日曜日の代々木公園で意識改革を
そもそも、僕は食べ物に対して保守的だ。意外な組み合わせだけど試してみたら美味しいかも? というような冒険はなるべく避けて通ってきた。リスクが大きすぎる。だから、江ノ島くんのピクニックには心が惹かれなかったのだ。
マグロ漁船の漁師が間違ってマヨネーズをマグロにかけてしまい試しに食べたらうまかった。そんな話があることは知っている。このまま食わず嫌いを通していたら、一生そういう発見はできない。江ノ島くんの提案に乗ることで、新しい大陸にたどり着けるかもしれない。
指定された代々木公園に行くと東急フードショーの紙袋を下げた江ノ島くんがいた。あの中に、普通だったらケチャップをつけたりしない食べ物が入っているのだろう。
やはり気が乗らないが、意識改革だと思って楽しもう。
待ち合わせ場所で踊っていたダンスグループに興味を持ち一緒に踊る江ノ島くん(このダンスが後で役に立つことになる)
大人4人でケチャップ・ピクニック
代々木公園で林さんとべつやくさんも合流した。40代3人と20代1人、どういう集まりなのか分かりづらい4人組だが、ここは日曜日の代々木公園。色々な人たちが色々な方法で休暇を楽しんでいる。この4人だけが変わっている訳ではない。
適当な場所を見繕ってブルーシートを敷いた。
ブルーシートを
2枚敷いて
ピクニック会場の出来上がり
江ノ島くんが持っていた東急フードショーの紙袋を覗いてみた。
袋の中身はなんじゃらほい
冷奴のパッケージが見えて、「江ノ島、本気か?」と心の中でつぶやいた。「日曜日の意識改革」という前向きな気持ちが一気に失せていくのを感じる。
そんな僕の気持ちを全く察していない江ノ島くんは、着々とケチャップ・ピクニックの準備を進める。
着々と準備を進める江ノ島くん
野球ボール型のフリスビーも用意されていた
「ちょっと着替えてきます」
江ノ島くんはそう言い残して近くの木陰へと消えていった。ケチャップ・ピクニック用の衣装を用意しているらしい。このピクニックに対する彼の意気込みを感じ、「本気なんだな」と再び心の中でつぶやいた。
一方、林さんとべつやくさんは野球ボール型のフリスビーで遊びだしている。
ケチャップを楽しむ前にフリスビーに手を出した2人
ケチャップを出す前にフリスビーを出してしまった江ノ島くんのミスである。この2人の半分は「遊び心」でできているのだ。ケチャップよりも面白そうなものを見せてはいけない。下手したらずっと遊び続けてしまうぞ。
投げ方を工夫し始めた2人
フリスビーに興じる2人と僕の元に、ケチャップ・ピクニックの衣装に着替えた江ノ島くんが戻ってきた。
私はケチャップの上にケチャップをかけます
ようこそ、ケチャップ・ピクニックへ
ディズニーがケチャップを擬人化したらこうなるのではないか。そう思えてくるほど、ケチャップのTシャツが良く似合っている。僕の目の前にいるのは江ノ島くんではない。ケチャップマンだ。
ケチャップマンは冷奴以外にどんな食べ物を用意したきたのだろう。
納豆
とんかつとコロッケ
冷奴
餃子
プリングルス
トマト
お寿司
おいおい正気か? と問い詰めたくなる食べ物が混ざっている。それでもケチャップマンは、
「絶対に美味しいです!」
と胸を張る。
ケチャップを見つめるケチャップマン
正直、「帰りたいなぁ」という気持ちが強くなってきた頃、僕たちのパーティに思わぬゲストが登場した。
黒船現る
ケチャップマンと林さんが見つめる先には
上半身裸の外国人がいる
僕たちの前に現れた上半身裸の外国人は、アメリカ出身のMike Rienzoさん。2週間後に帰国を控え、残された時間で日本の思い出をたくさん作りたいと思っている陽気な青年である。
「一緒に遊ぼうよ」
と流暢な日本語で僕たちのブルーシートに座ってきた。
江ノ島くんのTシャツを見て「クールだ!」と褒めたかと思うと、
「じゃあ、君の名前を当てるね」
と言って、次々と日本のファーストネームを口にし始めた。
初対面の人の名前を当てるゲーム
Mikeさん「たかし」
江ノ島「違います」
Mikeさん「あきら」
江ノ島「違います」
なんだ、この途方もなくて面白みに欠けるゲームは?
