虫とともに歩む
不動産広告やお店のアクセス案内の表示では、「道路距離で80m=徒歩1分」と決まっている。つまり400m先の場所は徒歩5分である。人間が歩けば。
もちろん不動産広告は人間のためにあるので、人間の尺度で書いてあるのが悪いことだとは思わない。でも、たまには他の生き物に思いをはせてみるのもいいじゃないか。
ここからスタートな。虫なりに言い聞かせる
壁で囲って進行方向をコントロールする作戦だ
いけ!
…
さっそくですがすすみません
繰り返しになるが、徒歩5分の距離をダンゴムシが「歩いたら」何分か、という企画である。ダンゴムシが歩くことが前提なわけだが、彼は全くこちらの意図をくみ取るそぶりを見せない。15分かけて、進んだのは20cmくらい。大丈夫か?
ご安心ください。ダンゴムシの習性については研究済み。これを見よ。
カイロ
夏になーれ
実はダンゴムシ、冬のあいだは冬眠する習性があるのだ。この日東京の平均気温は3.6度。この冬一番の寒さに、ダンゴムシの動きが鈍くなるのも無理はない。そこでカイロで少しでも暖かくして、ダンゴムシの動きを活性化させるのだ。
カイロを敷くと丸まってしまったダンゴムシ
早くも飽きてDSをやり始める大北くん
徐々に丸まりが解けてうごきだす
作戦成功。ほんのり暖かいカイロに、ダンゴムシはすっかり夏気分になったようすだ。「早くパルコに夏服買いに行かなきゃ。」徒歩5分の目的地に向け、ダンゴムシは重い腰をあげた。
また、カイロに乗せるためにダンゴムシを動かしているうちに、もう一つの習性を発見した。おしりをちょっと押してやると、テケテケと歩き始めるのだ。立ち止まったらおしりを押せ。
この2つの習性を利用することで、一気にペースが上がった。よし、いざ、パルコへ。
1時間目:とにかく寒い
駅前の交差点は人も車も多く危険なので、少し遠回りになるが地下道を通ることにした。まずは地下道の入り口に向う。
最初よりは早くなったが、やっぱりダンゴムシは遅い。スタートしたばかりだが、この実験の無謀さに早くも二人とも感づきはじめた。あまりに遅いので、やめてアリに変えるべきかどうか真剣に大北くんと相談。すでに二人とも早く帰りたくなっている。なにせこの冬一番の寒さなのだ。
寒さにやられてトイレも近くなる。ダンゴムシのコントロールを大北くんに任せてトイレに行くと、かじかんだ手にジェットタオルの温風が染みた。自分の人生の中でジェットタオルに救われる日が来るとは思ってもみなかった。
戻ってみると、大北くんが「度胸試し」という遊びを考案していてヒヤリとする。度胸とかそういう問題なのか!?
大北くんが発明した遊び「度胸試し」
2時間目:絆
1時間半くらい経過したところで、ペースが落ちてきたので選手交代。続いて登場するのは、3匹の中でいちばん活発な2号だ。控え室の中で体力をもてあましていたのか、外に出したとたんにぐんぐん進む。頼もしい限りだ。
選手交代。2号行け!(地味な写真ばかりでごめんなさい)
ちょっと目を離した隙にダンゴムシがいなくなった。消えた!?と思ったら、実はカイロの裏にいた。その後もちょっと目を離すと、すぐカイロの裏に行ってしまう。やはりこの生き物は暗い場所を好むようだ。
こんなふうに性格がわかってくるにつれて、だんだんダンゴムシにも人間味のようなものを感じて、愛着が湧いてくる。
いっぽう大北くんはといえば、手持ちぶさたになってまたDSを始めた。「ちっちゃくなった!」とか「クッパきた!」とかなにやら盛り上がっていたのだが、そのうち、「おなか減ったから牛丼食べてくる」といって出て行った。
すぐ裏に回るダンゴムシ
路上詩人か
やっぱり進んでない
実験開始から2時間が過ぎた。しかし、現在地はいぜんとして渋谷駅前。進んだ距離は4m90cm。パルコどころか地下道の入り口にさえたどり着けない。400mまではまだ100分の1だ。二人とも完全に、やろうとしていることの無謀さに気づいた。
ただ、この頃には、僕はダンゴムシとの一体感を感じつつあった。歩き続けるダンゴムシと、その進路を誘導し、カイロも少しずつ動かしていく僕。一緒に一歩一歩いっしょに歩んでいるうちに、最初は少し気色悪かったこの虫に対して、愛情が芽生えつつあるのを感じた。そのとき。
だんだんかわいく見えてきた
一方、大北くんは牛丼中
不意に「ちょっといいですか」と聞こえて、顔を上げると警察官がいた。
警察官:なにしてるんですか?
石川:虫を這わせてるんですけど
警察官:なんで?
石川:徒歩5分はダンゴムシで何分か調べてるんです
ええと、この説明でよかったんだろうか。と思ったそのとき、一人の女性が近づいてきた。
外国人女性:イエーイ!
