三重県が、なんだか好きだ
本来、名物は本拠地に行くのがいいのだと思う。だけど、妙に四日市が気になってしまう。それはおそらく、元々自分が三重県を他の県よりちょっと好きなせいかもしれない。
三重県をはじめて知ったのは小学4年か5年のころ。社会の授業で、四日市ぜんそくを調べた時である。班ごとに日本の公害病についてまとめて、発表することになっていたのだ。
教科書には載ってない情報がどこかにないかと夜な夜なさがした。親がセールスにそそのかされて買ったまま本棚の肥やしになっていた教材集を、はじめてちゃんと開いた。行ったことのない場所の歴史に想いをはせるうちに、三重県はすっかり気になる存在に昇格してしまった。
正直なところ、地元の人に「好きになったきっかけは何?」って聞かれた時に、そのまま答えていいのか迷う。合コンで出会ったきっかけを「食事会」とにごして言う人の気持ちって、こんな感じなんだろうか。(いや、ちがう気もする)
近鉄の四日市駅
三重県にやっと足を踏み入れることができたのは去年だ。好きとか言っときながら、たいしてふれあってない。恋に恋しているみたいなことなのかもしれない。でも、うれしかった。今回は2回目の訪問である。
これは初回訪問時にうかれて撮ったうすい信号機の写真
これは今回訪れた時にうかれて撮ったぺんぎん
四日市のゆるキャラ・大入道の連打が目立つ
駅前はにぎやかだけど、少し行くと静かになる
駅から歩いて10分くらい。さらに静かになる。街灯がないとこわい
わかりやすく何か名物がある街じゃない。でもその特別じゃない感じが
自分にするすると馴染む。
到着した!
店内は、テーブルとテーブルの間にスペースがしっかりとられていてレストランみたいだ。もっと居酒屋っぽいものを勝手に想像していた
「骨付き鳥」には2種類の肉がある。やわらかめの「ひなどり」と、歯ごたえのしっかりある「おやどり」だ。
ひなどり、おやどり両方頼みたい。だって食べ比べたい……!
先にひな鳥が到着いたしました
ケンタッキーの2倍強くらいのでかさ。で、でかい!
目の前にいらっしゃった様子を見て、はてこれはいったい、どう向き合おうかと悩んでしまった。食べどころは堂々と表面にでているので、一発がぶりといけばいいやつなんだろうとは思う。
たぶんそうだ。でも、そしたら歯の角度はどう当てればいいんだろう。戸惑いが止まらない。思わず店員さんを呼んでしまった。
確認したところ「そうですね、はさみで切った方が食べやすいですよ」とアドバイスがもらえた。わかった。わかったが今度は、どうはさみを入れればいいのかわからない。さらに聞いてみたら、骨に沿って切っていくのがいいとのこと。
はさみを入れると、肉の持っている圧力が手に伝わってくる
主張のつよい、はっきりしたお肉だ。もう、高鳴るしかない。
でも黙々と作業をしていると、自分がこれから食事をしようとしていることを少し忘れそうになる
骨からいかに肉をはぎとるかに必死こいてる
骨付き鳥よ。一見野性的に見えるくせに、実際食べるとなるとなぜこんなにも「作業」になるんだ。わたしたちが、箸やスプーンやフォークの生活に慣れ過ぎちゃったのだろうか。
それにしても、骨がまだ熱いぞ
食べ物って、どんなにグツグツの沸騰された状態で出てきても、途端に冷めていくものだと思っていた。だけど骨の熱さには、全くそんな様子がない。ずっと熱いままなのが楽しくて、必要以上に骨をいじってしまう。
やっと口にいれる!
