そもそも流しって?
ギターなどの楽器を抱えて酒場をまわる。
お客さんのリクエストにこたえ、歌ったり、合わせて伴奏したりを生業としているのが、流しと呼ばれる人たちだ。
カラオケがない時代には、各地の酒場で50人~100人の流したちがネオン街を活気づけていた。
twitterでアンケートをとった。ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。
知らない人もいる絶滅危惧種。流し
上の図をごらんいただこう。もはや絶滅危惧種と言ってもいい流し。403人の方々にご協力いただき、76人の方が「知らない」という数字をたたき出した。これは完全にレッドリストではないか。こうしてはいられない。
こうしてはいられないわけだがではどうすればいいのか。
新橋は烏森(からすもり)かいわいに出没するという……
ハチ合わせ率はレアポケモンなみ
「酒場に通えばそのうち会うだろう」という安直な考えはやめていただきたい。なにしろ私は、祖母からのDNAを引きついだ筋金入りの下戸である。三代続いたノンアルコールの身で、ネオン街をほっつき歩くわけにはいかない。
円グラフを再度じっくり観察してほしい。76%もの人が、「会ったことはない」と言っているのである。
どういうことかというと、流しに遭遇するということは、スマホゲーム「ポケモンGO」のレアポケモン並みに困難をきわめるということだ。
これがウワサの酒場かぁ……
流しの醍醐味は、一期一会の楽しみ方にある
お酒がほどよくすすんでいるところへ、ふらりと暖簾をくぐった流しがやってくる。「では一曲」と奏でてもらうのが粋な楽しみ方であろうことは知っている。
しかし私は狡猾な手段にでた。流しとの偶然の出会い、そのウマ味をすっとばして場を設けていただくことにしたのだ。
ということでご協力いただく。新橋はひらの
ケンちゃんファンのマリ絵さん。メロメロである。背後に仕事に没頭している大将ひらのさんが見える。そしてケンちゃん
昭和の歌といえばデイリーライター高瀬さん。もちろんお呼びしたが笑いすぎ。そして今回ご尽力いただいた木戸さん
ギターの音色にホレ込みその場で弟子入り
須賀慶四郎さん、通称「流しのケンちゃん」。サラリーマンなら定年してのんびり盆栽でもいじっている年代だが、毎日ギターを片手に出勤(?)している。もちろんフレックスだ。
指が長くうつくしいのです
生まれは群馬県。16才のとき上京し、渋谷で耳にしたギターの音にホレこみその場で弟子にしてくれと願いでたという。
二晩で勤め人の1ヶ月分を稼いだ
昭和42年に流しをはじめ、新宿、渋谷と流れて新橋に落ちついた。流しの全盛期だ。私がオギャアと初めて声を発したその翌年に、ケンちゃんは「二晩にサラリーマンの1ヶ月分を稼いでいた(当時)」ことになる。
流しは芸を売る商売。リクエストすれば祝儀(チップ)は不可欠だろう。ただ、素人には相場がわかりにくいのも事実だ。
芸人は自分で値段はつけないとのことで、旧知のごひいきさんなどによると
「最低でも3曲2,000円から(出張料金などは別)」
「祝儀は天井知らず」
とのことだった。
ケンちゃん専用の歌本がひらのにはある
名前の聞きまちがいがケンちゃんの由来
「駆けだしのときにさ、お客さんに名前を訊かれたから『須賀慶四郎(ケイシロウ)です』って言ったら『おう、ケンちゃんか』と言われて、ま、いっかーって。それからずっとケンちゃん」
そう言って笑うケンちゃんの顔は71才にして少年のようだ。芸人といえども客商売。やはりファーストインプレッションは肝心なポイントだろう。
彼の笑顔は、赤ん坊こと私たちの年代にも、「ケンちゃん」と呼ばれ親しまれるパワーがある。
見てっ! この笑顔!
