中華街にやって来た
長崎は鎖国時代、唯一の貿易港としてオランダだけでなく中国とも貿易していた。というわけで長崎には中華街があり、中国文化との関わりも深い。なので酢豚との関わりも深いはずだ(たぶん)。
まずは下調べに、店先に出されている酢豚のサンプルを見て回った。長崎の中華街は、横浜のそれと比べるとだいぶ規模が小さくこじんまりとしている。サンプルを見てるうちに、あることに気が付いた。
4種類の漢字表記
同じ酢豚と思われるものに、なぜか4種類の漢字表記があった。
まず「酢豚」は、いいだろう。これが基本だ。
次に「酢排骨」。
酢を排する骨と書いて、「スーパイコ」と読む。
これは少し説明しないといけない。長崎ではなぜか酢豚のことを「スーパイコ」と呼ぶのが一般的だ。初めて聞いたときは、別の食べ物だと思った。
生粋の長崎人もまた同様に
「酢豚とスーパイコって違う食べ物?」
という疑問を抱くようだが、実際は同じ(ちなみに博多でもスーパイコと呼ぶらしい)。
「糖醋肉塊」という表記もあった。
糖が酷い肉の塊??
かなりそそられるネーミングではないか。
「古老肉」という文字も見られた。
古い老いた肉? およそ旨そうな字面でないあたりに、逆に興味を惹かれる。しかしそれにしても、このバラエティー豊かな酢豚の表現方法は一体なんなんだ!?
サンプルを見て回るだけで、早くも酢豚の世界にグイグイ引き込まれる。「酷い糖のやつ」も「古い老いたやつ」も今日はすべて食べてやろうではないか。
いろいろ見て回ったあげく、まずは「新和楼」というお店に入ることにした。「糖醋肉塊」という表記をしていた店だ。
(特に「肉塊」の字に惹かれた。)
いよいよ酢豚を堪能していきたい。
酢豚登場!
前置きが長かったが、酢豚登場。
ジャ、ジャ、ジャ、ジャーン。
ベートーヴェンの交響曲5番「運命」の出だしの部分は「運命が扉を叩いているところ」らしいが、今、私の頭の中では酢豚の扉(しばらく閉ざされていた)が、4回鋭く叩かれオープンした。うんめー!(わかりにくい表現ですんません。)
本格的な中華料理店にて、頼んだのはビールと酢豚のみ。これがなんだか心地いい。あれこれ余計なものを頼まない分、酢豚の味が際立つ。ビールはチンタオ(青島)。中国気分を満喫だ。
大人数の飲み会でいろんなものに混じって食べた酢豚は、ミートボールをかじったんだかなんだか後になったら思い出せない。が、今回は違う。研ぎ澄まされている。
糖が酷い肉の塊り?
ところで、このお店での酢豚の表記は「糖醋肉塊」である。これは何か。お店の人に尋ねてみたところ、中国語で
・糖=甘い
・醋=酸っぱい
・肉=豚肉
・塊=ブロック状にカット
という意味があるらしい。
「酷い」だと思っていた字はよく見たら「醋」だった。これが中国語で「酸」に相当するらしい。最後の「塊」はカットの仕方を現していて、他には「絲」だったら細くカットという意味だそうだ。
例:青椒肉絲(チンジャオロースー)
というわけで、私が食べたのは肉塊だ。
ちなみに、英語表記だと Sweet Sour Pork。訳すと「甘い酸っぱい豚肉」。そのまんま。酢豚に対する無用な知識がどんどん広がる。
構成要素
ここの酢豚の構成要素は、豚肉、ニンジン、玉ネギ、キュウリだった。キュウリを炒めるあたりがいかにも中華料理。酢豚といえば何かと物議を醸し出すパインは入ってなかった。
テンポよく移動します
今回は食べ比べが目的なので、ビールと酢豚だけ食べたら、サッと次の店に移動。再び夜の中華街に立つ。これがまた意外と心地がいい。今日は何食の酢豚に出会えるだろうか?
