これが本物の金継ぎ。割れた陶器を漆を接着剤にしてくっつける
蒔絵師の副業として陶磁器の修復が行われていたという
金継ぎの専門家によるおせんべい修復
漫画家の堀さんはかつて漆の職人を目指していた経歴から「金継ぎ部」という金継ぎ教室をやっている。
その堀さんが最近
『おうちでできるおおらか金継ぎ』という本を出してよく売れてるようだ。出版記念イベントとして浅草にある本屋さんの二階で「クッキー・おせんべい金継ぎ」が行われるという。
堀さんが最近出した本。ワークショップに行ったときはAmazonのジャンル別ランキングで一位だった。売れてる…
金継ぎしたくても自分で割るのはダメ
堀さんによると、漆の金継ぎだと一日で乾かないのでクッキーやおせんべいにしたと。それでも工程自体は実際の漆を使うのとあまり変わらないのだという。
今回は割れたサブレやクッキーを手に入れてきたので直すんだそうだ。
そもそも金継ぎはこわれたものを直すのが本来なので、金継ぎやりたくても皿を自分で割るなよということなんだろう。
なるほど。しかし自分で割ったのだろう。一様にひびの入ったサブレー6枚を前にそう思う。
漫画家の堀道広さん。元々漆職人の道に入ってたが今は漫画家を
震災でお皿が割れて金継ぎブームに
一説によると金継ぎがブームになっていったのは東日本大震災以降だという。地震でお皿が割れたのだ。
堀「今ブームみたいなところはありますね。10年くらい教室やってるんですけど、3~4年前は満席だったのが最近は減ってきた。他に教室が増えて生徒さんが分散してるんですね。
おしゃれな器が増えたっていうのもありますし、震災でいろんなものが割れたのもありますしね。かっこよくいうと、日本が慈しみの心みたいなのに包まれたのが関係してんじゃないかと。あとは景気とか世の中の動向と関係してるんじゃないですかね」
浅草の本屋さんReadin' Writin' BOOKSTOREの二階で行われた
手始めに修復されるのは鴨サブレというサブレ。鳩でなく鴨
チョコペンで修復する
おせんべいやクッキーなど色々とりそろえる中、まず修復するのが鳩サブレーに似た鴨サブレー。形のおもしろさがウリであるだけに割れるとショックも大きい。かばんの底で割れた鳩サブレーを想像すると、修復の方法を知っておきたいなと思う。
そこで金継ぎの出番である。といっても使うのは漆ではない。チョコペンだそうだ。かぶれないし甘いぞ!
うるしの代わりにチョコペンである。金継ぎからいきなり遠くにきた
チョコペンを薄くぬれ!
本来は小麦粉と漆をまぜた麦漆という接着剤を使うらしいが、今回はチョコペンだ。
麦漆は乾くのに一日くらいかかるがチョコペンなら冷えたら固まる。
「金継ぎの漆もそうなんですが、薄くまんべんなく塗るのがコツです。たくさん塗りすぎると汚くなってしまうので。あとはすり合わせるように空気を抜くように接着してもらえれば」と堀さんが説明する。
「あ、サブレがチョコを吸ってきますね…」と堀さんが気づく。
これは金継ぎの知識なのだろうかチョコペン金継ぎの知識なのだろうか。緊張が走る。
「……これは金継ぎでもよくありますね」と追加で塗る堀さん。よかった。金継ぎの知識で。チョコペン金継ぎの知識を持って帰っても後に役に立つことはなさそうだから…。
サブレにチョコペンを塗る「よく吸うんで二階塗っておきましょう」本家の金継ぎにはなさそうな独自の知見がたまっていく…
また、部分的に欠けてしまったものは
きなこ棒をこねて…
修復した。鴨サブレのくちばしがきなこ棒に生まれ変わった
欠けの修復にはきなこ棒
今度は鴨サブレのくちばしが欠けた場合。割れではなく欠けの修復である。
堀「欠けてるときは麦漆に木の粉をまぜてパテみたいなものを作るんですが、今日はこのきなこ棒をパテ代わりに使います。ちょうどこれくらいの質感なんですよね。『きなこ棒くらいの硬さに練ってください』ってぼくもふだん言ってます。それで繕ってやる。
見えを張るというか"作り"が入っててもいいと思うんです。いい面を引き出してやるのも金継ぎのよさですよね」
と言いながら鴨のくちばしをカラスばりにとがらせていく堀さん。そんな願望が鴨にあったのだろうか。
こうして鴨サブレが見事に修復された
装飾の工程に
以上で接着までが終わった。ここからは装飾の工程。
接合部や飾りたいところに漆を塗って、金粉を散らして筆ではけていく。
漆が多いほど金粉が多く必要になるので、ほんとに上手な人はこの装飾の漆の塗がとても薄いんだそうだ。
割れたのも欠けたのも修復してここから装飾の工程。さらに漆(チョコペン)を塗って
金粉をまぶす。今回はアラザンやミックスカラースプレーなど。余分なものは筆で落とす
完成。目がキラキラになっている。ここまで来ると美しいかどうかはわからない
心のデトックス効果がある
割れた鴨サブレーが金継ぎの手法で修復された。
出来上がったものは持ち帰って食べてほしい、こわれたものを直して食べることで供養というか心のデトックスをするのだと堀さんは言う。
それはなんなんですか?とあとで聞くと、昨日考えてきたという。そんなに深い意味はなさそうだ。
そして参加者でもやってみる
