美術館でキャンディ・キャンディになれる!
キャンディ・キャンディになれる場所とは。コスプレ? コミケ? メッカの秋葉原? ちがうちがう。それはほかでもない、作画をなさった先生の「いがらしゆみこ美術館」だ。
名作の原画やグッズを展示する館内の1部で、レンタルドレスを着用し「お姫さま体験」ができるというのである。マジかー。
マジだ。それはここにある。アカチャンホンポもあるからなにかと安心だろう
岡山にあるユートピア
昭和世代の(元)女子の夢とロマンをギュウギュウに詰めこんだ施設だなんて、これ以上ないユートピア……。岡山県・倉敷にある。
岡山といえば桃太郎ではないか。先生ゆかりの地ではないらしいが、私はもう鬼退治をするようないきおいで現地に飛んだ。あの過去を払拭する旅だ。
ユートピアらしからぬ色合いだが、駅名マニアにとってはきっとユートピアだろう。近いし。(そんなマニアがあるのか知らないが)
鬼退治に向かっていた私だが、せっかくなので倉敷美観地区を歩いてみた。折しも季節は春。出会い(キャンディ)と別れ(イライザ)、再出発にふさわしいサクラの季節だ。
メインストリートで川舟流し。翌日はあでやかな新郎新婦が乗っていた
私が花を咲かせましょう的に。事前からそうとうはしゃいでいる様子が写真から見てとれるが、これはデイリーライター小堺さんがどこかにあげていたので対抗しただけである
これぞ美観地区といった、風情ある町並みが続く。この先にめざすユートピアがあるはずなのだが……。
夜道も味わい深い町並み。住居も旅館もある
お? これは……。
突如現れる赤白のおめでたい建物
美観地区のややはずれにある「いがらしゆみこ美術館」だが、赤と白の建物は突出して目立ち、楳図かずお先生の赤白ボーダー柄のご自宅「まことちゃんハウス」を彷彿とさせた。
右手にめでたそうな建物が!
ヒットメーカーというのはやはりおめでたいカラーを好まれるのだろうか。入館せずともご利益がありそうで思わず手を合わせたくなるが、もちろんそんな野暮なことはしない。
なぜか。それはキャンディだから。自分で自分の道を切りひらくのがヒロインの役目だから。
ここで私の道を切りひらいていく覚悟を決めるのである
心理上のキャンディ。その予習
いがらしゆみこ美術館は、原作者との著作権関連で「キャンディ・キャンディ」という明記は一切ない。なので事実上はキャンディは存在しないし私もきっとキャンディにはなれない。
事実上でなければ何の上なのかというと「心理上」である。
以下、「心理上のキャンディ」とするところを略してキャンディと表記する。頭に叩き込んでいただきたい。
入館前から女子心をくすぐるイラストが……
入念に事前チェック
岡山まで飛んできたのだ。キャンディになれなかったら一生イライザとして周囲にヤツアタリをしながら生きてゆくしかない。いやだ。それはなんとしても避けたい。
いつになく入念に事前チェックをした。ドレス・ウィッグレンタルで1,000円。プラスして要予約のカメラマン撮影・写真プリント1枚で計3,000円だ。メイクは基本セルフということだった。入館料込みでこの価格。
こんなにお手頃にキャンディになれていいのだろうか? 何度も何度も確認した。いいらしい。
入口に顔ハメパネル。これは……まぎれもなくキャンディ。本物のキャンディになる前に、ちょうどいい予行練習になるのではないだろうか?
なんだかイケそうな気もしてきた。ものすごいガニ股だったことは、PCで開くまでまったく気付かなかった。
マンガの中に潜入したような美術館
いよいよ入館である。
受付で会計を済ませると、「準備しますね。少しお待ちください」とのこと。左手には自由に出入りできる撮影スポットがある。そこで待機することにしよう。
淡いレインボーカラー。女子の夢をまるごと表現したようなドレス
入館すれば自由に出入りできる撮影スポット。マンガの中に潜入したような錯覚に
あらかじめメイクはしてきたが、キャンディのトレードマーク「そばかす」だけは現場でキメようと茶系のアイブロウを持参していた。
あれ……うまく描けない。それどころか、ただのシミになってしまうではないか! ヤバー! これは盲点だった。トレードマークがまさかの老人性色素斑!
肌を引っぱりつつ、とにかく必死でした……
シミパニックで完膚なきまで現実を直視、心が折れそうになるがここで立ち上がるのがキャンディ・キャンディ。
「そばかす なんて 気にしないわ……」という歌詞からはじまる主題歌が脳内に流れて私をはげます。そうだよ、老人性色素斑なんて気にしないんだよ。ハナペチャだってお気に入りだし、オテンバいたずら大好きなんだよ。わたしはキャンディなんだよ。
歌の力は偉大だと思う。
ふわふわキラキラひらひらワールド
100着以上あるという衣装部屋に案内される。
す、すごいな……。
ふわっふわ、ひらっひらのドレスはまばゆく、そして重い。
「オトコオンナーーッ!」(男みたいな女)と男子にからかわれて育ってきた私にはまったく縁のなかった世界が今、目の前にある。あるぞーーー!
