量子力学とぼく
最初は学生の頃だったと思う。ショベルカーの立ち姿にあこがれて理系を選択した僕は、量子力学についてもさわりだけを習った。詳しいことは忘れてしまったので今調べたのだけれど、それはおおむねこんな感じだった。
「粒子の存在している状態が雲のように広がっていて、その様子を計算します。」
「波の性質と共に、粒の性質も持つという考え方です。」
……。
理論うんぬんの前に日本語として難しい。存在している状態が雲のように、ってどういうことか。
当時の僕には理解できないなりに、世の中にはまだわからないことがたくさん存在するんだなー、という印象だけが残った。それからというもの、暗黒物質もヒッグス粒子も、ネッシーとかUFOとかと同じ箱に入れて興味本位で眺めていただけだった。
そんな不思議な量子力学だが、最近になって人生何度目かの大接近が訪れた。
きっかけは鳩
その後TOCANAは「webメディアびっくりセール」にも出店してくれて、僕は彼らからUFOの本を買った。これもやっぱり面白かった。
仮定:ダースのこだわりは量子力学で説明ができる
TOCANAの記事以来、量子力学にすっかりハマっていた僕は、そのこだわりというのはもしかして鳩が壁をぬけるように、量子力学的発想で説明できるんじゃないかと考えた。正しい正しくないは置いておいて、理屈としてこじつけることができたら面白いぞ、と。
くわしい人に聞いた。
――お久しぶりです。
中村「ほんとですよ、安藤さんとは何年かスパンでしか会わないですね。」
――そしてたまに会うと変なお願いばかりする。
中村「あははは。今日はなんですか。」
中村さんとの出会いは飛行機の機内だった。10時間くらい乗る飛行機で、たまたま隣が日本人だったので話しかけたらものすごいおもしろい人(中村さん)だったのだ。けっきょく成田に着くまで夜通し話し込んでしまった。
中村さんは東京大学在学中に電気情報工学を専攻、修士課程を終えるまでの間にインドで起業している。その知識と経験を生かしたのかどうなのか知らないが、卒業後はマッキンゼーという会社を経て現在は数社の取締役を兼任、他にもファッションブランドへ投資したりと幅広く活躍している。
ひとことで言ってしまうと天才なのだが、不思議とこの人には壁がないのだ。趣味が筋トレだから壁なんて壊しちゃったのかもしれない。
壁、そうそう、壁である。
――中村さんに聞きたいんですが、量子力学的な理解でいくとトンネル効果によって鳩が壁をすり抜けることとかあるんですか?
中村「それはそういうサイエンスギャグに対しての回答でいいんですか。もちろん理論上はそんなことあり得ませんよ。壁に鳩をぶつけたら100羽中100羽死ぬと思います。ただ、量子力学にトンネル効果という考え方があるのは事実です。」
目には見えないけどないと、ないと理屈に合わない
――目には見えないけど、そう考えないと理屈に合わない、と。
中村「そうですね。離散的に存在しているものにも厳密には連続性があるということです。」
0と1のように見えても実はその間もあるということだろうか。寝ている状態と起きている状態の間には、ぼやぼやしながらなんとなく座っている状態、が存在する、みたいなことかもしれない。
中村「トンネル効果は半導体の中で論じられることが多いですね。たとえば半導体の内部で電圧を高くしていくと、どこかで電子が壁をすりぬけてもれることがあるんです。目には見えないんだけど、外にもれ出たと考えないと理屈に合わない。」
――電子は壁をすりぬけるのに鳩はすり抜けないんですか。
中村「鳩は巨視的な話ですから。壁をぬけるっていうのはもっともっと小さな世界での話です。」
中村「量子力学的にいうとすべての物質には粒としての性質(粒子性)と波としての性質(波動性)を持っているんですが、僕たちがいま目で見ている世界では粒子性の方が強く出過ぎてしまうので、波動性は無視できてしまうんです。」
――ダースはどうですか。量子力学的に見ると箱の外にもれ出てきませんか。
チョコはしみ出してこない
――はい。今回はなんとかしてダースで量子力学を語りたいんです。
むちゃな球なのはわかっている。しかし中村さんはどんな球でも正面から打ち返してくるからすごい。
中村「そうですね。たとえば僕が時速200キロでダースを投げたとします。」
――200キロで投げるとダースは波になるんですか。
中村「粒です。もっといえばチョコです。波としての性質も計算上出せるというだけで。」
――ごめんなさい、もうちょっと猫でもわかるくらいの例えで、お願いします。
中村「じゃあですね、たとえば量子力学には井戸型ポテンシャルっていう例題があります。超深い井戸の底にある粒子がどこにあるのか確率的に求める問題です。」
チョコは箱の中と外に同時に存在する?
