メロディ式音響信号の、いま
信号が青になると、「♪と~りゃんせ~ と~りゃんせ~」というメロディが流れる横断歩道がある。ほかにもセットで使われることが多い「故郷の空」(ザ・ドリフターズの「誰かさんと誰かさん」といったら分かる人が多いであろう、あのメロディ)が耳なじみの方も多いだろう。
こういったメロディで青信号を知らせる信号機のことを、「メロディ式 音響装置付信号機」という。昔は当たり前に存在していたメロディ式、いまや絶滅寸前なのだ。
過去の新聞記事等を参考に、現存数の推移を調査してみた。2003年には約2200基あったメロディ式は、2017年3月末には約340基を残すばかりとなった。きれいな右肩下がりを描いている
転機となったのは2003年11月。聞き取りやすさ等の理由から、「ピヨ」「ピヨピヨ」や「カッコー」「カカッコー」という音の出る「擬音式」の一種、異種鳴き交わし方式に統一する指針が警察庁から発信された。そこから雪崩式に減少していったのだ。
とはいえ、東京にお住まいの方は「いまでも毎日メロディ式を聞いてるよ!」って方も多いだろう。
こちらは三軒茶屋駅前に残る「通りゃんせ」のメロディが流れる横断歩道。ライターのネッシーあやこさんに情報をいただき、編集部の藤原さんに現地を見てもらってきた
このような音響用押ボタンがあって、押したときだけメロディが流れる方式。他に赤羽駅前などにも残っているという
ものすごく人頼みな調査である。筆者は何もしてないじゃないか、と思うかもしれない。でもしょうがないんだ。私が住んでいる関西には、もう一基も残ってないんだ……!
関西には一基もないメロディ式
このメロディ式音響信号、現存地域にかなりの偏りがあって、1位の東京、2位の福岡に全国の7割ほどが集中しているという(『毎日新聞』2013/4/12西部夕刊より)。新設を優先するため付け替えは後回しになっていたり、五叉路などでは複数の音源が必要というのが現存する理由のようだ。
逆に一基もない地域がほとんどで、大阪を含む近畿地方ではすでに全滅している。レアモノどころではない、現存数ゼロなのであった。
少なくとも近畿2府4県+四国4県では絶滅という資料を確認。近場で聞けるところが見つからない……
気付いたときには、もう遅いのだ。大阪府内では、ピーク時の2003年には781基ものメロディ式があったという(『朝日新聞』2016/10/6朝刊より)。それがいまやゼロ。2007年を目処にすべて擬音式に変更するという計画が出されていたため(『毎日新聞』2005/7/7大阪夕刊より)、もうなくなってから10年は経っていることになる。
そんなに前からなかったなんて……。軽いショックを受けた。当たり前にあると思っていた景色、耳に馴染みのあの曲。メロディ式消滅の背景には、擬音式の方が聞き取りやすいという合理的な理由がある。なので、消えてしまったことが悲しいんじゃないんだ。消えてしまったことに気付かなかったことが悲しいのだ。
この気持ち、そのまま歌にして届けたい気分である。Wow Wow.
幻のメロディ式を求めて
もうあのメロディを関西で聞くことはできないのだろうか。肩を落としていたところに、「現存している場所がある」との情報をもらった。公道ではなく、交通公園の中にあるというのだ。
さっそく行ってみた。大阪府の中南部、高石市にある浜寺公園……の中にある「浜寺交通遊園」がその場所だ
結論から言うと、本当にあった。この全く交差していない虚無の交差点に響きわたるメロディこそが
耳なじみのある「通りゃんせ」と「故郷の空」だった。こいつは紛れもなく、関西最後の生き残りじゃないか……!
公道ではないので、大阪府警の追っ手から逃れられたのだ。もちろん車は通らないため、エンジン音に邪魔されず落ち着いて信号機のメロディに耳を傾けることができる。素晴らしい環境である。
年々減少しているメロディ式、大阪では10年前に絶滅したメロディ式――そんな前知識を持っていると、目の前に存在しているのが奇跡のように思えてくる。
休日でそこそこ賑わっている園内、でも信号機のまわりは誰もいなくって、「通りゃんせ」と「故郷の空」のメロディだけが晴天の空に響きわたっていた。
私にとっては大変な「非日常」体験である。でも職員の方に話を聞いてみても、特に意識されている様子ではなかった。この信号機は昔からここにあって、昔から同じように音が鳴っている。ただそれだけなのだ。
信号機に話を戻そう。ここでは子どもが交通ルールを学ぶために設置されているため、通常よりも背が低い信号機が特徴的。ミニチュア感がある
でも機材はれっきとした本物で、京三製作所の信号機が取り付けられていた
そして信号脇にあるこの箱が、肝心要のメロディを発生させる音響装置(音響式視覚障害者用交通信号付加装置)である
もったいぶってないで、実際の音を聞いてもらいたい。これが関西最後に残るメロディだ!
