憧れのヒットマン生活が現実と離れすぎ問題
高層ビルのヘリポートから放たれた銃弾は、ビル群の隙間を縫うように突き進み、ターゲットの脳天にボンッと風穴をつくる。死を見届けたその足で、夕陽が突き刺さるコンクリート打ちっぱなしの家に帰り、バーボンのロックを片手にスイス銀行の口座への入金を確認するのだ。私が憧れたヒットマン生活はこんな感じ。勝手に。
ゴルゴに影響を受けた訳ではないと言ったばかりだが、口座だけはスイス銀行だ。ヒットマンへの振込先がゆうちょだったらなんか笑うだろう。ゆうちょが悪いとかじゃなくて、しいて言うならこの場合は平仮名が悪い。
しかし、現実は困難だ。ふつうヘリポートに部外者は立ち入れないし、自宅の日当たりは東向きがいいし、コンクリートの壁は夏は暑くて冬は寒そう!そもそも人を殺したらムショ入りだし殺したくもないし!そもそも、スイス銀行の口座開設ってどうすんの!?…
憧れが、健全な生活環境から離れすぎている。さて、どうしよう、唯一できるバーボンロックじゃ私にとっては背伸びした晩酌にすぎない。そこでと、ふと、昔観た「レオン」という映画の1シーンを思い出した。
狙う行為だけならできるかも
家族を麻薬密売組織に殺された少女が、復讐を誓って凄腕のヒットマン(正確には殺し屋)に殺しの技術を教えてもらうというストーリーなんだけど、その中で殺し屋が少女に狙撃を教えるシーンがある。そこで、ターゲットに実弾ではなくインク弾を撃っていた。
うろ覚えスケッチ
そうか、狙う行為そのものはできるのか。インク弾を撃たないまでも、カメラのシャッターを引き金と見立てれば状況は同じなのかもしれない。でも、スナイパーライフルは1kmと離れていても届くという。そんな遠方から狙えるカメラなんてあるのか?
あったよ!
17万円の高級カメラをレンタルして都庁の展望台へ
ネットで調べるとあっさり見つかった、SONY製のデジカメ機能付き双眼鏡「DEV-50V」(生産終了)。ほー、なるほど、バードウォッチングなどで需要があるといえばあるのか。しかもこれは静止画なら最大1.3km離れていても対応できるという。おいおい、最高かよ!むしろこれヒットマン向け商品じゃないのか!いや違うな!
これはレンタル品だが、本体価格は17万円前後もする。育児中の母ライオン並に周囲を警戒しながら、都庁の展望台へ向かった。なぜ都庁か。無料で行ける一番高い場所だったからだ。
「馬鹿と煙は高いところへのぼる」と言われたら今は否定できない。
天候よし!今日は狙撃日和だ。
双眼鏡カメラの性能をご覧ください
撮影のお手伝い役で友人の松本さんに来てもらった。無表情だが喧嘩中ではない。
このカメラの実力を示すために松本さんをズームしてみよう。
※少々ショッキングな画像が表示されます、気をシッカリ保ってください。
私「お…うわ!うわー!!」
私「怖いわ!!」
松本さん「何がだよ」
私「覗いてみたら分かります」
彼の側頭部から髪がピーンと立っていますが、妖怪が近くにいるのではなく間接照明です。
私「お…うわ!うわー!!」
私「これはこれで怖いわ!!」
松本さん「すごいねコレ…え?」
それではぼちぼちヒットマン体験スタート!
今判明していることは、カメラを覗いたときの見た目が視力が強化されたサイボーグっぽく見えるというだけだ。
ちゃんとした実力はこんな感じ!すごい。
友人たちに嘘の集合場所を伝え、ターゲットに仕立て上げる。
「見ず知らずの人を撃つのか」というと、たとえ撃つフリとは言えそんなことはしない。実はこの一週間前に都庁からの下見は終えていて、狙撃の舞台に相応しい(展望台から見通しの良い)場所を、集合場所としてターゲットになる三人の友人たちに伝えている。
もちろん都庁の上から狙っていることは伏せているため、ターゲットはヒットマンの存在に気づかないまま最期を迎える(私の脳内で)。その場所に水嶋がいると思いきや都庁から撃たれる。嘘をついた上に、勝手に殺したことにするのだ。ひどい。怒られたときに平謝りで応える準備も完璧だ、ごめんなさいごめんなさい!さ~どんと来い!
ターゲットに伝えている狙撃場所をまとめるとこうなる。
予定時間順に、ターゲットA・B・Cとします。
プロのヒットマンでも日に三人も撃つ仕事はそうないだろう、よく分からないけど、三千万円は見積もっていいと思う。三人の友人にはそれぞれ45分間隔で時間をずらし、新宿中央公園、成子天神社、ミロード新宿南の連絡通路、この三箇所を指定した。ヒットマンは余裕が大切だ。今こそ、理想と現実の答え合わせをしてやるぞ!
いつでも(でもなるべく時間通りに)来い!
おーいえ!マジかな
ターゲットは遅刻する
びっくり。でも、そうか、ターゲットも人間だ、遅刻して当たり前じゃないか。
理想のヒットマンの世界において、ターゲットは、朝10時にジムで汗を流すとか、昼12時は社長室で執務をこなすとか、なぜだか時間が決まっている。が、現実のヒットマンではこういったイレギュラーなことだって起こる。現実は台本通りじゃないんだ、そりゃそうだ。
「獲物は動く」という当たり前の事実に翻弄される新人マタギも、きっとこんな気分なのかもしれない(そんな気分があるかどうかは知らない)。な、何はともあれ、一人45分は時間を見積もっている。その間に来てもらえる分にはまだ大丈夫だ…。しかし、結局そのまま45分が経過し、AくんとBさんの順序は入れ替わってしまった。
ターゲットに両手を上げて合図してもらう
神社を集合場所に指定した、Bさんから連絡が。
それっぽい人が…!
