特集 2018年4月27日

「量産型ダム」の見分けかた

どこに出しても恥ずかしくない量産型ダムオブ量産型ダム
どこに出しても恥ずかしくない量産型ダムオブ量産型ダム
「同じ形のダムはふたつとない」、と僕は昔から言っている。

ダムには重力式、アーチ式、ロックフィルなど、建設地点の地形や地質に合わせたいくつかの型式があり、たとえ同じ型式でも、用途や規模や予算などによって装備の違いもあるので、すべて形が違うのだ。

しかし、規模や用途や予算が同じようなダムだとどうしても似た形になってしまい、あまりに似すぎてファンから「量産型ダム」と呼ばれてしまう一群もいる。ふたつとないのに量産型、そんな矛盾を抱えたダムたちに光を当てたい。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

前の記事:その昔、新宿南口の改札前を京王線が走っていた

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オンリーワンのダム

いきなりダムの量産型とかオンリーワンとか言われても何が違うのか分からないだろう。そこで、まずは量産型でない、オンリーワンなダムの例を紹介したい。アイドルで例えるならセンター...かどうかは分からないけれど、最前列でソロパートもあるような存在である。
僕がダムの装備を説明するときにまず例に出す下久保ダム
僕がダムの装備を説明するときにまず例に出す下久保ダム
たとえば埼玉県と群馬県の境にある下久保ダム。水門がいちばん上に2つ装備されていて(水が出ているところ)、その内側少し下に開いている2つ穴の中にも放流用の水門が入っている。さらに真ん中へんに2ヶ所開いている穴の中にはバルブが設置され、ここから水を出すことも可能。いちど操作してみたい、ファン垂涎の多機能堤体だ。

下久保ダムは洪水や渇水と戦ったり、飲み水や農業用、工業用の水を確保したり、発電をしたりといったさまざまな役割があって、それに応じた放流設備を備えている。かなり豪華な装備と言えるだろう(実際の使い勝手が良いかどうかは分かりません)。

ちなみにそれぞれの放流設備の役割は以下の通り。今日はどの水門を開けようかな、などという、操作員の気まぐれ放流は残念ながらできないのだ。
どの用途でどの設備を使うかが決まっている
どの用途でどの設備を使うかが決まっている
1は非常用洪水吐と言って、普段はまず使わないけれど、このダムや放流設備の設計を超えるような大雨が降って、貯水池の水位が上がり満水を超えそうなときに、ダムの上からあふれないように最終的に開ける水門である。洗面所のボウルに空いている穴と同じ役割。

2は常用洪水吐と言って、大雨が降って川の流量が増えたときに、下流に流して安全な分を放流するための設備。それ以上の流れ込んできた分はダム湖に貯めながら下流を守り、大雨をやり過ごすのだ。

3は利水放流管。下流で飲み水や農業用水、工業用水などが必要になったときに放流する設備だ。

あと直接見えないけれど、4は表面取水設備と言って、ダム湖の水を5の発電所に送るための取り入れ口だ。ダム湖の水位は絶えず変化するけれど、下流には常にダム湖表面近くの暖かい水を流せるように取り入れる水位を変えられる仕組みになっている。でかいのに気配りのできる奴なのだ。

5の発電所で使われた水はそのまま下流に流されている。

ちなみに写真では「普段はまず使わない」、「最終的に開ける」などと書いた非常用洪水吐からふつうに放流しているけれど、これは水門がきちんと動くか動作チェックをした点検放流の模様で普段はまず見られない光景。そういえば、下久保ダムにはせっかくモデルとして出ていただいたのでお知らせすると、今年で管理開始50周年らしく、6月24日(日)に点検放流イベントを予定しているとのこと。放流見たい人は要チェックだ!

では、次ページから量産型ダムの話に移ります。
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これが量産型ダムだ

今回、関東近郊を見渡して、僕が以前から「これぞ量産型!」と思っていたダムをめぐった。場所は次の4ヶ所である。
松田川ダム(栃木県)、大仁田ダム(群馬県)、古谷ダム(長野県)、琴川ダム(山梨県)
「量産型ダム」という括りで見ればほかにもたくさんあるのだけど、僕がこの4ダムにこだわった理由を写真で見ていただきたい。
松田川ダム(栃木県足利市)
松田川ダム(栃木県足利市)
大仁田ダム(群馬県甘楽郡南牧村)
大仁田ダム(群馬県甘楽郡南牧村)
古谷ダム(長野県南佐久郡佐久穂町)
古谷ダム(長野県南佐久郡佐久穂町)
琴川ダム(山梨県山梨市)
琴川ダム(山梨県山梨市)
お分かりいただけただろうか。

