いきなり大仏
その大仏、布袋大仏は犬山線の布袋駅から歩いて500mほどいったところにある。
かつて隣駅である江南駅に『チンポンジャラン』という新しい仏具を見せてもらいに行ったとき、電車でその存在を発見した。車窓の風景にいきなり大仏が出てきて驚いたのだが、車内でさわいでる者はいなかった。みんなこれが日常なのだ。
ふつうの車窓の風景にいきなり大仏である。いきなりステーキや熊本名物いきなり団子に続く第三のいきなり、それが布袋大仏である。
布袋駅からこういう道を歩いていく。おわかりだろうか。窓をよくご覧いただきたい
窓に大仏がいるのである
こういう工事現場の遮蔽物越しにも
チラリ。大きさは家を少し越える程度なので大仏のチラリズムが発生する。
ガード沿いを歩いていたらずっとこのような視線でいるわけだ
この街はだれかが見ている
途中集団下校中の小学生がいたり、何百年とつづいてそうな和菓子屋があったり、駅を出てふつうの住宅地の風景がつづく。
しかし気配を感じて窓を見るとそこにはいる。大仏の視線である。この街はずっと見られている。家から頭一つ出た大仏がずっと見ているのである。
そしてそれはこちら側からすると大仏がチラチラ見え隠れすることを意味している。
窓に映る視線が大仏だったことなんてあるだろうか? 大仏が見ている、大仏が見ていない、大仏が見ている…そんな大仏のオンオフの落差こそ(関西でいうところの「551のあるとき/ないとき」)がこの街の醍醐味である。
近づいていくとこれ。隠れようとしても螺髪が見えている
この街を歩くとマンションの間からチラチラ見えるものがあるのだ
大仏である。こういうところに住みたい
家、大仏、家、大仏……とこの街の散歩はたのしい
この本人は隠れてるつもりで隠れきれてない感じが愛おしい
家からチラリ。歩くと家と家の間からチラリだ。
近くまでいってみた。
昭和29年に前田秀信さんという鍼灸医が手作りで作ったそうだ
しかしこの大仏、建物とつながっているのである…なんだこれは
どうやら先程の大仏接骨院と関係しているようだ
大仏は建物と一体化している
この布袋大仏を近くで見ると観光協会の案内板があり、これが前田秀信さんという鍼灸医が昭和29年に手作りで建てたものだと書いてあった。
個人で建てて、今や観光協会のお墨付きということなんだろうか。
大仏の周囲を一周してみると、その背中側は建物と一体化しているのがわかる。「布袋大仏接骨院」という建物とつながっているのだ。
しかも頭にはアンテナらしきものがあり、電線がつながっている…!? こ、こわい。オカルト系の人が出てきたらこわいなと思い、一旦東京に戻ってから接骨院に電話して聞いてみた。
大仏の頭の先から何か出ている。なんだこれは? アンテナ?
大仏の頭から電線のようなものがつながっている! 動き出す系のやつだろうか…
大仏は世界と通じている
電話に出たのは布袋大仏接骨院のデビッド前田さん。大仏を建てた前田さんの息子さんで、デビッドというのはアメリカで暮らしてたときにむこうの人につけられた名前だそうだ。
――あの……大仏の頭から電線のようなものが出てるんですけど、あれはなんなんですか?
「あー、アマチュア無線をやっていましてね。これは私は趣味で60年くらい前からやってましてね。
誰か世界の人とね。アジア、フィリピンとか中国とか台湾とか、全世界ですけど。今携帯が流行ってますから無線は要りませんけど」
大仏の頭から出てるのはアマチュア無線だった。そういえば無線ファンが自前で電柱や高いアンテナを立てる話を聞いたことがある。大仏の頭を通じて全世界と通信していたのだ……!!
それが一体どういうすごさなんだかわからないが、とにかくその圧倒的なスケールにふるえる。
建物と一体化してるのはどういうことなんだろう?
大仏が嫌でアメリカへ
――大仏とつながった建物で接骨院してるんですか?
「私の父親、御嶽教を信じて、どういうわけか大仏を作ったんですよね。大仏の後ろに礼拝堂を作ってみんな集まってたんですけど、私はそっちのほうはやらないんで治療院だけやってます。
父親は名古屋で治療院をやってましてね。戦後、医療が整ってなくて保険もないしね、そのときに鍼灸が安くてよく効くというので流行って。それでもうけたお金で、自分で考えて作ったんですね。
私はこういうのいやだからアメリカに逃げて。私はキリスト教なものだからイエスさまだったら拝みますけど、仏さまの格好してるからね」
もしも自分の父親が大仏を作ったならどういう人生を歩むか。アメリカへ逃げてキリスト教に傾倒し、デビッド前田さんはなるほどこうなるのかという生き方だ。だって、この大仏の造形である。大仏を手作りしちゃうのである。お父さんは猛烈に個性の強い人だったのだろう。
大仏を建立する人生もあれば、お父さんが大仏建立しちゃった系の人生もあるのだ。
サングラスをつけてるように見えるということでネットで話題になった
大仏に泥棒が入り、ホテル代わりに使われ…
「中はいろんな設備があったんですけどね。泥棒さんがみんな持ってっちゃった。ここをホテル代わりに使ってちらかしてる人もいたし。
私が2~30年アメリカに行ってて、帰ってきてこれはいかんと一旦閉めて掃除して管理してます。それが15年とか前。母親が守りをしてたんですけどね、高齢でなくなりましたので。父親は作ってから10年くらいしてお二階にいっちゃったんですね。お二階よっぽどいいところで帰ってこないんですよ」
――ん? お二階って大仏に隣接した建物のことですか?
「天国です。戻ってきた人はいないです」
――で、ですよね…! 大仏が不思議な建物だからついなんかあるのかと思ってしまいました
お母様にくらべてお父様のことは婉曲的な表現をしているし、前田さんはいろいろ思うところがあるんだろう。ウェス・アンダーソンの映画かというほどにアクの強い父を持った息子の物語がここにあった。
すごい風景とその人生が見える
少し歩く。大仏が顔を出す。マンションにさしかかる。途切れるとまた大仏が顔を出す。家にさしかかる。途切れるとまた大仏が見える。
この大仏チラリズムの楽しさよ。細かく大仏のオンオフを繰り返すこの街の散歩のダイナミックさといったらない。それはすべてこの仏さまが「頭ひとつ分家から出ていること」によるし、なぜ家から出てるのかは「個人が手作りするにはでかすぎた」ことによるのだろう。
言ってみれば偉業である。しかし今ここにはその息子さんの人生があり、この街は仏さまに見おろされる街になっている。
電車の車窓から驚いたこの風景は、天才とその後といった街の風景なのであった。
踏切のそば。何も知らないで電車に乗ってて腰を抜かした風景はこれだ
ライターからのお知らせ
長いお芝居を書きました。7月頭に上演します。エモくてくだらない戯曲になってます。
昇悟と純子『エバーグリーン』7月6日(木)~9日(日)
@神楽坂セッションハウス ギャラリー"ガーデン"
作・演出 大北栄人(明日のアー) 出演 古関昇悟 宮部純子(五反田団・青年団)
前売2500円 予約2800円 当日3000円
https://shogotojunko.tumblr.com/