前日に着る洋服といっしょにこけしを選ぶ
料理や風景になじむこけし。よく見るとわかるが、色の取り合わせにも気を配っている。
集合場所は千葉県のJR市川駅。「いい展望スポットがあるんですよ」とのこと。
こけしはリュックの中
ふだん化粧品の類は持ち歩かないが、こけしは必ず携行する。
「前日に着る洋服といっしょにこけしを選びます。行き先によってテーマが変わるんです」
駅に隣接するアイ・リンクタウンの展望施設に着いた。地上150mから360度のパノラマが無料で楽しめる穴場スポットだそうだ。
さっそく撮影会
「わー、こけし日和」と言いつつ、さっそくこけしを取り出す。
「伝統こけしの名工、故・小椋久太郎さんの作品です。雄大な景色にマッチするかなと思って。これは伝統型じゃなくてオリジナルですけどね」
こけしのサイズは尺寸で測るんです
渡辺さんはお兄さんと二人で「
JETLINK」というアパレルブランドを運営している。今日着ているTシャツもその商品で、映画『時計じかけのオレンジ』をモチーフにしたものだ。
水道橋博士も大ファンだというブランド
降りるエレベーターの中でもこけしを手離さない。
「30cmぐらいですかね」と聞くと、「業界あるあるなんですが、こけしのサイズは尺寸で測るんです。それに慣れているので、こけし以外のものもつい尺寸で考えちゃいます。高いパフェとかも『何寸ぐらいかな?』って」
「あ、斬新なカット」
たまたま同乗していた警備員のおじさんが不思議そうに眺めたのち、「沖縄産のこけしかね」と声をかけてきた。
「秋田です」
布でくるんでビニール袋に入れるという徹底ぶり
ちょうどお昼時だったので食事をとることにした。「ステーキが食べたい」という渡辺さんの提案で、人生初の「いきなりステーキ」へ。同行した編集部・橋田さんも「わー、私も初めて」とのこと。
湯気の向こうにこけしが鎮座している
「色合いがステーキっぽいこけしを選びました。こけしの里は温泉地が多いので、湯気が湯けむりみたいでいい感じ」
こけしは水や油に弱いので、ビニール袋に入れてガードしている。
駅のエスカレーター脇で見つけた鳴子のこけしポスター
生身では持ち歩かない
布でくるんでビニール袋に入れるという徹底ぶりだ。中央は知り合いが作ってくれたという「こけし袋」。
「大きめのこけしは、サイズがぴったりだったのでスノーブーツに入れています。『ひっつき虫』は寝かせて撮るときに固定するためのテープですね」
こけしが増えるにつれて友達は減る
渡辺さんの自宅には、2つのこけし部屋があるという。ひとつはふつうに客人が入れる部屋で、もうひとつは貴重な戦前こけし用の部屋だ。
「後者はこけしの色落ちを防ぐために暗室になっていて、私以外は入れない開かずの間です」
開くほうの部屋
「こけしは光と水に弱いんです。そのために水害がなさそうな高台のアパートに引っ越しました。蒸気が発生する鍋パーティーなどもやらなくなったので、こけしが増えるにつれて友達は減ります」
渋すぎる書棚
シリカゲルとともにジップロックに入れる保存法は渡辺さんが独自に編み出した。
「こけしはコレクターが死んだら別の人に渡るものなので、私の代で劣化させたくないという気持ちが強いんです」
「こけし」「こけし」「こけし」
定期的に開催されるこけし愛好家の飲み会にも積極邸に参加。産地・東北への遠征を含め、渡辺さんのスケジュール帳はこけし関連の行事で埋め尽くされている。
集めているのは工人が作る「伝統こけし」
ここまでハマったきっかけは、6年前に旅行で東北を訪れた際に「ゆるカワで面白い」と思って買った1本のこけし。
「子どもの頃は色白でおかっぱだったので、『こけしみたい』とよく言われていました。そういう原体験もあって、親近感を覚えたのかもしれません」
「似てたから」と知人がくれたこけしと幼少時の渡辺さん
そのタイミングで知人から東京こけし友の会を紹介してもらい、一気にこけし熱が加速する。
ここで、橋田さんが実家のこけしの写真を見せてくれた。すると渡辺さん、「うーん、みごとなお土産用こけしですね」。
