特集 2017年7月5日

学者が本気でスナックを研究してわかった10のこと

絶賛研究中
絶賛研究中
大学の先生たちが集まって「スナック」について本気で研究している会がある。お菓子ではない。お酒の方だ。

代表は首都大学東京・法学系教授の谷口功一氏。著書に『ショッピングモールの法哲学』(白水社)などがある。

スナックといえば近所のおっちゃんがカラオケを歌いながらわいわい騒ぐ場所というイメージだが、アカデミックなアプローチから新しい側面も見えてくるのだろうか。谷口氏に話を聞いた。もちろん、スナックで。
ライター。たき火。俳句。酒。『酔って記憶をなくします』『ますます酔って記憶をなくします』発売中。デイリー道場担当です。押忍!(動画インタビュー)

前の記事:「こけ女」と巡るこけしインスタツアー

> 個人サイト 道場主ブログ

1.東京オリンピックの浄化運動から生まれた

取材場所に指定されたのは彼が行きつけだという都内のスナック。
こっちこっち
こっちこっち
カウンターには「スナック研究会発祥の地」と記されたプレート。同会はサントリー文化財団の研究助成を得て2015年10月に発足した。
プレート越しに望むI・W・ハーパー
プレート越しに望むI・W・ハーパー
「スナックって日本全国津々浦々にあるのに、これをちゃんと研究した事例やデータがほとんどない。それが研究会を発足させたきっかけです」

ちなみにその起源は意外にも新しく、前身は「スタンドバー」と呼ばれたお酒だけを出す業態。しかし、1964年の東京オリンピック開催に伴う風俗への締め付けが厳しくなったため、「スナック(軽食)」も出す店として「スナックバー」が生まれたのだそうだ。

2.日本国内に約10万軒、コンビニより多い

まずは乾杯
まずは乾杯
谷口氏によれば、スナックの軒数は約10万軒。居酒屋が約8万軒、コンビニが約6万軒。いかに多いかがわかる。

「また、都道府県別の単純な総軒数では東京、北海道、福岡の順ですが、人口比で見ると宮崎県が1位。東京は一気に44位まで後退します」

3.キーワードは「夜の公共圏」と「社会的包摂」

「スナックは基本的に地元に根付いた様々な職業、自営業者が多いんですが、そういう人たちがわいわい交流する場所。いわば『夜の公共圏』なんです。これに対して図書館や公園などは『昼の公共圏』に当たります」

おお、アカデミックになってきた。

谷口氏によれば、そこに「社会的包摂」というキーワードが加わる。これは社会学用語では心理的に安心できる状態を指す。たしかに、おっちゃんにとってスナックは家、職場と並んで心落ち着く“居場所”だといえる。
コースターはハンカチ
コースターはハンカチ

4.スナックは「物のあはれ」を知る場所

そうそう、ママの紹介を忘れていた。ご本人によれば「じつはクラブ勤務時代が長かったんですが、ここはふつうに『フロムエー』で見つけて先代のママの後を継がせていただきました」とのこと。
凛とした佇まい
凛とした佇まい
「研究会メンバーで駒澤大学文学部講師の高山大毅氏は、国学者・本居宣長の言葉を引いて『スナックは「物のあはれ」を知る場所』だと言っています。本居宣長って堅物そうですが、じつは遊郭を含む夜の遊びが大好きだったんです(笑)」

ところで、ずっと気になっていたんですが、そのシャツどこで買ったんですか?
かっこいいのである
かっこいいのである
「あ、これはインドネシア。『バティック』っていう染め布地で、現地の問屋で何百枚も並んでいる中から選んだもの。2000円弱だったかな。ふつうにこの格好で授業をしてますよ」

中学や高校と違って、大学の先生はかなり自由のようだ。

5.二次会という思想は日本固有のもの

もうひとつ気になっていたことがある。コースター代わりのハンカチが、どう考えてもいい香りがしそうなのだ。ママに許可をもらって嗅いでみる。
はい、正解
はい、正解
なんだろう、キツくもなくちょうどいい感じのホッとするいい香りなのだ。夜の公共圏で完全に包摂された。

飲み屋というのはこのあたりの機微でだいぶ印象が変わってくる。ママ、さすが。
若干引いている?
若干引いている?

