「挑戦!雪山ハイキング!」
雪山ハイキング、という遊び方を知っていますか。
雪山、と聞くとハードルが高そうに思えるけど、低山なら実はそうでもありません。
服は夏山装備にフリースを着込むだけでOK。あとは軽アイゼンを付けるだけで、一面の雪景色はあなたのもの!
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……というような情報を鵜呑みにして、危険性を甘く見て向かった結果、僕はレスキューヘリで雪山から救出されることになった。
そのあとの入院生活は2週間におよび、各方面に甚大な迷惑をかけることになった。
手術が想定外にきつくて、しばらく動けなかった
以下、僕がレスキューされるまでの当日のいきさつを振り返るので、どこに事故の原因があったのか、画面に蛍光マーカーで線を引きながら読んで欲しい。
「ファミリー登山の山だから、大丈夫だよ」
群馬県の赤城山。標高1828m。
日本百名山には入っているが、湖畔の1360m地点から始まる登山コースは短く単純で、典型的なファミリー登山の山だ。
湖畔からの赤城山登山コース。(カシミール3Dで作成)
メンバーは学生の頃から登山に行っているいつもの仲間で、経験豊富とまではいかないが、それなりに山には慣れている。何度かアルプスに行ったこともあるし、赤城山も夏なら登ったことがある。
しかし雪山は未経験だったため、「3人で雪山ハイキングから挑戦してみよう」と、僕が誘うかたちで行くことになり、晴れた3月の朝に新宿駅を出発して、僕らは赤城山の入り口までたどり着いた。
入り口でアイゼンを靴に取りつけます
雪山の装備「アイゼン」とは?
滑り止めのために取り付ける「爪」のこと。これは本格的なアイゼン
夏山に残る雪を「雪渓」と言うが、僕は何度か雪渓を小さいアイゼン(軽アイゼン)で越えたことがあったので、
「今回は雪山ハイキングだし軽アイゼンで大丈夫だと思う」と友達に伝えた結果、2人は軽アイゼンで山に入った。
最初の頃は確かに、軽アイゼンでも問題はなかった
しかし中盤以降、思ったよりも雪が深く、軽アイゼンの友達たちはまあまあに苦労していて、これは間違ったアドバイスをしたなと申し訳なく思っていた。
だが、自分に関しては本格アイゼンを装備していて、降り固まった雪の固さもほどよく、滑る気配すら無かった。
後半になると、4本爪の軽アイゼンは無力に等しかった
とはいえこの日は晴れた3月の日。
積雪が凍りついていることもなく、ちょっと汗をかいたぐらいの運動量で、僕らはあっという間に尾根にたどり着いた。
眺めも最高! あとは尾根歩き、ほのぼの!
尾根付近はフィールドも広く、他の登山客の中には「ヒップそり」と呼ばれるおもちゃのそりで斜面を滑って遊ぶ人もいて、それがとても楽しそうに僕の目に映った。
かくして、無事に予定通り山頂へと着いた僕らは「腹減ったー!」と叫びながら昼ごはんを作り、高校生のような勢いで山盛りのパスタを食べた。
雪をコンロで溶かしてパスタを茹でて……
あっという間に冷めるので、一気に食べる!
いいね!いいね! 雪山いいね!
