事例 1
平田さんは掃除のおばさんやビルの喫茶コーナーのおばさんと飲みに行っていた。もちろん掃除のおじさんとも仲がよかった。
---どうしたら掃除のおばさんと飲みに行くことになるんでしょうか。
最初は、ビルの喫煙コーナーで一緒になって。仕事たいへんですか?とかそんな話をしました。仕事の愚痴を聞いたりして。 で、僕がジャズを聞くって言ったら知り合いがジャズの店をやってるのでいこうって誘われて。
---ジャズの店に行ったんですか?
ええ、高い店でした。
喫煙コーナーで話をするのと、ジャズをいっしょに聴きに行くあいだにずいぶん距離があるように思う。愚痴、 がポイントなのだろうか。
かつてここに喫煙コーナーがあった
---愚痴を聞くというのは意識的にしているんでしょうか。
愚痴をふくらます方向で話をすることが多いですね。 「わかるわかる」「なるほどー」という相づちで。
---話は聞いてるんですか。
聞いてますよ…。………。いや、あまり聞いてないこともあるかな。最近ちゃんと聞いてないことがばれないようになってきたのが、ちょっと怖いですね。でも愚痴を聞いていれば僕のことを話さなくていいので。沈黙がないので安心します。
---なんでそこで沈黙を恐れるんでしょう
話が終わったら自分の席に戻らなきゃって思うんです。 ビルの中にいるので、自分のなかでサボってないという言い訳ができます。
事例 2
席にいないと思ったら、会社の近所の喫茶店で店番をしていた。
---どうしてそのようなことに?
そこはよく行ってた喫茶店で「僕も将来喫茶店やりたいんですよ」って話をしてました。
---ほんとうに喫茶店やりたいんですか?
これは本当。いまは思ってないけど当時は思ってました。 儲からないと言っていたのでやめましたが。
---そして店番までの経緯は
いつも高橋真梨子のCDがかかっていたので、ジャズのCDを持って行ったりしました。 そうすると主人が「ちょっとお願い」って言って両替に行ってしまうので、その間、店番してました。
---やっぱり唐突な感じがするのですが
お客さんが少ない店だったんです。いつも客が僕ひとりでした。その沈黙が怖いのでお店の人と話してしまうって流れですかね。
場所は悪いけど、人通りが少ないから会社の人にばれることがない。いつもそういう店を探していくので、自然と客が少ない。で、店の人としゃべる。
会社と喫茶店の位置関係
事例 3
バリに旅行した際、現地ガイドと仲良くなってガイドの家に行ってごはんをごちそうになった。
--- きっかけはなんだったんでしょう
「ひとりだったんで、ガイドがプラン通りの観光をするか、おれと個人的に遊ぶのとどっちがいいかって聞かれて、個人的な方を選びました。」
--- ぼったくられるんじゃないですか。
ぼったくられないように気を使いました。
--- どのようにして?
愚痴を聞きました。ガイドがつきあっている女の子についての愚痴も聞きましたね。必死です。
--- 愚痴を聞くってすごい力ですね。
地元の人が行くレストランとかに連れて行ってくれました。インドネシアの銀行がやばいということも教えてくれました(その後、インドネシアで暴動がおこる)。で、観光も後半になって、行くところがなくなったのか、「おれんちに行こう」って連れて行かれました。
--- 家はどうでしたか
16人家族で、僕らふたりがごはんを食べているようすを遠くからじっと見てました。
--- どうでしたか
辛かったですが、楽しい。最高って言いました。
「愚痴を聞く」が重要なスキルであることが分かってきました
事例 4
会社の近所で開かれる地元の人だけが参加するお祭りに参加してお神輿を担いでいた
---特殊な経験ですよね
毎日お昼ごはんを食べに行ってたお店で頼まれたんです。地域のお祭りに参加しなきゃ行けないんだけど、嫌だから平田さん出てって。
--- 毎日お店に行ってもそんなことふつう言われないと思います。「嫌だから」って。
なんでだろう。あ、よく料理をほめてました。そうすると作り方を教えてくれるんです。「水にさらすのがコツ」とかそういう話を聞いてました。
--- 料理は自分でやるんですか
しません。だから聞いても役に立たないんですよね。なんで自分がそんなに沈黙を恐れるのかよく分かりません。
--- それでお店の人の代わりにお神輿担いだんですか
ええ。担いでるときに「きみ誰?」って言われたらどうしようってどきどきしながら担いでました
他人ですもんね。
社交的なようで閉じている
平田さんの話に共通しているのは「沈黙が怖い」「自分のことを話したくない」だ。そのために愚痴の聞き手に徹する。話したくないから黙ってる、ではなくて、話したくないから相手に話させる、のだ。
---いま会社ではどうですか?
自分が話さなきゃいけないときも相手にしゃべってもらって終わることが多いですね。 会社は話したがりが多いので、そうすると場が和みます。
会社は話したがりが多い、というのは納得できるし僕もそういうところがあるのでドキっとする。確かにいっしょに働いているときも、いつのまにか僕ばかり話していることが多かった。
---たとえば今の僕を目の前にして、なにをきっかけに会話をはじめますか?
この人のどこをきっかけに話をするか、みなさんも考えてみてください
Tシャツかな。帽子はほめません。目立つところを言うと「あーそれね」って思われてしまうので。ちょっと外したところを話題にします。あ、スニーカーいいですね。え、それどこの…。
平田さんに会話のきっかけを聞いていたはずなのに、気づけば僕は自分のスニーカーの説明をしていた。 銀座のABCマートで買ったこと。履きやすいこと。などなど。
いいか、これが
平田さんは「あーなるほどねー」などと言って相づちをしていた。また話をさせられている。油断できない。
得をしているわけではない
一見、他人を利用しているように見える平田さんだが、休みの日に祭りに参加させられたり、高いジャズの店に連れて行かされたりしている。まるっきり得しているわけではない。事例4で本人が言っている、
「なんで自分がそんなに沈黙を恐れるのかよく分かりません。」が本心に近いかもしれない。
対人スキルのテクニックを聞くためのインタビューであったが、うっかり闇を見た気がする。書き始めは本名で原稿を書いていたが、やはり仮名にすることにした。
最後に、平田さんのまじめさが見えた質問と答えを掲載したい。
---若い女性に対してそういう会話をして仲良くなろうとかはしないんですか
しないです。いきなり愚痴の話をされるような関係になってしまうから。 「で、この前の続きだけど」って感じで。それは楽しくないし、愚痴を聞いているあいだに嫌になってしまうんです。
闇しか見えない
---もっとちゃんとしたい、と
タクシーとかお店だと一瞬で終わるけど、異性との間でそれがずーっと続くのは避けたいですね。
--- 自分の愚痴を聞いてもらうのはどうですか。
自分がそういう受けこたえをしているので、「わかるわかる」って言われても「うそだあ」って思ってしまいます。
人と仲良くなるという能力が高すぎて、便利なんだか便利じゃないんだか分からなくなっている。
タクシー会話チャート
平田さんはタクシーに乗っても運転手と話をする。
---運転手さんと盛り上がってますよね。
あの狭い空間に運転手さんと二人きりで黙っているというのが耐えられないです。とにかく会話がしたいですね。
最後に平田さんがタクシーの運転手さんと仲良くなるためのチャートを書いてくれたので掲載します。皆さん実践してください。
静かにおかしなことになっている
---これでタクシーの運転手さんと仲良くなれますか
これでうまくいかないときはオロオロしたり、なにがいけなかったのかひとりで反省会をします。
研究熱心である。でもおかしい。静かにおかしなことになっている。