羊をめぐる12年越しの壮大なストーリー
このニュースはTwitter上でも大いに盛り上がり、「レアな求人!」「憧れの職業らしい」「こんな機会、二度とないのでは?」などと皆さん興奮気味である。
ちなみに応募資格は「美術系大学または専門学校を卒業し、コンピュータ・グラフィックス等、コンピュータを使用したデザインの専門知識を有し、これらに関する業務の実務経験を3年以上有する方」。
書類選考と実技試験、面接を経て今年の夏には晴れて採用者が確定する。
こちらがそのツイート。
ダメ元で取材依頼をしたらOKが出た。勇んで日本郵便の本社へ向かう。「切手デザイナーさんの話を聞きたいんです」とお願いしたところ、なんとお二人もセッティングしてくれた。
やはりポストが似合う
切手デザイナー歴17年の星山理佳さん(右)と同3年の楠田祐士さん(左)。いただいた名刺の肩書きには「切手・葉書室 切手デザイン担当」とある。
なお、ネットなどを使って広く募集をかけたのは今回が初めてだそうだ。
お二人には過去のお気に入り作品を持ってきてもらった
星山さんは何といっても「羊のマフラー」だ。2015年の年賀はがきの切手デザインは、干支である未(ひつじ)がマフラーを巻いているデザイン。12年前の2003年は編み物をしている羊だった。
編み上がったマフラーを巻いている!
12年越しの壮大なストーリーは大きな話題を呼んだ。
星山さんいわく、「やらせてもらえるかわからなくてドキドキしましたが、運良くアイデアが通りました」。
サイズの規格は万国郵便連合が定めた「1.5センチ以上、5センチ以下」というもののみ。この範囲内で「額面の数字」「NIPPON」「日本郵便」という文言を含むデザインがなされる。
年賀切手は新人のデビュー作的な位置付け
かなり狭き門と思われる切手デザイナー。どんな人が採用されるんだろう。
「僕は将棋が好きなので、それぞれの駒を戦国武将に見立てた立体将棋盤を作り、ポートフォリオにまとめて提出しました(笑)」(楠田さん)
やはり人と違う発想力を問われるのだ
そんな楠田さんだが、最近の仕事として2016年の年賀切手を見せてくれた。干支は申(さる)である。ちなみに、年賀切手は新人のデビュー作的な位置付けだという。
「こんなかんじですね」
猿が鐘を背負っている。この郷土玩具がデザインのモチーフだ。
「郷土玩具は書籍やネットを駆使して探しています。調べたら滋賀県の職人さんが作っている作品で。ご高齢なので手紙とFAXで丁重に御願いをして使用許可をいただきました」
えっ、そんな交渉までデザイナーさんの仕事なんですか?
「そうです。こういう旅シリーズも自分でお寺に電話して。京都に赴いて挨拶をしたこともあります」
「My旅切手シリーズ 第2集」は4月14日発売
もしや、イラストレーターさんのセレクトや交渉も?
「いえ、これは絵も自分で描きました(笑)」
おっと…。
様々なタッチで描き分ける
ちょっと、すごいじゃないですか。1年間に発行される切手は約50シリーズ、券種にして約500種類。通常は発行の8カ月前ぐらいに企画がスタートし、半年前にはデザインを完成させないといけない。忙しいのだ。
「ぶっちゃけ、そんなに忙しくないのでは?」と思った奴に説教したい。僕だ。
こちらは「My旅切手レターセット」
各観光地の見どころをデザインした切手と、楽しむポイントを解説したミニコラムが付いている。もはや旅雑誌である。
一応聞きますが、これも全部一人で作るんですよね?
「はい。ただしプロの助言もいただきましたが。仕事はプランナーとの二人三脚ですが、デザインに関する作業はすべてデザイナーが行います。そうだ、新しいことにチャレンジしようと思って作ったのがこれです」
冬のグリーティング切手
新しいこととは?
「一見5種類に見えますが、じつは6種類あるんです」
いわゆる「間違い探し」である
なるほど、指揮者のタクトや弦楽器奏者の弓の位置が微妙に違う。楠田さんのドヤ顔が輝く。
クッキーを焼くのも切手デザイナーの仕事
ずいぶん驚いたところで、主任デザイナー・星山さんの出番だ。まず、見せてくれたのは「星の物語シリーズ」。
お値段1500円なり
「『星がテーマだから星山よろしく』と上司に指名されまして(笑)。これはプランニングから完成まで4、5カ月かかりましたね」
特色を多用したぜいたくなデザイン
「1500円? ちょっと高いかな」と思ったあなた。この美しい82円切手12枚に季節ごとの夜空の物語を綴った冊子もついているのだ。
さすがに専門的すぎる原稿は天文台の先生に依頼したそうだ
「クッキーなんですよー」
「私が焼いたんですよー」
星山さんの辞書に「イラストで済ませる」あるいは「料理研究家に頼む」という文字はない。
この角度だとより立体感が出る
イメージ通りのクッキーにするためには自分で焼くのが一番と思ったからとのこと。クッキーを焼くのも切手デザイナーの仕事なのだ。
それぞれの「得意分野」がある
料理好きの星山さんは、どうしても食べ物をモチーフにした作品が多くなる。こちらも、そのひとつ。美味しそうな和食かと思いきや…。
「これ、全部手作りのミニチュアなんですよー」
切手デザイナーの仕事にミニチュア作りが加わった。ここまでされたら降参するしかない。デスクに実物があるというので見せてもらった。
切手デザイナーの部屋
楠田さんのデスク
几帳面な性格ゆえだろうか。整理整頓が行き届いている。
星山さんのデスク
霞ヶ関のオフィス街を望む
かわいい動物たち
切手デザイナーにはそれぞれの「得意分野」というものがあり、星山さんの場合は料理と動物なのだ。
右の写真は飼っているチワワの犬太(けんた)ちゃん
家庭で餃子を作る際は犬太用のものを別途で調理するほどの愛犬家だ。
右が犬太ちゃん用の餃子である
アジの開きのシズル感に唸る
少々寄り道をしたが、問題の料理ミニチュアである。
弁当箱のような包みを開けると…
こちらでございます
「紙粘土で成型して着色しています。平日は別の仕事があるので、土日を使って3週間ぐらいで作りました(笑)」
もはや職人である
アジの開きのシズル感…
ここで「何? 取材?」とデザイナールームのリーダーが登場。
玉木明さん
「郵便切手は公共的な色彩が強いので、誤解を与えるようなデザインはダメ。あとは、他の媒体と違ってとにかくサイズが小さいのが特徴でしょうね。『省略』と『強調』というキーワードが自然と刷り込まれています」
切手デザインという特殊な世界
「切手デザイナー募集」のニュースを見て申し込んだ取材。書籍や雑誌のデザイナーとは交流があるので、彼らの仕事はだいたい把握できる。しかし、数センチ四方の枠内で戦う切手デザイナーの世界はやはり特殊なものだった。
はがきや封書を投函する際にちらっと目にする程度だった切手のデザインだが、そこにはデザイナーの愛と情熱が盛り込まれている。8人目の切手デザイナーはどんな人だろうか。この記事を読んでくれたら、面接の際にぜひアピールしてください。