赤城山に対して500いいねをグーで押し付けたいぐらいの「雪山挑戦、大成功!」である。
あとは下山だけだ。ほぼまっすぐ一本道の下山道を僕らは下り始めた。
危険個所は読み取れたでしょうか
以上が事故直前までの僕の行動である。
マンガや映画だったら、「この人、このあと確実に不幸に遭うな」という予兆が端々に見てとれるだろう。
そのとおり、次のページからこの登山行は暗転する。
そり遊びをやってみたい
道も半ばになったあたりで、僕はさっきのそり遊びを思い出し、「そり無しでも少し滑ったりできないかな」と考え始めた。
試しに小さな斜面に座り、滑り台方式で道を滑ってみる。すると、きれいにするすると滑り木に足を着いて止まることができた。意外と面白い。
このあとも2回ほど試みてうまくいき、このとき僕はこの行為を「歩いて下山するよりも素早く降りられるかも」ぐらいに感じていた。(専門家の方に聞いたところ、アイゼンで木を傷つける行為は厳禁だそうです)
そして、これぐらい角度の斜面を下っていたときだと思う
そんなことをやっていた直後である。
軽アイゼンのため最も下山に苦労していた友人が、ちょっと急なまっすぐの下山道でスリップしてしまい、滑落と言っていい勢いで滑り落ちて行った。
完全にコントロールを失った、水平に一回転しながらの、かなり青ざめる滑り方だった。
小さな叫び声のあと、あっという間に友人が遠くなっていった
パーティーに緊張が走る。
さすがに焦った僕は、こう考えた。
・一刻も早くようすを見に行かねばならない
・さっきの滑り台方式の方が早く行けるかもしれない
リーダーとしての責任感と焦りが、この誤った判断を招いたのであろう。自分だけ本格アイゼンを装備しているという過信が、いつでも止まれると思わせたのかもしれない。
目の前で友人が滑落した斜面に、僕は腰をついて滑り込んでいった。
勢いは止まらず、みるみる加速していった。
どのように滑ったかは覚えていない。痛かった気もしない。必死に止まろうとして木に足を2回ついたことだけは覚えている。
止まって目の前を見ると、自分の足首が120度左方向に回転していた。
なにも判断に迷うところのない、完全な骨折だった。
自分が200%一歩たりも歩けないことが瞬時に分かった。
目の前を見ると、さっき滑落した友人がいて、逆に僕へと「大丈夫かっ?」と声をかけてきてくれた。彼はまあまあ、大丈夫っぽかったが、僕はどう考えてもダメである。
助けようと思っていた友人に、僕は声をかけた。
「すまん。足折った。レスキュー呼んでっ……!」
情けない叫び声が雪の赤城山にこだました。
「もしもし、救急ですか、赤城山で友人が骨折して……」
友人たちはすぐに消防と警察署に状況を伝えた。
ぼくは彼の求めに応じながら、生年月日や住所を答えつつも、雪山の真ん中で左向きにぶら下がる自分の足首を「え、現実?現実?」と100回ぐらいなめまわすように眺めていた。
悪夢なのではないかと、何度も思った。
友人たちは精力的に周囲を確認し、さらに何度も救急と連絡して、レスキューの手配を進めてくれた。
現在地を伝えるのがなかなか難しく、かけ回って情報を集めてくれたが、けっきょく携帯のGPSを携帯会社から取得することで場所を特定してもらえた。
そう友人から伝えられ、「え、ヘリが!?」と、大ごとになってしまったのに多少びっくりしたが、少なくともここで置き去りにはならないことが明らかになると、後悔の念が巻き始めた。
響き渡るサイレンとプロペラ
後悔に苛まれながら、30分ぐらい経ったと思う。
救急車のサイレンが赤城山にひびきわたり、それとほぼ同時に空からヘリコプターのプロペラ音が聞こえて来た。
「本当にヘリが来てくれた!!」
手を振ると近づいてきてくれたのだが、様子を確認すると遠ざかって行ってしまい、「やはり樹林が邪魔で降りられないのか……」と軽く絶望したが、周囲を一巡りしたのちまた戻って来た。
着地点を検討する間、風圧で僕らがダメージを受けないように気を使ってくれたのかもしれない。
いよいよ着地点が定まり、ヘリが頭上に近づいてくる。
プロペラの風圧で服が震える。雪も小枝もばんばん吹き飛ぶ。明らかに圧倒的な威力を持つ「存在」が来たことが肌で全身に伝わる。
