特集 2017年11月24日

くらしを守る放流設備「洪水吐」

ほとんどのダムについている洪水吐
ほとんどのダムについている洪水吐
多くのダムには洪水吐(こうずいばき)というものがついている。
ダムから水を放流するための設備だけど、実はダムだけではなく、洪水吐は世の中のいろいろなものについていることに気がついた。
そこで、洪水吐について掘り下げてみたい。
1974年東京生まれ。最近、史上初と思う「ダムライター」を名乗りはじめましたが特になにも変化はありません。著書に写真集「ダム」「車両基地」など。
(動画インタビュー)

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ダムの洪水吐とは

洪水吐とは、ダムに貯めた水を下流に放流するための設備のなかで、特に大雨や雪解けなどで上流から流れてくる水量がふだんより多くなったとき(の状態を河川用語で「洪水」という。あふれなくても洪水「状態」になるのだ)、水量調整の目的で放流するためのものを言う。文字通り、(河川用語の)洪水を吐くものだ。

その中で、そのダムの守備範囲内の水量で使うものを常用洪水吐(じょうようこうずいばき)、設計したときに設定した流量を超え、水がダムの上を乗り越えてあふれるのを防ぐために放流するものを非常用洪水吐(ひじょうようこうずいばき)と言う。古いダムだと常用と非常用を兼ねているところもあり、また、そもそも洪水を防ぐ役割がない発電用などのダムは常用の装備がなく非常用だけ、というところもある。
10月下旬に台風が来た翌日、ダムに行ったら放流していた。これは岐阜県の丸山ダム
10月下旬に台風が来た翌日、ダムに行ったら放流していた。これは岐阜県の丸山ダム
こちらは大雨で洪水調節真っ最中の神奈川県の宮ヶ瀬ダム
こちらは大雨で洪水調節真っ最中の神奈川県の宮ヶ瀬ダム
上の写真で、丸山ダムはダムのいちばん上に常用と非常用を兼ねた水門が5門並んでいる。ダムは通常下流に流して良い放流量が決まっていて、その数字以下であれば常用、それ以上放流するときは非常用となるのだ。

宮ヶ瀬ダムは常用と非常用が分かれていて、放流している鼻の穴のようなところが常用、いちばん上の3つ開いた大きな口が非常用だ。通常は鼻の穴しか使わないけれど、万がいち設計時の予測を大きく超える大雨が降って上流から大量の水が流れてきて、常用洪水吐で放流しても追いつかず貯水池の水位がどんどん上がってしまった場合は上の3つの口から放流される。ダム好きとしてはそれも見てみたいけれど、そんな事態は起きてほしくないという微妙な心境だ。
やはり台風のあとで放流していた岐阜県の大井ダム
やはり台風のあとで放流していた岐阜県の大井ダム
この大井ダムは目的が発電専用で洪水を調節する役割がない。そのため台風などで大雨が降ると、上流から流れてきた水量のうち発電に使う量以上の分はダムの上にズラリとならんだ非常用洪水吐から放流する、迫力のある光景が比較的よく観られるのだ。

発電用といえば、高さ日本一で有名な黒部ダムにも非常用洪水吐がある。
ダムに興味なくてもホントすごいのでぜひいちど行ってください
ダムに興味なくてもホントすごいのでぜひいちど行ってください
黒部ダムの真ん中へんから水が噴き出しているのは、下流の川が枯れないように流しているもので洪水吐とは役割が違う。黒部ダムの洪水吐は、本体のいちばん上にたくさん並んだ穴である。貯水池の水位がこの穴の下端より高くなったら自動的にあふれ出す、超巨大ダムに似合わずシンプルな仕組みだ。
下の水が噴き出しているところではなく上の穴が洪水吐
下の水が噴き出しているところではなく上の穴が洪水吐
遊覧船に乗って貯水池側から眺めるとよく分かる
遊覧船に乗って貯水池側から眺めるとよく分かる
ふだんは下流の川が枯れないように放流しているほか、貯水池から発電所を経由して下流に流しているので洪水吐が使われることはほとんどないけれど、過去に何度か貯水池の水位が上がって非常用洪水吐から流れ出たことがあるという。高さ186m、日本でもちょっとほかにない大瀑布である。これはいつかこの目で見てみたいものだ。

というわけで、ネットメディアでこれまでにないほど詳しくダムの洪水吐について解説した。けれど果たしてどのくらい理解してもらえただろうか。ダムは巨大すぎるし、洪水と言われてもピンと来ないかも知れない。もっと身近なもので説明できないだろうか。

と思っていたところ、規模や形はどうあれ、洪水吐はダム以外でも見かけるのではないか、と気づいたのだ。

というわけで本題はここからである。
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洪水吐はだれの家にもある

洪水吐とは、貯水池の水があふれるのを防ぐために設置された放流設備である。そう考えると、同じ役割のものがみんなの家にもあるのだ。
洗面所のボウルに洪水吐がある
洗面所のボウルに洪水吐がある
たいてい、洗面所のボウルは底の排水口に栓をして水を貯めることができるようになっている。このとき、栓をして水をせき止めたり栓をはずして水を流す排水口は常用洪水吐と言えるだろう。
これは常用洪水吐
これは常用洪水吐
そして、水を貯めたときにあふれないように、上の方にも小さな穴が空いているはずだ。
みんなの家にある非常用洪水吐
みんなの家にある非常用洪水吐
排水口に栓をして水を貯めたときに、貯めすぎてあふれないよう開けられた穴。貯水池(洗面所のボウル)の水位が一定以上になったら水が流れ込む形や仕組みは、黒部ダムの非常用洪水吐とまったく同じである。