やわらかいのに、しっかり食感がある。タンパク質らしいさっぱりさがあるのに、しっとりもしている。こいつ、ひとつで何役こなすつもりなんだろう。
一口ですでに情報処理が追いついていない
味はしっかりついていて胡椒の味が強い。肉の塊の下には、肉の油分と調味料が沈殿している。それを肉に再度絡めながら、口に肉を運ぶ。
異論なく、左手がぐいぐいビールに向かっちゃうやつ
さらにはキャベツ。肉のあぶらを浸して食べるんだそうだ
何かに浸してまで油を摂取することはある種の背徳感があるのに、キャベツがそれをいっさいがっさい相殺していく。なんなんだキャベツ。えらいぞキャベツ。ちなみに、キャベツのおかわりは自由の、とんかつ方式だ。先に言っとくと、トータルで3皿食べた。
なんの遠慮もなくごっそり油をひたします
前の席の人が、宝くじについて話している。「宝くじ、当たるといいよね」この台詞、きっと世界で毎秒ごとに誰かしらがつぶやいているやつだ。
普段のひとり外食だったら、周りの会話が面白くても面白くなくても、なんとなく聞き耳をたてて続きをうかがう。でも今はそれどころじゃない。目の前に鳥たちが居る。食事と対峙することで精一杯でとっても忙しい。
たぶんこれ、誰かと来ていても「すごい」と「うまい」をほんの時々こぼしながら、基本無言に徹しながらもくもくと食べていたんじゃ。その点にちょっとカニっぽさがある。
ひとりなので、遠慮なくもくもくしました(2杯目はハイボールにしました)
そして、さらにもう一品骨付きの鳥が。おやどり
おやどりには歯ごたえがあるらしいのだが、そういえば「肉の歯ごたえ」という境地にあまり慣れていない。
近づいたら、湯気がぶわっとカメラを覆ったので右上が白い
なんだこの食感!今まで知らなかったやつだ。ゴリゴリしてるのにしっとりしていて、口の中が情報過多
おやどりの油は、ひなどりのよりも黒い。ひなが子供で、おやが大人なんだなぁという事実が味に変換されたような味
歯ごたえの強いおやどりの肉はさいごのさいごで、もうちょっと噛んだ方がいいのか、飲み込んでいいのかの脳内会議が長らく開催された。
「もう十分がんばったから大丈夫だ!」と何かに背中をおされたような気持ちで飲み込む。ふあああーっと、力が体から抜け落ちる。
完走
伸びがしたい。完食というより完走で、おなかがいっぱいすぎるというより、心がいっぱいすぎる。あと、全身で食事したなぁという、実感がある。
時計を見てびっくりした。さいしょにひな鳥に対面したときからはすでに1時間くらい経っていたのだ。
なぜ四日市で香川の名物なのか
ふだんは早食いだ。ぬるめのカレーなら5分くらいで完食出来る。なのに、鳥との対峙には時間がかかりすぎて、さっきまでいたはずの店長がいなくなってしまっていた。
買い出しに出かけたまま帰らないそうだ。聞きたいこと、いっぱいあったのに!
なので後日電話で聞いてみました
店主は、まず鳥を焼く専用のオーブンを用意し、そのオーブンを使いながら作り方を伝授してもらい、その後は毎日ずっと練習を繰り返したんだそうだ。
骨のついた鳥が山になっている様子が目に浮かんだ(焼いたやつは食べたり、周りに配ったりなどをしていたらしい)
通常、オーブンは300度を超えるあたりで温度制限のかかるものが流通している。だが骨付き鳥用に使うオーブンには、温度の上限がない。都度、様子を確認しながら、表面がぱりっとなる絶妙な温度加減を守るのだそうだ。
オーブンから発される熱気を体がどう感じるかで、オーブンの中が何度くらいになっているのかを計る、と教わったそう
ちなみに300度よりも熱くないとパリっとしない。400度までいくと焦げる。その間のどこかしらが絶妙な温度なんだそうだ。
300度越え!だから、骨まであんなに熱かったのか
そういえばわたしも、お店を知った入り口はインターネットだった。でも、たしかにインターネットの拡散力は強いけど、きっとそれだけじゃないぞとは食べ感想として切に思う。三重県に、また行きたい場所ができてしまった。
好きがつくった味
つまりはなんていうかもう、好きがこうじてのお店である。さらっと話してくれたけど、その熱意だけでこの味をつくれちゃうなんて、圧倒的だ。ちなみに店主は大阪出身で、香川県とのつながりは少林寺拳法のみ。
こういうきっかけでできたお店は、他にもまだいくつかあるのかもしれない。そう思うと、色んなお店に「なにをきっかけにお店つくったんですか」と聞いて回りたくなってきてしまう。他人にはよくわからないきっかけであればあるほど、ぐっときそうだ。