「お父さんが出張先で買ってきたものです」
渡辺さんがおもに集めているのは技術を代々受け継ぐ工人が作り、木地の形状にも型がある「伝統こけし」。これに対して観光地などのお土産として生まれ、デザインも自由なのが「お土産こけし」(創作こけしともいう)である。
「昔の工人は木を切り出すところからやったそうです。刀鍛冶も仕事のひとつだったりして大変な世界なんですよ」
所蔵した証として印をつけているケースも
浅草に着いた。「やっぱりこういう場所はこけしに合いますね」と興奮気味だ。
渡辺さんが撮った写真
これは鳴子の高橋定助という工人が89歳の時に作ったもの。しかし、彼のこけしは91歳がピークとされているらしい。深い世界だ。
工人の名前が裏書きされている
「先人のコレクターが所蔵した証として印をつけているケースも多いんです。そういうこけしが回ってくると嬉しいですね」
渡辺さんもコレクションに貼るためのオリジナルシールを作った。
まいこのこけしだから「まいこけし」
ハマるのはもちろんこけし
「たまに『撮りましょうか?』と言われますが、そういうことじゃないんです」
こんな風に撮れた
浅草寺の煙を浴びるこけし
冷静に考えると不穏な写真だが、すでに慣れてしまった。
団子といっしょに撮るために持ってきた
スカイツリーのビュースポットでも足を止める渡辺さん。取り出したのは最初に登場した小椋久太郎作のこけしだ。
「頭の上に『王』って書いてあって、金のうんこと似合いそう」
「こんなかんじかな」
真剣な表情でアングルを探る目つきは、さながら芝目を読むプロゴルファーのようだ。
こちらが渡辺さんの写真
知人がくれたというこけし袋がかわいい
「これは団子といっしょに撮るために持ってきた福島のこけしです。ほんとは三色団子がベストなんですが、まあこれはこれでいいかも」
駅に向かう途中で渡辺さんが声を上げた。
「ほら、あの『亀十』さん! 私が世界一おいしいと思っているどら焼きを売っているお店です」
こけしの話ではなかった
ところで、この日は気温が30度近くまで上がる暑い日だった。電車の中で汗を拭いていると、渡辺さんの冷たい視線に気づく。
「汗っかきの人には、こけしを触らせられません。そもそも、『たきび』っていう火に関連する名前も不謹慎だなあと思ってました」
すみません…
棟方志功が大絶賛して有名になったこけし
最後に向かったのは神田。
「こけしっぽいもの」にも関心を示す
「伝統こけしを扱う『書肆ひやね』さんというお店に行きます」
「こんにちはー」
ずらりと並ぶこけしたち
店主の比屋根亮平さんによれば、こけしは全部で1000本ぐらい。一番高価なものは別の場所に保管しており、お値段なんと約700万円だという。
比屋根さんは下の写真のように入荷したこけし情報をインスタにアップしている。すると、3分も経たないうちに問い合わせが来るそうだ。
ツウはまず裏書きを見る
そのとき、「これ見てくださいよ」と渡辺さんが2本のこけしを並べた。
左のは面白い絵柄ですね
「作風が違いますけど、じつは2本とも津軽の盛秀太郎という工人の作品なんです。右が昭和8年で左が昭和30年代。左のは棟方志功が大絶賛して全国的に有名になったこけしです」
『こけし辞典』なるものも
そういえば、先日飲んでいるときに知人がワインのコルクに即興で描いた作品がこけしっぽかったので持ってきたんだった。
天才か
「こけしみたいですよね」と言って渡辺さんに見せると、「手があるから違いますね」とつれない。
適当に同調したりはしないのだ
インスタはサブリミナル効果を狙って
かくして、まったく知らない世界を覗くインスタツアーは終了した。「アイドルとかにはときめかないけど、工人にはドキドキする」と言っていた渡辺さん。世間の評価などは気にせず、ひたすら自分の仕事を追求する姿勢に憧れるそうだ。
ちなみに、彼女がこけしの写真をインスタにアップするのは、「かわいい」と言ってほしいからではない。
「何気ない日常の写真の中にこけしを置くことで、一人でも多くの人がこけしを好きになるといったサブリミナル効果を狙っているんです」