実車の場所を探すのが大変
その車は1960年頃に発売されたイセッタというBMW社のコンセプトカーである。
イセッタで画像検索をかけた結果
流線的なデザインが特徴的で、小さなボディにドアは1つだけ。
え? 1ドア?
今までにそんな車は見たことない。しかも、そのドアの位置を聞くと更に驚く。フロント部分がドアになっていると言うのだ。フロントと言ったら車の顔である。顔を開けて中に入る車。もう、イセッタへの興味が止まらない。
中古車販売サイトにいくつか取り扱いの情報が載っていた。一番近い所では東京都大田区のディーラーだ。早速電話をかけるが、もう取り扱っていないという。「3年くらい前に売れちゃいました。珍しい車なのでネット上の情報は残してるんですよ」と電話口の男性。できれば「SOLD OUT」と掲示して欲しかったが仕方ない。続いて横浜のディーラーにかけてみるがそこにもない。次の情報は名古屋だ。
「ああ、イセッタね。去年の年末に売れちゃった」
また売れてしまっている。もうイセッタの実物をみることは出来ないのだろうか。諦めかけて電話を切ろうとすると、
「大阪のディーラーに売ったから、そこを紹介しようか?」
と名古屋の人が。
イセッタを探しているうちに、情報が東海道をどんどん下っていき大阪まで行ってしまった。東京からはちょっと遠いが、
是非とも!
とお願いして、大阪のディーラーを紹介していただく運びとなった。
大阪の下寺にイセッタはあった
名古屋のディーラーさんにつないでいただき、大阪のジロン自動車株式会社という会社を訪れた。地下鉄御堂筋線の動物園前駅から徒歩で10分ほど。大阪市浪速区下寺、バイク屋さんが立ち並ぶ大通り沿いにジロン自動車株式会社はあった。
ジロン自動車株式会社
「なんだかバイク屋さんが多いですね」
挨拶もそこそこに、まずバイク屋さんの多さについて担当の吉田さんに聞いてみた。
ジロン自動車の吉田さん
「そうなんですよ。昔はもっとバイク屋さんだらけで、ここら辺りはバイク通りと呼ばれています」
ですよね、バイク屋さんの数が尋常じゃないですもん、などと会話を交わしながら、僕は店頭に停められているイセッタの事を気にしている。ここに到着してすぐ、チョコンと停まっている赤いイセッタの存在に気づいていた。
イセッタ!
嗚呼、なんて可愛らしいのだろう。早くそばで見たい。
「あれですよね?」
と吉田さんをけしかけると、「どうぞどうぞ」とイセッタの元へと案内してくれた。
イセッタの正面
サイド
バックショット
上の写真を見てお気づきだと思うが、イセッタは3輪車なのだ。正式な言い方をすると、二人乗りの超小型3輪乗用車である。
かわいすぎる!
このイセッタは1961年式、排気量は300ccで右ハンドルのイギリス製である。税金を安くするためにイギリスで製造されたものらしく、イセッタの中でもこのタイプは珍しいという。
そんなイセッタのディテールに迫った。
イセッタは細部もかわいい
フロント部分に刻まれたエンブレム
まるくてかわいいヘッドライト
レトロでかわいいサイドミラー
床からニョキっと生えたようなかわいいハンドル
1.かわいいクラッチ、2.かわいいブレーキ、3.かわいいアクセル
右側のドアからニョキっとはえるかわいいシフトレバー
ギアの説明シール
まるくて小さくてかわいいスピードメーター
かわいいウインカーとハザードランプ
ワイパースイッチもかわいい
ここまでに、僕は何回「かわいい」と言っているだろう。それ以外のボキャブラリーが浮かんでこないほどかわいいのだ。だからと言って「かわいい」ばかりだとバカみたいなので、ここからはCawaiiという表記も使っていきたい。
そんなCawaiiイセッタの、最大の特徴と言ってもいいフロントドア。開くとどんな感じなのだろう。
フロントドアオープン
顔がパカッと開くので、ちょっとショッキングな印象も否めない。映画「トータルリコール」でおばちゃんの顔がパカッと開いて中からシュワちゃんが出てきた映像を思い出す。
顔を開けてどうやって中に入るのか。
吉田さんに実践していただいた。
フロント左側にある取っ手をひねって
ドアを開ける
腰を屈めながら中に入り
運転席からドアを閉めて
乗車完了
入り口の狭さが、まるで茶室みたいだ。イセッタは動く茶室なのではないか? そんな事を言ったら千利休から怒られるだろうか。
吉田さんの手順を真似て、僕もイセッタのコックピットに入ってみた。
夢にまで見た
イセッタのコックピット
中に入って実感するのが、「狭い!」という感覚。これは文句ではない。狭い場所は得意ではないが、イセッタの狭さはちょうどいいのだ。「せまちょうどいい」という言葉をイセッタに送りたい。
イセッタで街を走る
このイセッタは動くのだろうか?