私「あ!もういますか!?」
B「まだ向かってる最中です~」
おっと、あぶねー!!無関係の人を撃つところだった!!神社にお参りしているときに撃たれるとか、天罰だと思われそうだし、本当に私へ天罰が下りそう。そもそも無関係な人を巻き込むなんて廃業ものだ。危ない危ない。
あ…あの人かな!?
私「います?」
B「いますよー」
私「うーん、念のために手を上げてもらっていいですか?」
B「え?」
B「なになに?」
お命頂戴!!
私「お疲れ様です!ありがとうございました」
B「え、これは今、どこからか見てるの?」
私「はい、都庁から見てます」
B「都庁!!?」
私「展望台までご足労いただいてよろしいでしょうか!すべてお話します」
撃った、ついに撃ってしまった…感動…。実際に銃(カメラ)を構えてみると、手ブレで照準を定めることがかなり難しい。しかし相手に自分の位置を悟られずに撃ったという感覚は、まさに私が憧れていたヒットマンそのものだ。確かな手応えを感じていると、スマホの着信音が鳴った。
スマホ「ピローン」
私「もしかして…」
Aくん、来た来た!
急いでAくんを狙撃できる場所に移動する、ヒットマンも大変だなー!
スタンバイ!
スーツケース…??
私「Aくんじゃない?大道芸人の方かな」
松本さん「なんか、それっぽいね」
私「場所間違えてるのかなぁ、聞いてみよう」
私「公園のどこにいるー?」
A「滝の前ですよ!赤い服です」
私「え、もしかしてスーツケース開いてる?」
A「え、なんで分かるんですか!?」
私「やばいやばい!」
慌てて…ズキューン!!!
私「なんでスーツケース持ってんの!?」
A「え、いや、このあとフィリピン行くんで…」
私「そんな忙しいときに心からありがとう!!」
A「どこにいるんですか?こっち?」私「都庁の展望台」A「えぇ!?」
ターゲットには明るい背景の場所に来てもらう
最後にCさん、場所はミロード新宿のそばにある連絡通路だ!
もしかして、あの人影か…?
私「今どこにいるー?」
C「集合場所のエスカレーターの近くだけどー」
私「あー、確認したいのでエスカレーターを正面に右にズレてもらえない?」
C「確認??こう?」
私「手上げてみて」C「はい」
捕捉…ズキューン!!!
C「え、何?何なの??」
私「今都庁から撃たせてもらったわ」
C「は?都庁!?どういうこと!?」
ターゲットのみなさんにお越しいただきました
ターゲットのみなさんにお越しいただきました。
左から、Bさん、私を飛ばして、Aくん、Cさん。
Aくん「確かにこれすごいですね!」
Cさん「うっわ、すっごい見える!」
私「そうでしょう?そうでしょう?」
開発した訳でもなければ買った訳でもないのに誇らしい、レンタルっていいな。
ちなみに、撃たれたこと自体は誰も怒ってなかった。というか、指定した集合場所が妙だった時点でだいたいの状況は察知していたらしい。
Bさん「いや、でも、まさか都庁とは思わなかったよね」
Aくん「ですよねー」
Bさん「近かったら返り討ちにしようと思ってたんだけど」
私「えっらいもん持ってきてますな!!」
Bさんが返り討ちで撮った写真、さすがにハッキリとは分からないですね~と話していたら…。
後日写真を拡大すると、かなりシッカリと捕捉されていた。
このときはお互いにカメラを通して睨み合っていたということか。どうでもいいけど、私の立ち姿がUFOから地球を眺める宇宙人っぽいな。ヒットマンは、ときに反撃に遭うこともある。他人の命を奪おうとする者は自分の命もまた奪われかねないのだ。
最後にちゃんと私も撃たれました
誰も怒っていなかったとは言え、私だけ一方的に撃つのもフェアではない、それにカメラの返却期限までまだ時間もあるし。ということで、私と松本さんも甘んじて都庁の展望から撃たれることになった。
移動する私と松本さん。
こうして地上に下りて仰ぎ見ると、「都庁から!?」って確かに思うな。
Bさん「そこで寝転がってください」私「え?はい」
私「これでいいですか?」Bさん「いいよーとてもいいよー」
撃たれた人と、
驚く人の絵だそうです。
ヒットマンは安らかな死を迎えられないのだ…。
ヒットマンは大変だ
今回のヒットマン体験を通して、いくつかのことが分かった。
・ターゲットには明るい服を着てもらおう
・狙撃場所には日陰など背景が暗くなる場所を選ばない
・スコープを覗くときに邪魔なので狙撃中はサングラスを外す
・ターゲットは遅刻することもあるから狙撃のタイムテーブルはゆるめに
理想の1%にも満たないイージーモードで、こんなに苦労すると思わなかった。勝手なイメージで体験してみた訳だけど、大変だと分かったし、自分の中で区切りがついたのでもう憧れることはないように思う。でも、ヒットマンであろうと何だろうと人は殺しちゃダメだと思うから、社会に生きる人間としてはそれで正解なのかもしれない。
侍と忍者への憧れもあるにはあるので、次は真剣を持ったり手裏剣を投げてみたいと思う。