当たるわけがないし、当たったところで? という話だ。
10個くらい名前を出したところでMikeさんも飽きたらしく、「ところで、何をやってるの?」と話を変えてきた。もちろん江ノ島くんの名前を当てることはできなかったが、大事なのはそこではない。
今日の本題は、「色々な食べ物にケチャップをかけて色々と言い合う」である。
自分の名前を伝えられなかったモヤモヤを抱えながら、江ノ島くんがケチャップの蓋をあける。
さあ、ケチャップ・ピクニックの始まりです
ピクニックは本題へ入る
江ノ島くんが最初に選んだ食べ物は餃子だった。餃子にケチャップ。もちろん、僕は今までに試したことはない。江ノ島くんは、
「酢豚のような感じになります」
と言っている。
餃子にケチャップ
初めての組み合わせですが
意識改革だと思って
いただきました
まったく合わない、というわけではない。しかし、酢豚でもない。
餃子とケチャップを食べた。
そんな感覚だ。
食べた感想を江ノ島くんに伝えようとしたら、江ノ島くんはMikeさんのSNS用に写真を撮られていた。
なんらかのSNSに投稿するようだ
「おい、江ノ島!」
思わず声が出た。
「色々な食べ物にケチャップをかけて色々と言い合う会だろ! 言い合おうよ!」
江ノ島くんは苦笑いをしながら、次の食べ物の準備に入った。
次の食べ物は、納豆だ。
納豆に
ケチャップ
江ノ島くん曰く、この場合はカラシを入れないルールなのだという。どこのルールなのか確認すると、
「自分のルールです」
と言う。
知らんがな! と言いたい気持ちをグッと抑え、まずは江ノ島くんが食べるところを見守る。
これがうまいんです、と江ノ島くん
餃子にケチャップを試食
うーん…
べつやくさんも試食
フリーズ
林さんも一点を見つめてフリーズ
合わなくはないのだ。ただ、ケチャップが強い。餃子の時と一緒で、納豆とケチャップを食べている、という感覚。
ここまで、餃子、納豆と江ノ島くんが自信のある食べ物をぶつけてきたはずだ。
それでこの結果である。
大丈夫か? 江ノ島。
そんな僕たちの空気を察して、江ノ島くんはここで切り札を出してきた。
トマト
トマトである。
トマトから出来ているケチャップだから、これはいけるのではないか? ゆで卵にマヨネーズをかけたら美味しいのと同じように。
これは絶対いけます!
ほおばる江ノ島
ほら、美味しい!
江ノ島くんの表情が自信に溢れている。
よし、これはいけそうだ!
どうだ?
もう~
これで3度目になるが、言わせてもらう。
「トマトとケチャップを食べてる感じ」
なのだ。
一体感がまるでない。ケチャップの主張が強過ぎる。
べつやくさんも
分離してる~、という感想
林さんは白目をむいた
江ノ島くんは僕たちに顔芸をさせたいだけなのか?
場の空気がどんよりとしてくる。
僕たちの感想にしょんぼりする江ノ島くん
別のグループと仲良くなって
ピザを調達してきた
負けるなケチャップマン
江ノ島くんが用意した食べ物はまだ残っている。ケチャップマンはまだやる気だ。
次なる刺客は冷奴である。
冷奴にケチャップ
もしかしたら、杏仁豆腐のようにスイーツ感覚を楽しめるかもしれない。
べつやくさんのそんな意見に気を良くした江ノ島くんは、冷奴にケチャップの組み合わせをMikeさんに勧めた。
Mikeさんにケチャップ on 冷奴を進める江ノ島くん
ケチャップ on 冷奴を江ノ島くんから勧められたMikeさんは、
「いらん! わし、ケチャップ嫌いやねん」
と、なぜか関西弁で断ってきた。
真顔で断るMikeさん
再び、どんよりとした空気がピクニック会場を包む。
きっと、江ノ島くんはこう思ったはずだ。
「なぜ僕は見ず知らずの外国人から怒られているのだろう」
僕もそう思った。
負けるな、江ノ島。
ケチャップマンはあきらめない
冷奴にケチャップは、杏仁豆腐のような味にはならず、やっぱり「豆腐とケチャップを食べている感覚」であった。
ここまで、どの食べ物でも結果を出せていない。
しかし、江ノ島くんはあきらめない。次は、とんかつとコロッケである。
とんかつとコロッケにケチャップ
を食べるケチャップ・ピクニックの御一行
とんかつ、コロッケにケチャップは美味しかった。揚げ物のパンチとケチャップのパンチが噛み合った感がある。
ここから巻き返すことができるのか?
次はプリングルスである。
プリングルスに
ケチャップをつけたら
ダメだった
いけそうだと思ったが、これもダメだった。やはりケチャップの主張が強い。
冷奴あたりから、主催者である江ノ島くんもそれを認め始めている。
そして、最後の刺客、お寿司を試す時が来た。
お寿司にケチャップはいけるのか?
いくらで試す
江ノ島くん
ダメです
ケチャップ大好き江ノ島くんがダメなんだから、僕たちだって無理に決まっている。それでもここまで来て降りるわけにはいかない。今日は日曜日の意識改革なのだから。
僕はマグロにケチャップを試し
撃沈し
べつやくさんは白身魚にケチャップを試して
やられた
林さんは甘エビにケチャップで
この日最後の白目をむいた
こうして、日曜日の意識改革はこれといった結果を得ることなく終わった、
はずだったのだが…
そしてピクニックはダンスバトルへ
僕の目の前で、江ノ島くんとMikeさんがダンスバトルを繰り広げている。
どうしてこういうことになったのか。今となってその経緯を思い出せない。
とにかく、Mikeさんと江ノ島くんが大音量の音楽をバックに踊っている。
Mikeさんのスピーカーから大音量の音楽が流れている
冒頭、江ノ島くんはダンスグループの踊りに興味を惹かれていた。Mikeさんからダンスバトルを仕掛けられ、あの時に覚えたダンスを繰り出すことで対抗することが出来た。
人生は何が起こるか分からない。
ダンスバトルのお礼に
Mikeさんからお花をもらった
江ノ島くん
後日、スナックの取材で再び江ノ島くんと会った(
「できる男に学ぶスナックの過ごし方」)。「こないだのダンスバトル、面白かったね」と江ノ島くんに言うと、「見ず知らずの外国人とダンスバトルをする日が来るなんて、想像もしていなかった」とあの時のことを振り返っていた。確かにそうだ。そして、僕たちは大事なことを忘れている。今回の趣旨は「色々な食べ物にケチャップをかけて色々と言い合う会」であったことを。