トイレにあるアレ
ずいぶんともったいをつけたが、サニタイザーとはこういったものである。
見たことあるよね
主に公共トイレなどに設置されている
正確には「サニタイザーMARK7(マークセブン)」。やたらかっこいい名前である。上部に「calmic(カルミック)」と書いてあるが、これは商品名ではなく製造元のようだ。そう、トイレのあいつはカルミックという会社が作っているのだ。
というわけで、日本カルミック株式会社に話を聞きに行った。営業企画部の桜井雅樹さん(正面右)と中村晋史さん(正面左)
水洗トイレを洗浄・脱臭するためのもの
桜井さんと中村さんはともに部長である。お偉いさん2名という万全の体制に、「もっと知ってほしいぞ!」という先方の気合が伝わってくる。
しかし、申し訳ないことに我々はまだサニタイザーのことをよく分かっていない。まずは、あいつが何者であるのか? そこから教えていただいた。
中村さん「サニタイザーの用途は水洗トイレの『洗浄・脱臭・静菌・パイプのつまり防止・芳香・節水節電』です」
思ったより用途が多いが、特に重要なのは「洗浄・静菌」であるという。内部に充填された薬液が水を流す度に少しずつ溶出され、便器を清潔に保つそうだ。
桜井さん「トイレを使用後、水洗の水が流れ終わる『最後の水』に薬液を溶出するのがポイントです。それが、便器の洗浄や雑菌の繁殖を防ぐのに一番理想的な仕組み。尿に含まれる尿石で排水管が詰まるトラブルも防ぐことができます」
なお、水圧を利用し洗浄水をいったんサニタイザーに汲み上げ、薬液を希釈する仕組み。内部構造は企業秘密で公開できないというが、なぜか「想像で絵は描いていいですよ」とのことだった。
そこで、口頭での説明を参考に、同行の林編集長が本気の絵を描いてみせた。後日、メールでお送りしたところ「ご想像におまかせします」(桜井さん)とのこと。つまり、遠からず、というところだろうか。となると企業秘密をほぼ暴いてしまったことになるが、大丈夫なのだろうか? 桜井部長、飛ばされたりしない?
じつは50年前からある
それにしても、サニタイザーはいつから公共トイレに設置されるようになったのだろうか? 筆者は現在37歳だが、ずいぶん前からあったような気もする。しかし、その存在を意識するようになったのは最近である。気づいた時にはそこにいたのに、近すぎて恋に発展しない幼馴染のような存在、それがサニタイザーだ。
桜井さん「じつは日本でサニタイザーのサービスがスタートしたのは50年前です。まだ全てのトイレが水洗化されていないような時代ですね。そこから始まり、現在では日本全国のトイレに25万台くらい設置されています。ちなみに、販売ではなくレンタルのサービスで、薬液の充填を含むメンテナンス費をいただくというビジネスモデルになっています」
オフィスにある複合機みたいなシステムだ。カルミック社ではサニタイザーがいつでも最高のパフォーマンスを発揮できるよう、25万台全ての保守点検を2カ月に1度行っているという。しかし25万台となると、かなり大変ではないか? ものすごい僻地のトイレだってあるだろう。
大変じゃないですか?
桜井さん「そこは、当社の350人のサービスマンがローテーションを組んで回しています。確かに、ゴルフ場の茶屋のトイレだったり、スキー場だったり、大変な場所もありますね。カートやリフトが使えない時は、機材を担いで歩いて行きますよ」
中村さん「私も若い頃に1年だけ、メンテナンス業務をやっていたんです。それから営業になりました。鉄道の駅のトイレを一つずつ回ったり、なかなか大変でしたね」
そんな中村さんも今や部長。サニタイザーのメンテナンスは新人の登竜門的な位置づけなのかもしれない
桜井さん「メンテナンスについては長年の情報の蓄積で、だいぶ効率化されてきました。たとえば、ビルによって上の階と下の階、どちらから行くと早いかとか、1台あたりのメンテナンス時間のアベレージをとって、1日何台回れるか分析したりとか。そうはいっても、どんどん新しいビルができたりなくなったりするので、常にアップデートしていく必要はありますね」
なるほど、一度設置してしまえば永久に儲けられるおいしいビジネスかと思いきや、けっこう地道に労力をかけているようだ。カルミック社の場合、25万台という規模と50年におよぶノウハウの蓄積があるからこそビジネスが成り立っているが、他社にとっては参入障壁が高く、ゆえに市場はサニタイザーの独壇場となっている。
桜井さん「新規の会社が同じ事業を立ち上げようとしても、うちの価格を聞いたらやる気をなくすでしょうね」
ちなみにいくらなのだろうか?
中村さん「1台あたり、月額2000円です。メンテナンスだけでなく、設置、撤収の費用もそこに含まれます」
業界の相場はよくわからないが、これまでの話を聞く限り2000円がかなり安いというのは理解できる。それなら自分の家につけたい、なんて人もいるのではないだろうか?
桜井さん「そういうお声をいただくこともありますが、現在のところBtoBのみで展開しています。会社としてはいずれコンシューマー向けにも、という気持ちはあるのですが、今のところは手一杯でして……。なんせ、トイレ全体の数からしたら25万台なんてまだまだ少ない。この市場は完全なブルーオーシャンなので、今後もますます需要は伸びていくと思います」
景気がいいようで何より。そういえばスーツが上等だ
本当はもっと知られたい
しかし、これだけトイレの美化に活躍しておきながら、一般的にはあまり認知されていないサニタイザー。それどころか、灰皿と間違えられることもしばしばだというから切ない。
人知れず世の中に貢献するのもそれはそれでかっこいいが、先述したように「もっと知られたい」という気持ちもあるようだ。
桜井さん「ですので、将来的にはサニタイザーにデジタルサイネージを組み込んで、たとえば『ただいま洗浄中』といった表示を出して可視化することも考えています。あとは、近年は都心部を中心にどんどん新しい高層ビルが建っていますので、特にランドマークとなるような施設には積極的にアプローチして設置していただけるように頑張りたいですね」
また、ゆくゆくはこんな方向性も。
桜井さん「あとは、サニタイザーにセンサーを入れ、様々なデータを取得していくことも考えています。たとえば、各便器の利用頻度をカウントすることで、トイレを清掃する適切なタイミングが分かると思います。その情報をビルのメンテナンス会社に提供すれば、無駄な掃除を減らせて仕事の効率化につながる。商品自体も進化させつつ、新しい付加価値を生み出せるような仕掛けを講じていきたいですね」
IoTで機能を拡張させていくサニタイザー。いずれはAIが搭載され、人知れずビルをコントロールするサニタイザーも現れるかもしれない。そして、秘密結社サニタイザーにより地球の平和が守られるのだ。
私の中のサニタイザー像が独り歩きしてきたので、ここらで本稿を閉じたいと思う。
サニタイザーの鼓動を感じてほしい
中村さんはこんなことも言っていた。
「サニタイザーの前で耳を澄ませてみてください。水が流れてスーッと上がって、バルブが『カタッ』と閉まる音や、水がゆらゆら揺れる音が聞こえてくると思いますよ」
なんとも風流である。そして、この人は本当にサニタイザーが好きなんだなあという感じが伝わってくる。
みなさんもサニタイザーの小さな鼓動に耳を傾け、その活躍に思いをはせてみてはいかがだろうか?