特集 2017年11月7日

ウルシのことを知るためだけの旅

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僕らは、ウルシのことを知ったつもりになり過ぎているんじゃないだろうか。

実物の木を見たことも無いのに、伝統工芸だとか、肌がかぶれるだとか、そんな話ばかり聞きかじってきた。

この夏、そんな僕が、ただウルシのことを知るためだけに、都心から3時間かかる茨城県の北端「大子町」まで行ってきた。
1978年、東京都出身。漂泊の理科教員。名前の漢字は、正しい行いと書いて『正行』なのだが、「不正行為」という語にも名前が含まれてるのに気付いたので、次からそれで説明しようと思う。

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ウルシの『旬』は7~8月

大子町は「だいごまち」と読む。
茨城県の北端にある、風光明媚な山あいの町だ。
日本三大滝の「袋田の滝」があり、紅葉の美しい温泉地であり、そしてウルシの一大産地でもある。
ディーゼル列車で水戸からさらに1時間半。風情ありすぎる鉄旅。
ディーゼル列車で水戸からさらに1時間半。風情ありすぎる鉄旅。
まずお邪魔したのは益子さんのウルシ畑だ。
ウルシの樹液を取る職人を「ウルシ掻き(かき)」というが、益子さんは趣味で始めた漆器づくりが高じて、今ではウルシ掻きをやっているんだそう。
駅から送迎の車に乗り、道ばたに停めて丘を登ること5分、かぶれ対策に長ソデを着て来た僕らは汗だくだくになりながら、目的のウルシ畑に到着した。
「ウルシ掻き」の益子さん。華麗なカンナさばきで樹液を採る!
「ウルシ掻き」の益子さん。華麗なカンナさばきで樹液を採る!
黒く等間隔に太い傷跡がつけられた木が立ち並ぶさまは異様で、写真だけ見ると、何か凶々しい儀式が行われたようにさえ見える。
いちばん上が今日の傷跡。
いちばん上が今日の傷跡。
しかし、もちろんこれは益子さんが採取のために掻きとった傷跡だ。よく見ると整然とていねいに傷つけられている。
はじめまして! 僕、まったく見たこと無いんですが、ウルシってどうやって採るんですか。
ウルシはね、まずこのカンナで皮を削り取るんだ。すると浸み出してくっから、ヘラですくって桶にためてくんだよ。
ウルシ採取の3つ道具。カンナが特にかっこいい。
ウルシ採取の3つ道具。カンナが特にかっこいい。
実際の作業のようすの動画だ。(23秒)
浸み出したばかりの真っ白いウルシを、一滴もこぼさずすくい取る、なめらかで流麗な動きがすばらしい。
採取のピークとなる真夏の時期は、毎日、早朝から休みなく集め続けるのだという。
すごい! 桶を木にくくりつけて溜まるのを待つ、とかじゃないんですね!
日本のウルシはこのやり方だな。この方が質のいいウルシが取れんだァ。
でも正直、このやり方だと採れる効率はそれほど良くないんじゃないですか
そうだなァ、今日は曇天無風、最高のウルシ日和だけど、朝から採ってこれぐらいだな。
朝から取ってコップ一杯分ぐらい!
朝から取ってコップ一杯分ぐらい!
ウルシ採取の最盛期だと聞いていたので、もっとこう、どばどば出るのを想像していたのだが、本当に少ない。うっかり転んでこぼしたら仕事を辞めたくなるレベルだ。気が遠くなる。

木は、4日に1回のペースで新しい切り傷をつけられ、秋まで樹液を採取されたあと、冬には切り倒されてしまうんだそう。
切り倒されたウルシの木。10年かけて育てられ、半年で役目を終える。
切り倒されたウルシの木。10年かけて育てられ、半年で役目を終える。
ところで、僕思ったんですけど、このカンナの形、複雑さがすごいですよね。
電話で説明しろと言われても絶対不可能な形。製法の想像すらつかない。
電話で説明しろと言われても絶対不可能な形。製法の想像すらつかない。
ああこれな。もう作れる職人さんもほとんどいないんだ。
そうな貴重品なんですか!確かに作るの難しそうですが……。それともう一つ思ったんですが、3つ道具のうちの、このカマは何に使うんですか?
カマ。独特のカーブが遊牧民の武器みたいでかっこいい。
カマ。独特のカーブが遊牧民の武器みたいでかっこいい。
益子 ああ、これはいろいろ……、傷つける前に木の皮を整えたりすんのに使うんだよ。あと、マムシが出てきたときにはこれで退治するんだ。
マムシ! すごい世界ですね……
んでも、最近はイノシシが増えたからマムシは減ったんだ。イノシシがマムシを食ってくれっから。
(もうすご過ぎて、わけが分からない……)
浸み出したばかりの樹液は真っ白。空気に触れると、みるみる茶色く変色していく。
浸み出したばかりの樹液は真っ白。空気に触れると、みるみる茶色く変色していく。
カンナ職人の件で察せられるかもしれないが、ウルシ農家は全国的に人手不足なんだそうだ。
昔は茨城でも1万人以上もウルシ採取の職人がいたのだが、非常に少なくなっており、大子町でも5人しかいないらしい。
ところでこれ、僕も含めみんな思っていると思うんですが、ウルシ農家の人ってウルシにかぶれないんですか?
ハハハ、そりゃ、たまにはかぶれるよ。でもひどくかぶれる人はそもそもウルシ農家にならねェな。ウルシより命のほうが大事だろ。アハハハハ!
確かに。
その他にも季節による樹液の質の違いや、まっすぐの木にに育てる苦労、ウルシの花や実の使い道など、興味深すぎる話をたくさん聞けて書ききれないほどであった。
名ごり惜しいが益子さんには深くお礼を申し上げて、畑から移動し、次は漆器づくり体験に挑戦した。
なんとこの僕でも、漆器が作れてしまう!
なんとこの僕でも、漆器が作れてしまう!
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手術室で漆器づくり!?