6.スナックが多いエリアは犯罪が少ない?

「面白いデータがあるんですよ」と谷口氏。聞けば、スナックが多いエリアは犯罪が少ないという。えっ?

「やはり研究会メンバーの荒井紀一郎氏の論考なんですが、スナックが社交の場として機能していれば、そのエリアでは犯罪が抑制されている可能性がある、と」

下がその分析結果だ。えーっと、クラスタロバスト標準誤差って何ですか?
!
「いや、わかんないです(笑)」

うむ、それぞれが高度な専門性を持って研究しているのでやむを得ない。検索してみてもわからなかったが、「スナックが増えると犯罪は減る」。そう思い込めばなんとなく楽しい気分になるからいいのだ。
氷の容器も粋な木桶
氷の容器も粋な木桶

7.ママが教える「夜の世界」のジェスチャー

ふと、ママに聞いてみた。こういうスナックなどの隠語というか業界用語ってあるんですか?

「うーん、クラブにはボーイさんにグラスや灰皿を頼むサインはありましたけどね」
水割り用の8オンスタンブラー
水割り用の8オンスタンブラー
ビアタンブラー
ビアタンブラー
灰皿
灰皿
へえー、知らなかった。たしかに、ムーディーな店内で大声で呼ぶのは興ざめである。

8.地元密着型ゆえ、選挙期間中は客が少ない

谷口氏から、こんな話も聞いた。

「スナックってけっこう政治談義もするんですよ。地元の商店会や農協、消防団など多層的な人たちが自由闊達に交流する場として、TPOによってはそういう話もOK」

じゃあ、選挙期間中は混み合うのだろうか。

「いや、逆でその期間は支援活動に奔走する人が多いから、スナックは暇なんだよね(笑)」

なるほど、こちらも意外なトリビアだった。
トイレにはママ手作りのアヒルちゃん
トイレにはママ手作りのアヒルちゃん
こういう貼り紙を見ると安心する
こういう貼り紙を見ると安心する

9.AIロボットは人間のママを超えるか

ところで先日、雑誌『日経トレンディ』に気になる記事が載った。タイトルは「ロボットとは理想のスナックのママである」。
問題の記事
問題の記事
つまりは、AIと愛嬌を武器に客を癒すことができるというわけだ。

しかし、過去のスナック体験からいくらAiが進化しても人間のママを超えることはできないだろうと思う。

この店ではグラスのお酒が残り1cmになると控えめに「お作りしましょうか?」と聞いてくれる。これがまた絶妙なタイミングと間合いなのだ。
ママが週に1、2回のペースで生けるという花
ママが週に1、2回のペースで生けるという花

10.地方創生のカギを握るスナック

最後に谷口氏が力説する。

「都市への一極集中が進むなか、スナックは地方創生の鍵を握っているんです。東京で暮らしているとわからないでしょうが、地方では若者もスナックで飲むのは当たり前のこと」

いわく、駅前の商店街が衰退してもスナックは社交の場として残る。ここを拠点として街の活性化を図るべきだという。

たしかに、釧路で紹介されたおすすめスナックに入ったら、20代の男女が誕生日会を開催していて驚いたことがある。
釧路のスナックビル
釧路のスナックビル

スナックに行かないメンバーもいる

以上、スナックをアカデミックに分析した論考の一部でした。

「じつは、スナックに行くメンバーばかりじゃないんです。見たこともない食材をポンと渡されて、それぞれどう調理してくるかなとお互いに興味深く見ていた感じ」と語る谷口氏。

なお、これらの論考は今年6月に『日本の夜の公共圏 スナック研究序説』(白水社)として1冊にまとまったので、興味のある向きはそちらも見てほしい。あるいは、スナックの扉を開けてほしい。
「おかえり」のネオンが泣ける
「おかえり」のネオンが泣ける

取材協力/スナック研究会
▽デイリーポータルZトップへ

banner.jpg

 

デイリーポータルZのTwitterをフォローすると、あなたのタイムラインに「役には立たないけどなんかいい情報」がとどきます!

→→→  ←←←
ひと段落(広告)

 

デイリーポータルZは、Amazonアソシエイト・プログラムに参加しています。

デイリーポータルZを

 

バックナンバー

バックナンバー

▲デイリーポータルZトップへ バックナンバーいちらんへ