ロープにつかまった隊員の方が2人降りて来て「頭は打ってないですか」と状況の確認をしてくれた。
僕は「お世話になります」、「申し訳ありません」、「すいません」を繰り返すだけの全く弱い動物となって、全てを預けて処置をしてもらった。
その後、ふもとから登って来た救急車からの隊員の方も到着し、総勢6名で僕は吊り下げ式担架へと運ばれた。
処置の途中で靴を脱がされたときに見ると、絶対に人間のものではない形に足首が変形していた。
ゾンビ映画でしか見たことのない形だったが、隊員さんはもちろん動じることなく、極めて的確に、赤色の曲がる板と登山杖ですみやかに固定してくれた。
この間終始めちゃくちゃ痛かったが、危険を冒して助けに来てくれた隊員さんを思えばなんのことはない。
しかし、安心感と緊張と痛みと不安がごちゃ混ぜになった感情のせいか、ここらから左足ががっくがくに震えはじめる。
いよいよ吊り上げるから、金属の棒をしっかりと掴むように言われ、見るとヘリが真上に接近して来た。再びおおいかぶさる風圧。吹き飛ぶ雪。連絡してくれた友人も耐風の姿勢を取ってかがんでいる。
そこへロープが降ろされて来た。
山岳レスキューで、山肌への接近の瞬間がいちばん危険であることは知っていたので、緊張で左足と奥歯が猛烈に震える。無事に成功するよう、棒を強くつかみながら祈り続けた。
必死だったので、ベルトの形や位置はうろ覚えです
抱きかかえるように隊員さんに保持されたまま、すうっと身体が持ち上がる。
ぶら下がったまま見下ろす雪山の風景。友人も地上の隊員さんも、枯れた木々も、山頂も、すべての景色が真下へと移り変わる。
骨折したことは現実とは思えずまぼろしのようだったが、吊り上げられる瞬間はもっとまぼろしのようだった。
ある程度ヘリが上昇するとロープが本体へと巻き上げられ、体がヘリの床に手が届くほど水平になると、僕はてばやく機内へと収容された。
続いて隊員さんは機外にあるロープの回収に入った。
一歩先は地上何百mの虚空なのに平然と作業しているのに驚き、落下事故は起こらないのかと、留め具の繋がりを端から端まで確認してしまった。
こんな危険を冒してまで助けに来るなんて、この人たち男だ、真の男だ。
機内には堅牢性の高そうな無骨なモニターが取り付けられており、心拍と血圧を測定された。
極力落ち着くようにしていたつもりだったが、左足はまだがくがくと震え、血圧は147と見たこともない数値をはじき出していた。気を張っていたつもりだったが、未経験な事態の連続に体が耐えきれていなかった。
まだ震えている僕に、隊員さんが「けっこう山は登るんですか」と話しかけてくれた。やさしかった。
そこからいくつか話をしたあとに、「これからリハビリとか大変だとは思いますが、また登山できるように頑張りましょう」と、防災航空隊のワッペンを渡してくれた。
そして病院に到着……
それから5分ほどでヘリは群馬大学病院の屋上ヘリポートに着き、僕はストレッチャーに乗せられ、レスキュー隊の皆さんに別れを告げて、ああっという間に各種検査に回された。
これがそのときに撮ったレントゲン写真である。
外側の骨が折れて関節が完全に脱臼していた。
検査のときに靴下を切り裂くと、生肌で見る足はいよいよもってゾンビにしか見えず、
「悪夢だ、もう何も見たくない!」
と思ったところで全身麻酔をかけられ、目が覚めると足首は元の向きに戻り、固定されていた。
あれ、やっぱり悪夢だったのかなと思ったが、固定具に触るだけで走る激痛が現実をぼくに教えてくれた。
このあと僕は現実とは思えない気持ちのまま、群馬で2泊を過ごし、地元に送還されて手術・リハビリの11泊12日を過ごすことになる。
以上、雪山を甘く見た結果として起きた体験の一部始終である。すべては僕の油断が悪かったのだが、仲間に大けがをさせずに済んだのは良かったかなと思っている。
しかし僕のような粗忽者はそうそういないと思うが、それでもヒップそりやバックカントリースキーで遊んでいる人たちのことを思うと不安になる。
お世話になった群馬県防災救助隊の皆さま、群馬大学病院の皆さま、ありがとうございました。この先の緊急出動が一件でも減ることを祈っております。