今回、この「ウルシを知る旅」をアレンジして下さったのはNPO法人「麗潤館(れいじゅんかん)」さん。ウルシ文化の発展を目的に活動をされている団体だ。
(今週末、11月11日にイベント「うるしフェスタ」もあるようです)
大子町に本部があって、古い医院をリフォームした建物が事務所になっており、めちゃくちゃ趣深い。
朝ドラの撮影現場か!と思わせるほどのリアルな雰囲気。
朝ドラの撮影現場か!と思わせるほどのリアルな雰囲気。
手術室だった部屋が、今では工房に改装されており、今日は手術台の上で漆塗りを体験させてもらえるという、稀有な体験をすることになった。
工作室の入口に「手術室」と書いてある不思議
工作室の入口に「手術室」と書いてある不思議
今回体験させてもらったのは、「摺り漆(すりうるし)」と呼ばれる、シンプルな工法。
基本的には木材の表面をととのえ、ウルシを塗るだけだ。
チューブに詰まったウルシの樹液をにゅるっと皿に出し、
チューブに詰まったウルシの樹液をにゅるっと皿に出し、
薄め液(テレピン油)で薄めて……
薄め液(テレピン油)で薄めて……
木材に塗る。僕にも漆器が作れた!
木材に塗る。僕にも漆器が作れた!
漆器ってめちゃくちゃ面倒くさい工程が大量にあって、日本海側で冬にひきこもって作るもの、というイメージがあったので、このシンプルさに驚いた。
(日本海側のみなさん、すいません)

「これ、つまりニスですか」と言ったら、いや、ウルシはニスよりももっと丈夫なんだと教えてくれた。
耐久性がきわめて高く、縄文時代の遺跡から、木は腐っても漆塗りの部分だけが見つかることもあるのだという。
ていうか縄文時代からウルシ塗ってるのか、俺たち。
ていうか縄文時代からウルシ塗ってるのか、俺たち。
このようにシンプルに塗れるということは、つまり、縄文時代は単純にニスのようにとして塗っていたものが、だんだんと面白くなって凝り始め、金箔とか螺鈿とか乗せるようになって漆芸になった、ということだろうか。
そう思うとこれまではるか遠くに思えていた「漆器」の世界が急に身近に思えてくる。

「漆器=赤い器、黒い器」ではない

じゃあ、あの何万円もする赤い器や黒い器は何なんですか、と聞いてみたら、「あれは顔料を混ぜ込んで塗っているんですよ」と、混ぜている実物を見せてくれた。
これは「ベンガラ」と呼ばれる顔料。簡単に言えば、赤い石の粉。
これは「ベンガラ」と呼ばれる顔料。簡単に言えば、赤い石の粉。
僕はこれまで、ウルシってものが自然に赤くなったり黒くなったりするんだと、なんとなく思い込んでいたが全く違ったようだった。
いや、これまで聞いたことがあったのかもしれないが、こうして、一度ウルシ塗りを体験をしてから聞くと、全てが納得してするすると腹の中に知識がおさまっていく。
超限定で生産されているという漆芸用のハケ。なんと人の髪の毛でつくられているとのこと!
超限定で生産されているという漆芸用のハケ。なんと人の髪の毛でつくられているとのこと!
摺り漆は一日で完成しないので、のちほど麗潤館さんのほうで重ね塗りして送って下さるとのこと。

この体験のほかにも、実際の漆芸で使う専門道具の見学や、大子漆を使って作られた工芸品など、驚くほど豊かなウルシの話を丁寧に教えてくれた。
切り倒されたウルシの木で作った擦り漆のツボ。ウルシonウルシでかっこいい!
切り倒されたウルシの木で作った擦り漆のツボ。ウルシonウルシでかっこいい!

2017年、最高にうるわしい夏の思い出です

畑での樹液の採取見学から、漆器づくりまで、かつてない密度でウルシのことを体験して、すっかり詳しくなった。行く前はふわっとした知識しかなかった僕だが、いまでは地に足を着けて「ウルシが好きだ!」と言うことができる。

「ウルシは嫌われモンだからァ(笑)」と益子さんは言っていたが、みんなも「かぶれるんでしょ?」とか言わないで。まず体験したら、きっとウルシのことを好きになれると思う。
「ウルシとデートなう」でツイートしたら、驚くほど反響が無かった写真
「ウルシとデートなう」でツイートしたら、驚くほど反響が無かった写真

「うるしフェスタ」のお知らせ

本文中でも触れましたが、この記事公開の週末に、麗潤館さんも参加する「うるしフェスタ2017」が大子町で開かれるようです。
本当に楽しいので、予定の無いみなさんは紅葉と温泉とウルシ工芸を体感しに、ぜひ大子町まで行ってみてください。
http://reijunkan.com/info/1043.html

取材協力 NPO「麗潤館」
http://reijunkan.com/
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