果たしてこの4ダム、キャプションがなかったとして見分けつくだろうか。正直、僕は自信がない。そのくらい似ていると思う。参考までに、各ダムの高さや長さ、管理者は次の表の通り。
貯水容量はともかく堤体の大きさはほとんど同じくらい
貯水容量はともかく堤体の大きさはほとんど同じくらい
高さが50m前後、横幅が200m前後、管理は各都道府県。この要素に当てはまるダムは全国にたくさんあって、そして似ているダムも非常に多いのだ。

しかし、スペックが似ているだけで「量産型ダム」と呼ばれているわけではない。前ページの下久保ダムの例を頭の片隅に置いて、もういちど写真を見てほしい。
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
1が非常用洪水吐、2が常用洪水吐
...お分かりいただけただろうか。

すべて、非常用洪水吐が4つ、そして真ん中へんに常用洪水吐が1つというレイアウト。そして、写真では分かりにくいけれど、非常用洪水吐にも常用洪水吐にも水門やバルブなどが設置されていない、単に穴が空いているだけの自然越流式という構造なのだ。縦横比の違いこそあれ、同じくらいの大きさで、見た目が似通っていて、ダムを構成している要素がまったく同じ。これこそが「量産型」の所以である。
ちなみに、常用洪水吐より下に貯まっている水も放流できるように、各ダムとも下の方の見えない場所にバルブや水門を備えている。

そして、各ダムの役割は次の表のようになっている。
基本的には「川の水量の増減を一定の範囲内に収める」という役割が主
基本的には「川の水量の増減を一定の範囲内に収める」という役割が主
川の水があふれるのを防ぎ、川の水が枯れるのを防ぎ、必要があれば下流の飲み水を貯め、場合によっては発電をする。しかしなぜ水門がついていないのだろう。そして、水門もなく穴が空いているだけでどうやって洪水調節をするのか。

そこは、規模や予算といった要素が関係してくる。そしてそれも「量産型」の重要なファクターなのだ。

まず、大雨が降ると上流からダム湖に水が流れ込んでくる。このとき、下流に流して安全な分は放流しつつ、それ以上の分を貯めていくのは水門のあるなしに関係なく同じである。

このとき、水門があったほうが水を貯めたり流したりといった戦略的な幅が広がるのは確かである。しかし、流域面積と言って、降った雨がダム湖に流れ込んでくるエリアの面積が狭いと、雨が降ってからあっという間にダム湖に到達してくる。ダムの水門は大きく重いので動作に時間がかかるため、流域面積が狭いダムでは、流れ込んでくる水量の変化に操作が間に合わなくなる恐れがあるのだ。そこで、流域面積が一定以下のダムでは、規模の大小に関わらず水門を設置しない「自然調節」という方式が採られている。

また、自治体管理のダムは国交省などのダムに比べて少ない予算、少ない人数で運用しているので、水門のメンテナンスや細かい操作が必要ない自然調節方式にしているところも多い。そんなわけで、量産型ダムは「自治体型ダム」とも呼ばれることがある。

自然調節ダムは、常用洪水吐の穴の大きさが下流に流して安全な量ということになる。ふだんはダム湖の水が常用洪水吐の穴の下端の部分で満水状態になっていて、余分な水は常用洪水吐から流れ出ている。雨が降ってダム湖に流れ込む量が増えると、常用洪水吐から流れ出る量も増えてくる。もし放流量より流入量の方が多くなれば、その差がダム湖に貯まってゆき、ダム湖の水位も上がっていく。すると放流量も自動的に増えていく。
自然調節方式を解説した読み物サイトがかつてあっただろうか
自然調節方式を解説した読み物サイトがかつてあっただろうか
流入量が多い状態が続けば、やがてダム湖の水位は常用洪水吐の穴の上端を超えていく。このとき、穴の大きさいっぱいに放流される量、それが下流に流して安全な量の上限ということになる(実際はさらに水位が上がれば水圧がかかり放流量はもう少し増える)。もし大雨が通り過ぎ、流入量が減ってくればダム湖の水位に合わせて放流量も徐々に減っていく。逆に、流入量が減らなければ水位がどんどん上がって、非常用洪水吐の下端を超えると全体の放流量は下流に流して安全な量の上限を超えるので、ダムの計画を超えた大雨、ということになる。洪水との戦いは延長戦に突入、下流の人々には避難をしていただいて、非常用洪水吐からの放流がさらに増え、流入量と放流量が同じになる、つまりダムがあってもなくても同じ状態になるところまで、洪水調節は続くのだ。
このあたりが理解できるようになると台風来るたび気になって寝れなくなる
このあたりが理解できるようになると台風来るたび気になって寝れなくなる
量産型ダムに必要なファクターとは言え、洪水調節を語り出したら長くなってしまった。
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量産型ダムを見分けよう