レパートリーは、ほぼ10,000曲
「譜面なんか見ないよ。耳で聞いて覚えるから」
そうしてレパートリーはほぼ10,000曲にもおよぶ。
やはり昭和の歌謡曲がメインだが、あまりよく知らないという曲でも少し歌うと合わせて伴奏をしてくれることもある。とにかく勘がいい。
カラオケではキーを合わせたりテンポをあげたりと忙しい私だが、ケンちゃんのギターだと好き放題に歌えるのだ。
歌声を聞きながら、そして表情を見ながら、一番気持ちよく歌えるように弦を弾く。これはAIにはできないワザと言えよう。
歌い手をよく見て、テンポに合わせてくれる
歌本やスマホで検索。歌詞もバッチリあるので安心
高瀬さんは、遅刻した私を、いてもたってもいられず駅まで迎えにくるほどの意気込みであった。
今回ひらの常連のケンちゃんごひいきさんにご尽力いただき、同席までしてもらった。ケンちゃんがつないでくれた、世代を超えるコミュニケーションだ。
すごく大声を張り上げたので迷惑だったかもしれない……
180万のギターを一夜にして失くしたことも
商売道具のギターはだいたい1年ほどで替えるとのことで、今まで所有していたギターはおよそ60本。
ケースに入れることはなくハダカで持ち歩くために置き引きされたこともなんどかある。それでもやめないゴーカイさである。
タニマチ(後援してくれる人)からもらった180万円のギターを2日で盗まれたことはさすがに心残りのようで「あれはまいったな~」と話していた。
帰りの電車で酔って寝てしまい、気付いたら横においていた180万がなくなっていたそうだ。いやギターが。にしても札束をおいて寝てしまうようなものだと思う。
ギターの写真。なるほどピカピカだ。これで席はなれたり寝たらダメでしょ!
靴の写真。こちらもピカピカ。磨かれた靴に気合を感じる
「烏森流し唄」でCDデビューも
流しをしている中で出会ったレコード会社「フリーボード」からCDも発売された。作曲はケンちゃんだ。
生で歌ってもらうと、演歌ってこんなにいいのか? ってくらいにズシッとくる。口(ノド?)の中にスピーカーがあるのではと思わせるほどに、含んだ響きがあるのだ。話す声とはまるでちがう音色で、私のように叫んだりもしない。耳に心地いいとは、こういうことだと思う。
「烏森流し唄」で検索すると動画も出てくる
聞き入ったあとの拍手は、カラオケとはちょっとちがう。叩く手にも気持ちが入る
ギターの数だけマドンナがいる?
ケンちゃんは自らを「ふうてんの寅さん」と言った。そこですかさず「マドンナは?」と訊くと、「ギターの数だけかな! みんな逃げられちゃったけどな。アッハッハ」と笑った。
若かりし日のケンちゃん。これはモテますよ……
「大変だったことはありますか?」の質問をなんどかしたものの、ケンちゃんにはサラりとかわされてしまった。
酔っ払い相手の商売を長くやっていると、つらいことや悔しいこと、また理不尽なことがいっぺんにやってくるような夜もあっただろう。だが、ケンちゃんはそんなことを微塵も感じさせない天性の明るさがある。
別の日、近所の『歌える小料理屋』に招待された。「この子たちは俺の追っかけだよ」と店のママに紹介される。たしかに。はい。
ほかの道はない。これしかできないから。
釣りや将棋が趣味だというケンちゃんに、「もし流しをやっていなかったらどんな職業につきたかった?」と訊いてみた。
「他の道はないね。だって俺はこれしかできねえんだから」
その言葉は卑下でも自信でもない。けれども逆に、「これならできる」という力強さも隠れている。自分の道を見つけられて、それ1本を生きる糧にしている人の、ゆるぎない矜持だ。
宴も終わり、片付けに入るひらのさんとひとり酒のケンちゃん。静かな時間だ
これしかできない。
なんて謙虚で、力に満ちた言葉だろう。
ナンバーワンよりオンリーワン。SMAPが解散した今こそ言うべきではないのか。
世界にひとつだけの花。
新橋にひとりだけの流し。
いい具合にまとめてしまったが、オンリーワンは和製英語だそうだ。マジか。今知った。
流しほど、後姿がかっこいい職業はないかもしれない
次の約束はないけれど、また、いつか。
代替わりしていたひらの
取材協力してくれた「ひらの」は、私が遅々としているあいだに、元大将のひらのさんから我々の友人瀬川さんにバトンタッチ、代替わりをしていた。
遅筆のおかげで、新橋の歴史的瞬間に立ちあえた……。と、なんでもポジティブにとらえてしまうこの思考をおそらくどうにかしたほうがいいな。はい。
酒と肴 ひらの
港区新橋3丁目13-7
TEL:03-3435-8630
平日 17:00~0:00
土曜 15:00~20:00(不定休)
アナタのためだけに弾き語りしてくれるかも! うれしそうすぎるマリ絵さん……。
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ケンちゃん直通
TEL:080-8839-1050