黒部ダムにあるものがウチにもあった。そう考えるとなんだか興奮してきませんか。しませんか。

そんな高揚感を保ったまま洗面所を見まわすと、もうひとつ非常用洪水吐を見つけてしまった。「ゾーンに入った」というやつだ。
ゾーンに入りでもしなきゃこんな写真撮ってネットに載せたりしない
ゾーンに入りでもしなきゃこんな写真撮ってネットに載せたりしない
洗濯機からの万がいちの漏水を受け止める洗濯機パンだ。形をよく見ると、四方に壁があって漏れた水を床に逃さず、排水口に導くようになっている。

排水口の部分は洗濯機から伸びた排水ホースのほか、パンの底に溜まった水も流せるようになっている。つまり排水ホースが常用、パンの底から流れる部分が非常用洪水吐と言えないだろうか。
洗濯機パンの洪水吐だ(多少ホコリとかあったので画像をやや修正しています)
洗濯機パンの洪水吐だ(多少ホコリとかあったので画像をやや修正しています)
ところでダムの非常用洪水吐には、水門がついていたり穴が空いているものばかりではなく、本体の上を水が乗り越えて行く構造のものもある。上を塞いでいない、というだけで基本的には穴と同じだけど、全面越流型などと呼ばれている。
本体がそのまま水が乗り越える全面越流型の島根県の志津見ダム
本体がそのまま水が乗り越える全面越流型の島根県の志津見ダム
全面越流するとこんな感じ。完成直前の試験湛水で初めて満水になったときのもの
全面越流するとこんな感じ。完成直前の試験湛水で初めて満水になったときのもの
それを踏まえると、バスタブは全面越流型の洪水吐と言えるのではないか。底についている排水栓は洗面ボウルと同じ、常用洪水吐。そしてひたひたに貯めたお湯にざぶんと浸かったとき、勢いよくあふれ出る状態こそ異常洪水と言えるだろう。
お湯がもったいないので各自想像で補ってほしい
お湯がもったいないので各自想像で補ってほしい
さて、この調子でゾーンに入ったまま(僕だけ?)もう少しお付き合い願いたい。
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水以外にも洪水吐があるのでは

洪水吐が、「ある物質が必要以上に多くなった際に減らすための設備」であるなら、って勝手に概念を作ったけれど、つまり流体なら水以外のものにあてはめても良いのでは、と思った。

そして見つけたのがこれ。テレビの裏側にある通気口(放熱口?)だ。
熱がこもらないように上に逃がすための穴
熱がこもらないように上に逃がすための穴
テレビに限らずDVDプレーヤーやパソコンなどにもあるけれど、内部の発熱で生じた熱がこもらないように逃がすための穴である。熱がこもる状態を洪水と考えれば、テレビも洪水調節していると言えるのではないだろうか!(言えねーよ)

そう考えるとトイレやキッチンの換気扇は臭いの洪水吐だし、洗面所やお風呂場の換気扇は湿気の洪水吐である。われわれが生活する上で快適を保つということは、温度や湿度、臭気、そして川の水位など、常にあらゆる要素を一定に保つ、つまり洪水調節している、ということなのかも知れない。
想像してほしい、臭気の洪水が起こったトイレを
想像してほしい、臭気の洪水が起こったトイレを

洪水吐はフェイルセーフ

最後に、今回いろいろな洪水吐を探してまわったなかで、偶然見つけていちばん感動した洪水吐をご紹介したい。

職場に二層式の洗濯機があって、たまにそれで洗濯をしているのだけど、よく見るとこの洗濯機、洗濯槽と脱水槽をぐるりと取り囲むように縁取りがされていた。
かなり年代物の二層式洗濯機
かなり年代物の二層式洗濯機
お分かりだろうか、洗濯槽と脱水槽の入り口がぐるりと取り囲まれているのを
お分かりだろうか、洗濯槽と脱水槽の入り口がぐるりと取り囲まれているのを
洗濯槽と脱水槽の間の仕切りは周囲の縁取りに比べて一段低くなっている。これが何を表すかというと、あくまで予想だけど、もし洗濯槽に水を貯めすぎてあふれた場合、洗濯機の外に流れ出るのではなく、脱水槽に流れ込むようになっているのだ。脱水槽は常に排水口につながっているだろうから、あふれた水が流れ込んでも問題なく排水できるはず。
非常時は向こうの洗濯槽から手前の脱水槽に水が流れ込むのだ
非常時は向こうの洗濯槽から手前の脱水槽に水が流れ込むのだ
つまり、この洗濯機は脱水槽を非常用洪水吐として設計しているのだ。これぞフェイルセーフ。このことに気づいた瞬間、世の中には洪水吐があふれかえっていると僕は確信した。

ゾーンは抜け出しました

というわけで、調査というよりトンチのような拡大解釈の結果、世の中には洪水吐があふれ、常にあらゆる洪水調節が行われていることが分かった。ぜひみなさんもマイ洪水吐を探してみてください。
「ザルは洪水吐か、パスタの茹で汁を切る行為は洪水調節か」という件は今回結論が出ず持ち越しとなった
「ザルは洪水吐か、パスタの茹で汁を切る行為は洪水調節か」という件は今回結論が出ず持ち越しとなった

今年もダムアワード開催します

当サイトの記事が発端となってはじまった、1年のダムの活躍をふり返り、ダム好きにとってもっとも印象的だったダムを決める「日本ダムアワード」を今年も開催します。詳しくはダムアワード公式ホームページか会場の東京カルチャーカルチャーのホームページまで!
今年もっとも印象的だったダムは!?
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