中村「井戸が無限に深いと、粒子は井戸の底から出ることができずに中心あたりをうろうろしているんです。粒子がどこに存在するかという存在確率はシュレディンガー方程式というややこしい式を解くことで計算できます。でもダースの箱は無限に高くはないじゃないですか。大きな外圧とか加わった場合にはダースが外に出てくる可能性もありますよね。」
――箱が無限に高かったら子どもが食べられないですからね。
中村「はい。そう考えるとダースは開ける前から箱の中にも外にも存在しうる可能性がある。そう定義できるかもしれません。いわばダースの箱型ポテンシャルです。」
――箱の中にあると同時に、外にもあるかもしれないんですか。ダースは。
すごい。シュレディンガーの猫みたいに相反する状態がダースにも混在しうるのだ。
中村「あくまでもギャグですけどね。量子力学をわかっている人にはウケるんじゃないかな。」
ダースが箱の中にじっと納まっているのも、粒としての性質が強いからである。
中村さん、この理解であっていますか。
もうちょっと基礎から知りたい
今度は基礎物理学の専門家に聞いた。
僕が前の職場で席が隣だったというだけで今回の出演が決まった。量子力学的に言うとパーテーションから友情という波がしみ出した形である(要するに単なる友人)。
伊藤先生は熱流体工学の専門家なので、量子力学とはちがって基本的に目に見えるものが研究対象である。なんとかしてダースの秘密も解けないものか。
――そんな冷たい言い方はないでしょう。今回は伊藤先生に難問を持ってきました。チョコレートのダースです。この形、ただの四角ではないんです。
伊藤「四角錐台ですね」
――そういうんですか。この形が実は物理学的に有効なんじゃないかと思っていまして、先生にはそれを説明してほしいんです。
伊藤「どういうことですか!」
――そう焦らず、まずは体積でも計算しましょうよ。
チョコの体積を計算する
伊藤「四角錐台の体積なら公式で求められるじゃないですか。そのくらい安藤さんだって習ったでしょう。」
――公式なんて使って解いても実感がないでしょう、いいんですかそれで。
伊藤「ならば底面積を高さで積分したらどうですか」
伊藤「安藤さん、専攻たしか物理ですよね」
――はい。流体工学研究室でした。でも今は僕にではなくて、画面の向こう側にいる70億の読者にむけて話してください。
伊藤「めんどくせえ」
――ダースのこの変わった形の体積を求めるのに、誰でもわかる方法ってないんですか。
伊藤「だったらアルキメデスの原理ですかね。押しのけた流体の重さと同じ大きさの浮力を受けるってやつ。密度がわかっている水でやれば体積が出ますよ。」
――ではそれでおねがいします。
伊藤「やるんすか、ここで」
――やりましょうよ。わからないままにしておいて研究者として悔しくないんですか。
いま考えると物理の好きな伊藤先生のことだ、あれは作用反作用の法則を確かめたかったのかもしれない。
たぶん違うから先を急ぐ。
アルキメデスの原理で体積を求める
伊藤先生がいつかノーベル賞をとったらこの記事をみんなに自慢したい。
――大学にいるとこういう依頼ってよく来るんですか。
伊藤「来ないですよ。だいたい誰がダースの体積測って嬉しいんですか」
――アルキメデスはこれを発見したときに「エウレカ!(わかったぞ)」と叫びながらはだかで走り回ったらしいですよ。
伊藤「うるさいなあ。はだかで走らないですよ、僕はいま公務員なんだから。」
――だめです。
――だって合っているかどうかわからないじゃないですか。誤差がどれだけあるかもわからないし。
伊藤「だったらだいたいの大きさで計算してみましょうよ」
ダースは強風の中で食べられるのか
伊藤先生の専門は熱流体のはずだ。ダースがこの形に落ち着いた理由を流体工学的に説明できないか。
伊藤「強引でいいですか」
もちろんいいです。そもそも強引な企画なので。
伊藤「そう考えたいならそれでもいいです」
――これはなんとなくわかる気がします。単に風に当たる面積が広いと抵抗が大きいということですか?
伊藤「基本的にはそうです。あとは表面の形状にもよりますが、実際には角の部分で流体の剥離(はくり)が起こるので乱流抵抗も加わってもう少し複雑になります。」
――ところで基礎物理学ではダースが壁を通り抜ける、なんてことないんですか。
伊藤「見たことありますか、そんなチョコ。壁から出てくるチョコを、あなたは。」
実はこのあと一緒に濃い食塩水を作ってダースを浮かす、という実験をしたのだけれど、どれだけ食塩水を濃くしても浮かなかったので記事からは省かせてもらった。そうしたら後日、伊藤先生から「砂糖にしたら浮きました!」というメールと共に写真が添付されてきた。
森永製菓に実際のところを聞いてみた
専門家たちの話を総合すると、やはりダースのこだわりには物理学に通じるところがあるように思う。
実際どうなのか、森永製菓に聞いてみた。
――ダースのサイズと形は、物理法則によって決められているんじゃないかと思うんですが。
森永「ダースの形は板チョコにはない噛みごたえと、粒チョコとして最もおいしく感じられるサイズを試行錯誤で決めています。」
――物理実験からではなく?
森永「物理の計算よりもむしろ食べたときの食感を大切にしています。板チョコよりも厚みのある粒タイプなのですが、硬すぎずに口どけのよい食感になるよう、油脂配合などを調整しています。」
――表面のつるつるは空気抵抗を考えてのことだと思うんですが。
森永「とくにそういうことではないかと思います。表面のつるりとした感触は、口に入れた時の舌触りの良さのためです。」
ちがった。
――この際だから聞いておきますが、ダースの粒がじつは波の性質も持っていて、まれにパッケージからしみ出してくることとかってありませんか。
森永「ないと思います。ダースのパッケージは簡単に開けられてしっかり閉められるよう工夫されていますので。」
ありがとうございました。
ダースはすごいし、物理はおもしろい
そしてダースについて言えば、形から舌触りまで、実にこだわりぬいて作られていることがわかった。物理法則よりも人の感覚を大切にしているのだ。知らずに食べているよりも、知ってからの方が美味しく感じられるんじゃないかと思うんです。