浄水処理関係の仕事から木こりに転職した三木さん(48歳)、ハイヤー運転手を辞めて三木さんに弟子入りした金子さん(41歳)、造園業を営むかたわらきのこ検定2級を取ったばかりの三木さん(55歳)、そして中圓尾さん、竹村さん、石原だ。
偶然同姓でややこしいので、木こりの三木さんを三木Aさん、造園業の三木さんを三木Bさんと呼ばせていただく。
三木Aさんは50年近く放置されていたこの山の所有者から間伐・整備を任されている。山の名前を聞くと、「そんなのないぐらい普通の山なんだよ」とのこと。
ここで、折れた枝を処理する三木Bさんの前で、金子さんが派手にひっくり返った。山では全員から目が離せない。
美しい後転
先日の台風の影響は想像以上に強かったようで、折れた枝や幹が散見される。
倒木もたくさんあった
それを見ながら、三木Aさんが言う。「台風は倒すべき木を倒す。悩んだら自然が全部教えてくれるんだよ」。
竹村さんによれば、椎茸の原木を置き場所はヒノキの下。
「大分に『椎茸の神様』と呼ばれているお爺ちゃんがいるんですが、彼はヒノキの近くに原木を置いて栽培するのが一番だと言っています。科学的な理由はわからないみたいです」
へえ、椎の木じゃないんだ。
ヒノキの下に原木を置き、コナラに下に菌をまぶす
原木を置くポイントが決まった。
ヒノキの下に立て掛ける
三木Aさんが「下草の養生中で、ここなら当分手を入れないから」と言った場所だ。
竹村さん宅の浴槽で水に浸かった原木
なお、竹村さんは今日、もう一つやりたいことがあるという。
「クヌギと白樺のおがくずを固めたものを椎茸の菌床にして、それをコナラの木の下にまぶしたいんです。これで天然の椎茸が生えてきたら、相当レアな事例になります」
コナラスポットに向かう途中では、様々なキノコを見かけた。三木Bさんが声を上げる。
「ほら、この犬のチンコみたいなやつ、キツネノロウソクだ」
嬉しそうに「犬のチンコ」を連発する三木Bさん
さらに、「おっ、これはケムリダケ。煙の茸って書くキノコでぽんぽん突っつくと煙が出るんだよ」
きのこ検定2級は合格率が約60%と結構難しい。三木Bさんの野外講義を聴きながらコナラスポットに到着。
「コナラさん、頼むね~」と三木Bさん
三木Aさんによれば、「三木Bさんの手にはよく蝶々が止まるんだよ。不思議な力があるから椎茸も本当に生えてくるんじゃないかなあ」。
「ここでリアル椎茸祭をやりたい」と竹村さん
かくして、今日のミッションは終わった。ラストは「お!だし」で乾杯と洒落込みましょう。
三木Aさんが作った特設ステージ
竹村さんは「椎茸が収穫できたら、ここでリアル椎茸祭をやりたい」と言う。たしかに、最高のロケーションだ。
持参した「お!だし」にお湯を注ぐ中圓尾さん
乾杯!
これがしみじみと美味しいのだ
原木からの収穫は冬ぐらい、天然椎茸は不測
金沢での縁が高尾の名もなき山へと誘った。そして、ピュアな椎茸愛に触れることができた。
「松茸ですよー」と言われれば「おー」となるが、「椎茸ですよー」と言われても「ほー」としかならない。しかし、その魅力をこれほど熱弁されたうえ、原木とともに山中を歩けば情が湧く。
原木からの収穫は冬ぐらい。激レアな天然椎茸に関してはまったく予測がつかないそうだ。僕は僕で脳内の椎茸をゆっくりと育てていこうと思う。