2軒目
次に訪れたのは玄関が超ゴージャスな「京華園」というお店。
ゴージャスな玄関に惹かれたのではなく、酢豚を「醋古老肉」と表記している点に惹かれた。古い老いた肉である。こんな書き方されたら誰だって興味湧く。
古老のイメージ膨らむ
さっそく店員さんに「古老肉」の意味を尋ねてみた。が、「肉」や「醋」についての説明はしてくれたものの肝心の「古老」についてはよくわからない、とのことだった。想像にお任せください、ということかもしれない。イメージ膨らむ、古老。
酢豚オンリーで
頼んだのはここでもビールと酢豚のみ。店的にはあまりいい客ではないかもしれない。メニューを見ているのは迷ってるからじゃない。探してるのだ。
ここでもまた、青島ビールを飲みつつ酢豚を待つ。サッパリしていて、なかなかうまい。
やがて、ゴワ~ンと巨大な銅鑼の音が鳴り響き(私の頭の中で)、酢豚が登場した。
うまい
しかしそれにしても酢豚ってやっぱりうまいな。
構成要素は1軒目と全く同じ、豚・ニンジン・玉ネギ・キュウリだった。
やはりパインは入ってない。
普段なら逆に
「どうしてパイン入ってるんだろう?」
と言われがちなパインだが、2回続けて入ってないと、今度はそのパインが妙に気になる。人間の心理とはこういうものか。
人増える
と、ここで事前に声をかけておいたメンバーが合流し、人が増えた。一応
「今日は酢豚メインで」
ということは伝えてはいるものの、
「酢豚以外は頼んじゃダメです!」
なんて言って気まずくなるのもアレなんで、ここでようやく他のメニューを追加注文。
青椒肉絲、炒飯などが出て来た。普通にうまい。というか、うまい。思わず酢豚そっちのけでガツガツ食べてしまいそうになった。いかん、いかん。
酢豚ツアーは第2楽章にて早くもリラックスムード。
まだ2軒目なのに、けっこうお腹いっぱいになってきた。
酢豚の求道者と化す
時刻は夜9時を過ぎた。長崎の中華街は9時でほとんどのお店が閉まるので、3軒目は飲み屋街の方へと足を運ぶ。
1軒目、2軒目とどちらもパイン無しの酢豚だったので、次はパイン有りの酢豚を食べたい。
確認の為、店の人にパインの有無を聞いて回った。それも
「ここの酢豚、パイン入ってますか?」
と聞いたら、まるで苦手な人がパイン抜きを求めていると誤解されそうだったので、
「パイン入りの酢豚が好きなんですけど、ここのは入ってます?」
なんて聞き方を、いつの間にかしていた。
言ってから自分でハッとした。
自分が酢豚のパインが好きだなんて、まだわからない。まるで中学生の恋愛のような複雑な気分を味わいつつ、酢豚入りのパインを探す。
中には、「パイン入ってますか?」の問いに対して 「うちはケチャップです。」と回答する店もあり、ますますワケがわからくなったりもした。
やがて辿り着いた店は
パイン入りの酢豚はなかなかみつからなかった。酢豚といえばパイン(言い過ぎ)だと思っていたのに、こんなに見つからないとは思いもしなかったことだ。
探し物はたいていの場合見つからず、どうでもよくなった頃にホロッと見つかるものだが酢豚でも同じ経験をするとは。
長崎は酢豚にパインを入れない特殊な場所なんだろうか?それとも最近は酢豚にパインを入れないのが流行りなんだろうか?
しばらく歩き続け、やがて我々はこんなお店に辿り着いた。
すごく、いい感じ
3軒目に入ったのは、これまでとはまったく雰囲気の異なる、こじんまりとしたラーメン屋。高級感こそないものの(むしろ外観からはB級っぽい香りがプンプンするが)、私はここのラーメンが好きで何度か来ている。トロトロの焼き豚がたっぷり乗ったラーメンなのだ。ここのメニューにたしか酢豚があった。
店内はカウンターがメインで、奥に座敷が何席かある。こういう雰囲気好きだ。一気にくつろぐ。
安い!
驚くべきはその値段。なんと全品550円均一。
しかもこれは定食の値段で、単品で頼むとさらに150円引きで400円となる。中華街で食べると一皿1000円以上はするから、驚くべき低コストぶりである。
ここに来るたびにいつも「美味しそうだなぁ」と思いつつも、ついラーメンを頼んでいたので今回初めてラーメン以外のものを注文した。
ビールには、中瓶と同じ直径の小さいジョッキがついてきた。あとオマケで串揚げも。嬉しい。
が、肝心の酢豚がなかなか出てこない。忘れてしまったようだった。
ビールをもう一本空けたところで、ようやく酢豚が登場。
本日初のパインか!?
出て来た酢豚には、パインのようなものが見えた。
「ついにパイン入り酢豚の登場か!?」
と思ったら、よく見たらタケノコだった。
構成要素は豚肉・ニンジン・玉ネギ・キュウリ・タケノコ。
陳さん直伝の酢豚
店のお母さんに話を聞いてみたところ、数分間にわたって酢豚やラーメンの話をしてくださった。なんでも陳さんという長崎の有名な料理人直伝の正統な作り方による酢豚らしい。
パイン入りも、事前に連絡すれば作ってくれると言っていた。い、いや、そこまでしてパイン入りを食べたいわけでは…。でもパインのことが気になるのは事実だ。ああ、パイン。
大満足
というわけで、3軒を巡り、酢豚欲を充分に満たすことができた。ほんとはもう1、2軒巡れたらとも思っていたが、ついつい違うものも食べてしまいお腹を膨らましてしまった。
反省。今度行く時はもっとストイックに行きたい。
3軒の酢豚を食べ比べてみて思ったことは、まず
・どこもうまかった
ということ。それと、もっとパインとかヤングコーンとか店ごとにバラエティー豊かな食材が入っているかと思ったら、意外と統一されていた。(サンプルでは、ピーマンやきくらげが入ってるパターンもけっこうあった。)
これに関してはもっとエリアを広げて、日本各地の酢豚を食べ比べてみなければいけないと思う。新たな楽しみができた。
●お店データ
・新和楼 TEL:095-822-3016
・京華園 TEL:095-821-1507
・びっくりラーメン TEL:095-821-9913