途中でメロディがぶった切れる、ショートサイズ(TVサイズと呼びたくなる)なのが惜しいところ。でもこれがなくなってしまえば、本当に関西から「通りゃんせ」のメロディが失われてしまうことになる。いわば最後の灯火だ。
とはいえ、これが故障したときには、何の前触れもなく撤去されてしまうのは想像に難くない。消えてしまって後悔する前に、なんとかこの記憶を後世に残せないものだろうか。
とりあえず持てる最大の装備を使って録音してみた。映像も4K/60pで撮影。ほとんど動きがないので、高画質で撮る意味があるのかはよく分からない
※メロディが鳴っているのは休日のみです。訪問時にはご注意を。
家で再現する
相手は信号機、ましてや警察庁の方針によるものなので、鉄道みたいに「乗って残そう」みたいな行動は取りようがない。このまま座して死を待つだけならば――そうだ、家にメロディ式音響信号を再現して、その魂(?)だけでも永久に残るようにしたらいいんじゃないか。
工作脳なので、すぐ「作ろう!」って思ってしまう。幸い、家になぜか押ボタン箱もあるし。
作った
この黄色い押ボタン箱は、数年前にアンティーク品として売られていたのを購入したものだ。特に使い道もないので部屋に飾ってたんだけど、いま使わずして いつ使うのか。特に意味がないと思われた「フラグ」も、立てておけばちゃんと回収されるタイミングがやってくる。感無量である。
家で再現した自作のメロディ式。どんな動きをするのかは動画でどうぞ。制御部は例によってRaspberryPiを使った
押ボタンを押すと、「おまちください」のランプが光る
数秒待つと信号が赤から青に変わる。この部分は、タカラトミーのガチャ「日本信号ミニチュア灯器コレクション」を改造して作った(メーカーがバラバラなのは大目に見てほしい……)
信号が変わると同時に、スピーカーからは「通りゃんせ」のメロディが流れる。これはもちろん、浜寺交通遊園で録音した実機のメロディだ
演奏が終わると青信号は点滅をはじめ、そして赤に戻る。次に押ボタンを押したときには「故郷の空」が流れ、両方の音が交互に聞けるようにした
関西(の公道)では絶滅してしまったメロディ式音響信号。次々と仲間がいなくなる終末的な世界のなかで、奇跡的に生き延びていた最後の信号機。そいつが奏でる「通りゃんせ」のメロディをいま、信号機をかたどったウツワに閉じ込めた。
関西のメロディ式よ、永遠に……(完)
我が家では末永くこのメロディを保存していきたい
とはいえ、浜寺交通遊園ではまだ現役なので、現物を見られるうちに見ておくのをおすすめしたい。
最後に、メロディ式も含めた音響式信号の歴史を調べたので、おまけとして記載しておく。
メロディ式音響信号の歴史
メロディ式音響信号は、1960年に名古屋市内で初めて設置された。
当時は「通りゃんせ」「故郷の空」だけでなく、「赤とんぼ」や「お猿のかごや」など、ピーク時には20種類以上ものメロディが存在していたという(いまでもわずかではあるが、現役のメロディも残っている)。 ※初出時、「たとえば静岡には『ふじの山』が流れる信号が現存」と書きましたが、そちらも今年に入って絶滅したと思われるという情報をいただきましたので訂正します。
しかしメロディの乱立や、もともとあった全く別の方式(信号機が振動する触知式など)が混在する結果となり、視覚障がい者の方の混乱をまねく事態に。そのため1975年7月21日、警察庁から規格統一の通達が出された。そこで決まったのが「通りゃんせ」「故郷の空」のメロディ式、および「ピヨピヨ」「カッコー」の擬音式という、計四種類の音源である。
そして時は流れ……より聞き取りやすい音を研究していた岡山県立大学の田内雅規教授が、1995年に「同種鳴き交わし方式」(横断歩道の両端から同じ音を交互に鳴らす)を考案。さらにそれを改良した「異種鳴き交わし方式」(横断歩道の両端から違う音を交互に鳴らす、「ピヨ」「ピヨピヨ」の方式)を考案し、1998年10月23日、世界で初めて岡山市内に設置されることとなった。
その後は横浜などで公道実験が行われ、結果として異種鳴き交わし方式が最も聞き取りやすく、かつ進行方向も分かりやすいという結論に。あとは先にも書いた通り、2003年11月8日、異種鳴き交わし方式への統一が警察庁より指針として発信され、メロディ式は徐々にその数を減らしていくことになったのであった。
参考文献:
・『毎日新聞』1975/7/22朝刊、2005/7/7大阪夕刊、2013/4/12西部夕刊
・『朝日新聞』1998/10/24朝刊、2002/11/30神奈川朝刊、2003/11/9朝刊、2016/10/6朝刊
・
警察庁ウェブサイト
平日の「通りゃんせ」
ところで浜寺交通遊園の「通りゃんせ」、実は最初に訪れたのは平日で、行ってみると音が鳴っていなかった。音響装置は目の前にあるのに、音が鳴らないもどかしさ。これはきっと「平日は子どもがいないので電源を切っているのだろう」と、そう考えた。
なんとか音を鳴らしてもらえないだろうか……そんな気持ちで職員の方に声をかけるも、「元から音なんて鳴ってないんじゃないかなあ」という返事が。3人の方に聞いても解決せず、事務所から詳しい方へ問い合わせてもらっても、「やっぱり昔から音は鳴ってないみたいです」と言われた。YouTubeにも音が鳴っている動画がアップされているのに、今も昔も音は鳴っていないという。これはどういうことか。
仕方なくその日は退散したのだけれど、家で考えていたらある仮説がひらめいた――「音を鳴らしているのは休日だけで、平日勤務の職員の方は、それを知らないのではないか」
一か八か、翌休日に再訪してみると、はたして音は鳴っていた。なんというトリックだ……!
というわけで、訪問される方は休日に行くようご注意を。