参加された人の作品。割れたものの修復を超えて美的な領域に入っていく。それが鳩サブレー、いや鴨サブレーなのだからなおさらわけがわからない
こっちはおせんべい金継ぎ。割れたおせんべいに美しさがやどった。右下のものは呼び接ぎという手法で別のおせんべいをくっつけている
ちがうお皿を一枚に「呼び接ぎ」
金継ぎの技法のひとつに「呼び継ぎ」というものがある。 これは割れた器の破片が一部足りない場合、他の器の破片を使って埋めるのだという。
そんなぴったり合うものなんてあるのだろうか。実際はたくさん破片を集めておいて、そこから探すので気の遠くなる作業だという。
今回はおせんべいなのでごりごり削ってかんたんに整形できる。しかしこれはこの後の人生のどの部分で役立つ知識なんだろうか。
ちがうおせんべい同士もハサミなどでガシガシ整形して
また、お煎餅同士をこすり合わせることでピッタリに近づく。これは本物の金継ぎでもできるのだろうか…
チョコペンでくっつけて金粉をまぶして完成。ちがう2枚が一枚に
ということはこのようなこわれせんべいも修復できるのではないか
こわれせんべいを修復する
せっかく来たので筆者も体験させてもらった。こわれせんべいを集めて一枚のせんべいに戻すのだ。
こわれせんべいは割れてるから安いのであって、これで修復できればその価値は正規品とまではいかないものの、跳ね上がるはずだ。新しいビジネスの誕生の瞬間である。
割れたせんべいから近いものをピックアップしていく
この4枚を合体できれば
ガシガシやって近づいてきた
しかしまだ隙間があるのできなこ棒をねじって埋める
チョコペンでぴったり埋まった
金粉をまぶせば…
う、うつくしい…!! こわれせんべいを美しく修復できた
修復されたこわれせんべいが美しい
きなこ棒のパテで埋め、金粉をまぶすとこわれせんべいに美しさが宿った。日本文化はすごい。こわれたものを直すこと、それ自体一つの芸術にするのだから。
おせんべいをチョコペンでくっつけてそんなことを思う日が来るなんて。
一枚600円くらいで販売したい、こわれ金継ぎ修復せんべい
堀さんにとって金継ぎとはなんですか?
――堀さん、今日はありがとうございました。最後に、あのー、一度あれやってみたくて。『あなたにとって金継ぎとはなんですか?』みたいな質問あるじゃないですか。あれやったことなくて聞いてみたいんですけど…
堀「えっ! あーっ! それはほんと別の人にしたほうがいいですよ。ぼくなんかたまたまブームみたいになってるからこうなってるだけで…」
堀先生は源氏パイを修復。美しい。割れたハートも修復だ。
――そこに山があるからみたいなのないですか?
堀「うーん。『思い出を継ぐ』みたいなことを言う人もいますね。ぼくはそういうかっこいいこと言えなくて、傘の修理と一緒というか、ただの仕事じゃないかなと。
金継ぎっていっても、永遠のものじゃないですし、身体に害はないといっても"かぶれる"という最大のデメリットもありますしね(笑)」
かばんのそこでバキバキに割れてるもの代表のルマンド。しかしさすがに修復は無理だった…
堀「やっぱり、マイナスをゼロにする作業でしかないと思いますね。『美しくなりました』とかは後付であって、別に使えればいいと思いますけど…でもそれ言うと身も蓋もないんですけど、まあそれくらいでいいかって。
所詮、直しというか。所詮というのはリスペクトでもあるんですけど。所詮は器作った人に勝てない。器作った作家より目立っちゃいけないという意識はありますね」
よくばり三人でメロンパンを取り合ったあと、金継ぎで修復。味もチョコペンなので邪魔をしない。
こうしてさまざまなクッキーやおせんべいが修復された
堀さんにとって金継ぎとはなんですか?2
――ありがとうございます。堀さん、すいません。もう一個やりたいことあるんですけど。『あなたにとって金継ぎとは?』ってもう一回聞いて答えを二個載せたいんですよ
堀「はい。わかりました。やっぱりこう……今度は良いこと言いたいな…」
堀さんにとって金継ぎとはなんですか? 2回聞きました
堀「金継ぎは何回でもやり直せるから、人生は何回失敗しても終わりじゃないよって教えてくれる。それはいいことですよね。今日のお菓子のやつもそうですけどね。一回挫折してもそれは終わりじゃないよっていうね。
金継ぎだって自分で選んだわけじゃない。美大に入れなかったんで、漆の短大に入って、そのあと漆の職人になったんですけど、無地の塗りのほうが好きになっちゃって。なんでも黒く塗りつぶす、そういう感じになったときもありますね(笑)。
逃げて逃げての人生ですから。逃げてこうなっちゃった(笑)。もう、なんにも自分で選んでない。強いて言うならマンガくらいですね」
金継ぎが流行ってる
やはり金継ぎは流行っていた。集中してできるので作業自体楽しいものだし、仕上がりの美しさは格別だ。今後は金継ぎをやってますという人がいたら話に加わりたい。金継ぎ楽しいよね、と。チョコスプレーやアラザンを使うより食用金粉まぶすのが確実だよね、と。
チョコとおせんべいしかさわったことのない身だが日本の修復文化にふれて今はえらそうな顔をしている。