しかもキャンディの王子さまが見守っている中で……
潜在的なお姫さま願望が炸裂
キャンディになることで、「私はイライザなんかじゃない」ことを証明するという発想は、考えてみればむちゃくちゃなロジックだ。
あまたのキラキラドレスを前にしてやっとわかった。私はただ、ふわひら女子の象徴だったキャンディ・キャンディになりたかったんじゃないのか?
ピンクの服ももってない、スカートも履かない、髪はショートカット。
男の子を授かりたかった母の願望をみごとに具現化した小学生だった私に、とうとうやってきたのだ。遅れてきた反抗期が。
もうイライザとかどうでもよくなってきたぞ……。
気付けばヒラヒラレベルが激高なものばかり選んでいた(サイズが合わずに断念)
デザインもサイズも様々。「とにかく私はキャンディ・キャンディになりたいんですっ!」という深層心理に気付き、覚醒してしまった私は1枚を選ぶのに意外な時間をかけてしまった。
「キャンディっぽいものキャンディっぽいもの……」
念仏のように唱えながら、血眼になってドレスをチョイスしていた。
更衣室での写真がすべてニヤけていた
先生の壁画制作中というお宝がここに!
ありすぎて迷うウィッグと小物選び
いつの時代も、作りあげられたヒロインというものは苦労をしてしあわせをつかんできた。白雪姫は継母に殺されかけ、シンデレラは血のつながりのない姉たちに苦しめられる。
そして私は今、よりキャンディに近づくための小物選びに苦戦しているのだった。
「これキャンディっぽいかな? これかな。これはちがうよね」
数が多いだけに、どれもこれも付けてみたい、持ってみたいという気分になってしまう。
あこがれのティアラ
ウィッグも選び放題
ステッキや手袋も充実
有料オプションで「顔!」
玩具大型量販店のトイザらスなどに小さい息子を連れていくと、あまりにもコーフンしすぎてわけがわからなくなり「ぜんぶーーーー!」と叫んでいたのを思い出す。わかる。わかるよ。今まさに、母もおなじ気持ちだよ。冷静な判断力がつかなくなっているな?
ドでかいリボンを乗せて一旦思考停止。
キング・オブ・変身アイテムはウィッグ
フリフリの日傘、花束、真っ白な手袋、そして麦わら帽子に決めた。
ドレスとこれらの小物だけでも気分はあがっていたが、ウィッグはその比ではなかった。
2番候補のウィッグは中世ヨーロッパの魔女みたいになってしまった。気のせいか血の気もない
カツラ(というかヘアスタイルだろうか)の底力は驚異的だ。私の実家は床屋を営んでいるが、今まで少しナメてかかっていたことを誰かれかまわず謝罪したい。
この変身力はすさまじい。トランスフォーマーだ。身も心も変えてしまうツールそれがウィッグ。向かうところ敵なしだと思う。
敵なしの笑顔
容姿がかわると別人になる
オープンの場なので入園者から丸見えだったが、容姿の変化は人を狂わせてしまうもの……。明らかに「恥」という概念を忘却してエキサイトしていた。
キャンディやお姫さまになったとはさすがに思わないけれど、自分ではない何者か。別人化した人間は恐れを知らぬ。
月光仮面然り仮面ライダー然りで、世のヒーローたちは変身を遂げたあとやたらと強くなる。このはしゃいでいる中年のことも、筆者とは無関係の別人として見守っていただけるとありがたい。
狂!!! こんなのが何十枚も……
撮影風景の前に館内ご案内
ちょ、ちょっと落ちつこう。(……というか私が)
順番は前後するが、カメラマンご登場の前にこちらがコスプレ会場ではなくれっきとしたミュージアムである証明もしておきたい。館内の1部をご案内する。
1階はこちらの撮影スペースとカフェ、そしてミュージアムショップがある。通常のグッズのほかに、色紙、レトルトカレーなどの食品・お酒などが豊富。
プリンセスピンクカレー。ネーミングに偽りなしで、実際にピンク色のカレーである
願いが叶うという花色紙「愛・幸福・元気・才能」などがある。売り切れの場合は釘に気をつけなければならない
あとで気付いたのだが、日本唯一ミュージアム限定のプリクラもあった。自分の変貌にすっかり満足していたのでこちらにはまったく心が向かなかった
2階はいがらし先生の名作ライブラリー、原画、マンガ、過去の少女雑誌の付録、またあらゆる種類のなつかしグッズコレクションとなっている。
掲載誌「なかよし」のふろくはもちろん、先生の生みだした様々なキャラクターの商品が販売されていた。現代でいうところのセーラーム-ンやプリキュアか
原画も貴重だが、当時のネームもお宝物だ。売れっ子だった先生がネームまでていねいに描かれていることに驚く
キャンディ・キャンディの1年前に連載スタートした「敦子のあしたは」。当時小学3年生だった私も夢中になった作品のひとつ
いがらしゆみこ美術館は、日本のアニメを活用した観光誘致モデルコース(国土交通省から)にもなっている。人脈ももちろんだが、そのためか有名漫画家先生たちの直筆サインも多い。