「ええ、もちろん。エンジンの整備は終わっています」
と吉田さん。
そういえば、エンジンはどこにあるのだろう?
「エンジンはここです」
吉田さんが運転席側の側面に回り、六角レンチでエンジンルームを開けてくれた。
六角レンチでエンジンルームを開けると
中からかわいいエンジンが
300ccということもあり、小ぶりでCawaiiエンジンである。
本当に走るのだろうか?
「姫路にイセッタのオーナーさんがいて、その人はイセッタで『SUZUKA 2アンド4レース』というラリーに参加したりしてますよ」
今から50年以上も前の車なのに、整備次第ではラリーに参加できちゃうのだ。そして、目の前のイセッタも整備済み。吉田さんにお願いして、イセッタで街を走っていただけることになった。僕は助手席でカメラを回した。
エンジン音が予想以上に大きかった。運転席とエンジンの場所が近くエンジン音がダイレクトに車内に響くから、と吉田さんが説明してくれた。
そして、シフトレバーがかなり固いらしく、シフトチェンジに苦労する吉田さんの姿が印象的である。一方で、カメラを回している僕が笑い過ぎだ。イセッタに乗れた喜びからテンションが上がっていたのと、シフトレバーの固い感じが、ちょっと出来の悪い子供のようでやっぱりかわいかったのだ。
イセッタとジロン自動車の名誉のために以下のことを付け加えておく
・シフトレバーの整備がまだ完璧でなかったこと
・エンジンが温まってからは比較的スムーズにシフトチェンジができた
20分ほど街を走っていただき、やっぱりCawaiiやつだなぁとシミジミ感じた。
他にもあった、Cawaii3輪車
イセッタでのドライブを終えジロン自動車に戻ってくると、整備士さんが古いカタログを見せてくれた。それはイセッタのカタログではなく、別の二人乗り超小型3輪乗用車のカタログだった。
チーフエンジニアの河口さんが
別の車のカタログを見せてくれた
ハインケル社のハインケル・カビーネという車らしく、これも本当にCawaii。
「縦に二人並んで座って走るんですよ」
と河口さん。
なんだそのボブスレーみたいな乗り方は!
パカッと天井が開くタイプ
これは子供用のおもちゃ
カエルみたいな表情がかわいいし、やはりボブスレーのような座り方が面白い。
縦に並ぶ座り方で、ここに来る前に下車した動物園前駅のホームを思い出した。
縦にベンチが並ぶ動物園前駅のホーム
その意味を説明するポスター
動物園前駅のベンチは、ハインケル・カビーネ方式だと言っても過言ではないだろう。
お持ち帰りか?
イセッタの実物を見せていただき、助手席にも乗せていただいた。
欲しい!
シフトレバーのを調整してもらえれば、あとはもう何も問題はない。
買っちゃう? 乗って帰っちゃう?
街中を走るイセッタもかわいい。
買いたい気持ちは山々であるが、大切なことを聞いていなかった。
お値段である。
このイセッタ、おいくらですか?
「はい。シートを張り替えたり、ガラスのモールも取り替えたりしてるので、総額で469万円です」
チーン。
買えるわけがない!
今回イセッタに乗せてくれたジロン自動車は、クラシックカーに強い会社だった。イセッタの他にも珍しいクラシックカーを沢山所有しているという。回転式の立体駐車場で次々とクラシックカーを紹介していただいたのだが、それがまるでファッションショーのようで楽しかった。