最後に、ここで取り上げた量産型4ダムをじっくり観察して、似ていても非なるところを探し、見分けかたを見つけたいと思う。

まずは上から、ダムのてっぺんの通路(天端といいます)あたりにあるものを見比べてみる。
松田川ダムは右岸側(向かって左)にエレベーター塔、左岸側(向かって右)に取水設備がある
松田川ダムは右岸側(向かって左)にエレベーター塔、左岸側(向かって右)に取水設備がある
大仁田ダムも右岸側に青い三角屋根のエレベーター塔、あと非常用洪水吐の上に展望台のような出っ張りがある。そして貯水池がめちゃくちゃ小さい
大仁田ダムも右岸側に青い三角屋根のエレベーター塔、あと非常用洪水吐の上に展望台のような出っ張りがある。そして貯水池がめちゃくちゃ小さい
古谷ダムはエレベーター塔がない。もしや階段のみ?あと横の道路からダムが一段低くなっている
古谷ダムはエレベーター塔がない。もしや階段のみ?あと横の道路からダムが一段低くなっている
琴川ダムはエレベーター塔、取水設備ともにモスグリーンの屋根がかわいい
琴川ダムはエレベーター塔、取水設備ともにモスグリーンの屋根がかわいい
ダムの中にはさまざまな観測機器が埋め込まれていて、それらをチェックしたりメンテナンスするためのトンネル通路がある。たいていのダムには、そこに降りて行くためのエレベーターが設置されているのだけど、古谷ダムにはそれが見当たらない。もしや階段のみだろうか。小さいとは言え40m以上のダム。日々の点検作業は大変そうだ。

古谷ダムの予備ゲート室?というのは、下の方に放流バルブがあるのだけど、バルブの点検作業のときに水を止めるための水門があるはずなので、その水門を動かすための機械室なのではないか、という予測。

続いては量産型ダムのアイデンティティとも言える、常用洪水吐周辺を観察してみる。
松田川ダムの常用洪水吐はとにかく細い!調べたところ高さ70cm、幅60cmでこれまで見た中でいちばん小さいかも
松田川ダムの常用洪水吐はとにかく細い!調べたところ高さ70cm、幅60cmでこれまで見た中でいちばん小さいかも
大仁田ダムの常用洪水吐。ぽっかり空いた穴でこれといって特徴がない
大仁田ダムの常用洪水吐。ぽっかり空いた穴でこれといって特徴がない
古谷ダムの常用洪水吐は非常用から流れてきた水を分けるための屋根(デフレクター)がついている。あと位置がけっこう下の方で、洪水調節容量が大きいのかも知れない
古谷ダムの常用洪水吐は非常用から流れてきた水を分けるための屋根(デフレクター)がついている。あと位置がけっこう下の方で、洪水調節容量が大きいのかも知れない
いちばん特徴的なのが琴川ダムの常用洪水吐。4つ並んだ非常用洪水吐の端についていて、さらに穴ではなく切り欠きである
いちばん特徴的なのが琴川ダムの常用洪水吐。4つ並んだ非常用洪水吐の端についていて、さらに穴ではなく切り欠きである
常用洪水吐はそれぞれ個性が出ていた。松田川ダムはとにかく細くて、放流していないと遠目からは気がつかないくらい。調べたところ最大放流量が毎秒4㎥で、これだけの規模の治水ダムで最大放流量ひと桁は本当に珍しい。確かに松田川の下流は住宅街の中の細い流れだったけど。

特徴的だったのは琴川ダム。穴ではなく切り欠きだった。実際に洪水調節で大量に放流しているところを見てみたい。

というわけでいろいろ観察してみたけれど、ところどころ個性的な分はあるものの、量産型ダムの見分けはヒヨコの牡牝判定くらい経験が要求される、という結論を出したいと思う。ふつうの人、見分ける必要ないし。

地味だけど光を当てたい

一部の巨大有名ダムたちはともかく、多くのダムは裏道沿いの工房で黙々と働く職人のように、人知れずその役割を果たしている。その中でも量産型に分類されるダムたちは個性すらほとんど与えられず、ファンですらその名を覚えるのが難しい存在である。そんな彼らをこうして紹介できて、どこまで認識してもらえたか分からないけれど僕は満足です。
今回すべてのダムでドローン飛ばす許可は出たのでドローンパイロットにはおすすめです
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「ダムの歩き方」が出ました

旅行ガイドブックの最王手、地球の歩き方シリーズから「ダムの歩き方」が出版されました!ダムを見て歩く趣味がついにメジャーに!監修として僕の名前が出ていますが、ほかにも錚々たるダムマニアの面々が執筆に参加しているので、すでにダムめぐりしている方も、これから始めたい方も、今のところぜんぜん興味ない方も、ぜひ手にとって見てください。
GWにダムめぐりは超おすすめです
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