有名漫画家サイン色紙展としてワンコーナーがある
どんぴしゃ世代をじまんします
キャンディ・キャンディが、月刊少女マンガ「なかよし」誌上でスタートしたとき私は小学4年生だった。完結したのがちょうど中学2年。このあたりから大抵の女子は少しお姉さん雑誌「りぼん」や「花とゆめ」に移行するのである。
つまり、私はキャンディ・キャンディどんぴしゃ世代。ともに成長したといってよい。
「私、もしかしたら孤児かも……」「本当はどこかのお姫さまかもしれない……」などと妄想したのは1度や2度ではない。だいたい母に叱られるたびにそう思ったのでほぼ毎日だ。
倉敷物語特別展示室にて
監視カメラに見守られながら、老眼にやさしい大判のマンガも読み放題
プロカメラマンに撮影してもらう
はい、多少落ちつきました。読者のみなさまも安堵されたことと思いますが、ここからが本番と言えます。
諸々準備が整ったところで、スタッフの方がカメラマンを呼んでくださった。脚立にのぼり、少しうえから撮影するというスタイル。
「お、いいよ~いい表情だねえーー。はいっ笑って~もっとニッコリ! そう! いいね、はい、アゴ下げてみて~」
という指示は一切ない。ただ淡々とシャッターを押し、私がアレコレと自在にポーズおよび表情を作っていくのだが有頂天になっていたので、困ることは皆無だった。
シワ、たるみも目立たないライティング
1番悩んだのは……
50枚前後撮っただろうか、データは即マシンから見ることができ、その場で気に入った1枚を選ぶ。キャンディのままで、もっともキャンディな己を選ぶというエレガントな時間。
……のようだが、実はこれが1番悩んだのだ。
なにしろたった1枚である。
うーん……。ぜんぶ欲しいがためにモニタの画像をスマホで撮る暴挙にでたが、バチが当たりほとんどモアレがでていた
王子さまに見つめられて渾身のワンショット
キャンディ・キャンディには有名なワンシーンがある。
イジメに耐えかね、バラ園で泣いているキャンディのもとに突然あらわれた丘の上の王子さま。
「おチビちゃん、笑った顔の方がかわいいよ」
このセリフは世界中の少女たちをメロメロにさせ、(いつかきっとわたしのもとにも……)と、大きなかんちがいをさせるというやや罪作りなものだった。
これぞ! という1枚を選び、キャンディになった私はすぐにプリントされた。そして王子さまと、あれ? もう1人のキャンディに微笑まれて台紙になって手渡された。
ヤバー! 見つめられてる……!
中高年の三大エネミー「シワ・たるみ・シミ」がすべてなかったことになる見事なライティング。
これはもしかして、加齢による肌トラブルを抱える私たち昭和世代に向けた、「永遠にキャンディであれ」といういがらし先生からのメッセージなのかもしれない。
恋の女神がいる屋上へ
テラス(屋上)には、恋の女神アフロディーテがある。そこで背後の山にある縁結びの神さま“阿智神社”をバックに写真を写すと恋が成就するという。
ふ~ん……。
と、キョーミのないフリをしつつ、なにげに撮影をキめた。クツ下がずれているくらい女神は許してくださるだろう
さすが、一時代に旋風を巻き起こした少女マンガ作家。隅々まで(元)女子のココロをくすぐる仕掛けがあった。
夢よ、いつまでも。と教えてくれるミュージアム
かつての少女たちは大人になる。誰でもなる。その過程で、王子さまなんかどこにもいない「現実」を身をもって知ってゆく。
しかし、その現実から少し離れてふたたび「大きなかんちがい」をさせてくれるのがこのいがらしゆみこ美術館だ。
夢はいつまでも見てもいい。いいじゃないですか、かんちがい。マジで王子さまが現れるかもしれない。可能性はゼロじゃない。白馬に乗って。あるいは白いリムジンで。または白いパトカーで、アナタを迎えにくる日がくるかもしれません。
ドレスを脱いだあとはややフヌケのようになっていましたが……。
忘れてました。この一連の流れは、母への大いなる反抗であったことを。さっそく写真をLINEで送信。
「キャンディ・キャンディになりました」
既読になるものの返事が一向にこない。反抗期の娘をムシするとは、育児放棄も甚だしい。
「感想ないっすか?」
そして夜になって、通知がきていたことに気付いた。
「またバカじゃないの」
夢から覚めた瞬間でした。
かつての自分に再会できる場所
なつかしいだけじゃない、少女だったかつての自分を復活させてくれるイタコのような経験。いがらしゆみこ美術館でのお姫さま体験はその神髄だろう。
カップルはもちろん、男性のみでお姫さまに変身する方もいらっしゃるそうだ。たしかにふつうのドレスレンタル料よりもグッとお得だ。
もちろん中高年にも大人気。中には終活(遺影撮影)として利用する人も少なくないらしい。わかるわー。気持ちわかるわー。
アシスタントたちから恐れられていたという先生の愛鳥「怪鳥ヒヨヨ」
いがらしゆみこ美術館
岡山県倉敷市本町9-30
10:00~17:00
入館料 大人600円(前売り500円)