警察官:ここでやらなきゃダメなの?
外国人女性:オメデトウゴザイマース!
石川:え、ええ。駅から何分か調べたいので
外国人女性:オメデトー!
警察官:あ…そう。通行人の邪魔しないでね。
やたらテンションの高い外国人女性が割り込んできたのだけれども、わけのわからなさにおもわず僕も警官も無視してしまった。このときなんとなく警官と僕のあいだに連帯感が生まれたような気がして、このとっぴなシチュエーションがおかしくてたまらなかった。
あまりのできごとに会話はすぐに切り上げられ、僕の不審行動もうやむやのまま、お咎めなしに終わった。助かった。
そうしている間も歩き続けるダンゴムシ
そうしている間にひとつぶ残らず平らげた大北くん
3時間目:中だるみ
牛丼を食べ終えた大北くんが帰ってきて、さっきの出来事を説明した。「俺が交番の前から写真撮ってたから質問にきたのかもしれない」と告白される。かなり聞き捨てならない話だ。
この頃になると、ダンゴムシのコントロールにも慣れて少し退屈になり、前日に考えておいた今日のコースについて思い返していた。
(0.駅前交差点は危険なので、避けて地下道へまわること)。
1.地下道の階段はダンゴムシの壁登り術で見事にクリア。
2. センター街は踏まれないように道の端を通る。
3.井の頭通りを横断。丸まって転がって青信号のうちに高速移動。
4.スペイン坂。坂道でうっかり丸まってしまい、転がり戻されてしまうというハプニングもあり。
5.最後の力を振り絞ってスペイン坂の階段を登る。
6.パルコに到着!
6ステップあるわけだが、現状はと言えば3時間以上たった時点で、まだステップ0。もう誰もパルコに着けるなんて全く思ってない。
4時間目:惰性
近くでテレビの撮影が始まる。女子高生を呼び止めて、「そんなに短いスカートで寒くないのか」という内容でインタビューしている。このダンゴムシ実験も「調査」なら、あれも「調査」。同じくくりか、と思うと心境は複雑だ。
それも調査なのか
ダンゴムシ2号の歩くペースが遅くなってきたので、2回目の選手交代。3号の登場。しかし3号の動きがあまりに鈍いので15分でまた交代した。1号再登場。
一方、大北くんはもういたって自然な感じでマンガを読んでいて、時々思い出したように屈伸をしたり飛び跳ねたりして寒さをしのいでいる。そう、寒いのだ。ずっと外でじっとしているので、体が芯まで冷え切っている。途中でカイロを買いに行って、その暖かさについて二人で語り合った。「あったかくてスゲー!」原始人だ。
すごく見られている
夕方になって人通りが増えてきて、通行人にすごく見られる。女子高生が通りすがりに「ダンゴムシでしょ?」「ダンゴムシだよ」としゃべっているのが聞こえた。さんざん人に見られているので別にいまさら恥ずかしくはない。むしろ、おっ、よくわかったね、くらいに思っている。通りすがりで見分けるのはなかなか目がいいと思う。
大北くんはマンガ中
だいぶ日も傾いてきた
依然、駅前からお送りしております
だいぶ日も暮れて暗くなってきた。3時間半がすぎて、現在の距離は…11m65cm。まだ40分の1。ダメだ、パルコはあきらめよう。そう思ったそのとき、大北くんがなにかを発見した。
あ、あれは
GAPだ。すぐそこにGAP(の袋)があったのだ。パルコは無理でも、あそこまでなら行ける。徒歩5分?そんなことはもうどうでもいい。今日一日いっしょに歩いてきたダンゴムシ。彼らの夢を叶えてあげたかった。さあ走れ、ダンゴムシ。GAP目指して。いつのまにか大北くんも僕も、一緒になって、「いけ!いけ!」と応援していた。
GAPに向かって、すすめ
と雰囲気で言ってはみたものの、やっぱりその放置されていたギャップの袋も何メートルか先で、ダンゴムシにとっては遠いのだ。いっぽう僕らのほうはいいかげん寒いし真っ暗だしで帰りたい一心だったので、実験開始から4時間を機に撤収することにした。最終的に進んだ距離は13m75cm。
立ち上がって後ろを振り返ってみると、すぐ後ろにハチ公改札が見えた。あの改札から、ここまで来るのに4時間。驚くべきスケールの小ささだった。
今日進んだ距離
結局のところ徒歩5分はダンゴムシ何分か
結局パルコにはたどり着けなかったので、計算で求めてみる。
4時間で1375cm進んだので、
1375cm÷4時間=343.75cm
ダンゴムシは時速343.75cm。
徒歩5分は400mなので、
40000cm÷343.75cm=116.36時間(≒6981分)
というわけで、徒歩5分はダンゴムシ6981分でした。
実験を終えて感じたことは、人間はけっこうでかいので便利、ということだ。なんたってパルコまで5分でいける。「徒歩5分」の4文字に潜む幸せを、かみ締めた1日だった。