うしろ歩き。
小さいころ、誰しも1度や2度は実践したことがあるだろう。私もご多分にもれず経験者だ。そして成人してもなお行っている。
デパートの化粧品売り場対策に
女性は二十歳をすぎたころから化粧品売り場のBAさんことビューティーアドバイザーにやたらめったら声をかけられる。彼女たちはとてもよく訓練されていて、素人はまんまとその術中にハマってしまう。気付いたら高額コスメ購入、ということが多々あるのだ。
何事もなくその場を通りすぎるのは至難の業で、恐怖さえ感じることがあった。そこで、ウラ技としてのうしろ歩きである。
ほら、ブレスト中だって参加していても空気のように扱われる。私は空気だ。
空気だっていっしょに笑う。
うしろ向きになると、透明人間になれる
うしろ向きになると、不思議なことに透明人間になれるようなのだ。うしろ歩きも同じ。化粧品売り場のBAさんたちからは誰1人として声をかけられなくなる。見て見ぬふり。これはありがたい。
たとえばエレベーターの中。
「あれ? だれかいる……?」(べつやくさん心の声)
「いないか」
うしろ歩き名人に遭遇する
こうして化粧品売り場を通過するたびにうしろ歩きを披露・修練してきた私だが、ある日事件が起きた。うしろ歩きも完全マスターしたと思っていた矢先のこと、見知らぬ男性にまんまとだまされたのである。
あれは、見渡すかぎり田んぼの道を車で走っているときだった。こちらに向かって歩いている人が遠くに見える。「あれ……」おかしい。走っても走ってもなかなか距離が縮まらないのである。ごらんいただきたい。
車のスピードをあげて近づき、男性と通りすぎた瞬間、「わーやられたーーー!」と思った。
そう、彼は目を見張るような美しいうしろ歩きをしていたのだ。田んぼのまんなかで。たった1人で。
そりゃ距離もなかなか縮まらないわけですよ。上記の動画はそれを再現したもの。ふつうに歩いているように見える私は、実はうしろ歩きをしている。よって近づくカメラマンとの距離は縮まらないのである。
美しいうしろ歩きとは
ここで私は奮起した。BAの方々を黙らせただけで満足していてはダメだ。人をだませてこそ、美しいうしろ歩きは完成を迎えるのである。と、修練をかさねて習得したうしろ歩きが先ほどの動画だ。
(後退しているように見えた方はここまで12回出てきた「うしろ歩き」という言葉に惑わされています。今一度頭をまっさらにしてごらんください)
◎良い例 足はまっすぐに。
×悪い例 モデル歩きのマネをしようとするとバランスを崩す。
×悪い例 腕を前に大きく振りがちだが、不自然なうえにバカみたいなのでやめたほうがよい。
田んぼや広い道路、あるいは両壁が同じところなど景色に変化がない場所がベストだ。店や看板が多いと、後退していることを見抜かれてしまう。
人を騙す美しいうしろ歩きのためのチップス
・腕の振りは小さく
・足はまっすぐに
・両方の景色が同じ場所を選ぼう
・真顔で
いいことだらけのうしろ歩き
乗り物酔い、めまい、立ちくらみの改善には、三半規管を鍛えるとよいとされている。そのために、うしろ歩きはかなりの効果が期待できるのだ。今流行の体幹トレーニングにもいいだろう。(と、テレビでやっていた)
うしろ向きでいこう
BA対策に、三半規管に、ひまつぶしに最強のうしろ歩き。「何事も前向きに」なんてよくいうが、はたしてそうだろうか。そればかりではつまらないではないか。
私のプライドを玉砕したあのうしろ歩き名人。彼ほどの境地に達したかはわからないが、今後もうしろ向きでいきたいし、いく。がんばる。
「私はうしろ歩きが得意」と豪語してきたが、数名にやってもらったところ、ぎこちないながらも意外にも多くの人ができたのである。あららー。
「『得意』じゃなくて、他の人はふだんそんなことやらないだけなのでは?」と言われてハッとした。それだ。それでも国民の多くがやらないのだから、やっぱり得意だと言い張っていくつもり。