特集 2017年1月27日

マリー・アントワネット気分になれる銭湯

「執事はどこなの? 執事は」と言いたくなるような入口。銭湯の概念を打ち破っている。
「執事はどこなの? 執事は」と言いたくなるような入口。銭湯の概念を打ち破っている。
「リカちゃんハウスのような銭湯に行ってきた」と、デイリーポータル元ライター神田ぱんさんがつぶやいていたのを私は見逃さなかった。

結論から言ってしまおう。

リカちゃんハウスでもあり、ディズニーランドでもあり、ラブホのようでもあり、プチベルサイユでもあり、宝塚っぽくもあり、デビ婦人の自宅のようでもあり、秘宝館ぽくもあり、そのどれにも属さないような目映いばかりのゴージャス銭湯。

それがこの、「ベルサイゆ クアパレス」だった。
(編集部注:10年前にも取材していますがすごいので改めて取材を敢行しました!)
イカとタコが大好きで、食べたり被ったり本まで出版しました。
でもサイコーに好きなのはアワビだったりします。世間に対する謙虚です。

前の記事:うなぎカマボコを、うなぎと言って食べさせた

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ひっそりと闇夜に佇む習志野ステーション

すでに1時間半遅刻している。
電車内で寝過ごすのを恐れた私は、
「○分に着くから2分前に電話で起こしてください」
と連絡をいれた。寝る気満々である。

友人らの万全協力体制のおかげで、無事に降りた新京成電鉄「習志野駅」。

ガラーン。シーーーーン……。
その駅名看板だけがやたらまぶしいほど、改札の外は闇あんど静寂。世界中の人が眠っているような気配がする。
こ、ここにあのゴージャスが? い、いやそんなはずはない。あそうだ、きっとJRの習志野駅だ。
こ、ここにあのゴージャスが? い、いやそんなはずはない。あそうだ、きっとJRの習志野駅だ。
改札に戻り、どの方角に行けばJR習志野駅があるのか駅員さんに訊ねることにした。お互いの思い込みで会話が成りたたず、かなりの時間を要することになる。けっきょく

・JR習志野駅は存在しない
・あるとしたら新習志野
・そこまで電車でもタクシーでも40分くらいはかかる
・クアパレスはここが最寄り駅

という新情報を得た。「新」でも「思い込み」でもなんでもない、ただ単にすべて私の勘ちがいだった。

それでも、目覚めて急に真夜中に放り出されたからか、キツネかタヌキに化かされたような気分が拭いきれない。こうなったらゴージャスですべてを洗い流すしかないだろう。

駅員さん、その節はご親切にありがとうございました。とはいえ、実は今でも、車の「習志野ナンバー」はあるのにJRがないことに釈然としない思いもあります。

はぁー。ここが習志野かぁー。

静まり返った住宅街を歩いて、突如現れる光のイリュージョン。たとえば迷ってさまよっていた人がいたら、驚きのあまり腰を抜かすかもしれないまばゆさ。ある意味、警戒区域だ。
静まり返った住宅街を歩いて、突如現れる光のイリュージョン。たとえば迷ってさまよっていた人がいたら、驚きのあまり腰を抜かすかもしれないまばゆさ。ある意味、警戒区域だ。

全部で何ワット数なのか……。

外観だけでもコレである。光は四方八方に広がりを見せ、まるで自分がスポットライトを浴びているかのようだ。

同行してくれたのは、スペシャルガイドとして神田ぱんさん。そして漫画家のまんしゅうきつこさん。彼女は週刊SPA!で実録銭湯漫画『湯遊白書』を連載中で、今回の銭湯ツアーもいずれ誌面で公開されることと思う。要チェックだ。

ゴージャス初心者の2人はおずおずと、しかし神秘的なパワーに導かれるようにその異次元的建造物に近づいていった。おそらく、UFOに遭遇したときってこんな感じではないでしょうか……。
金ピカーーーーッ! 足を踏み入れる前に、まず覗いてしまうほどのきらびやかさ。美しいものを目にしたときって、みな挙動不審になるものではないのか。
金ピカーーーーッ! 足を踏み入れる前に、まず覗いてしまうほどのきらびやかさ。美しいものを目にしたときって、みな挙動不審になるものではないのか。
実はこの「ベルサイゆ クアパレス」、終戦後から創業の老舗銭湯。もともとは「富士見湯」という名だったらしい。1990年春、全面リニューアルをスタート。

オーナーことご主人が、「きらびやかなものを見るとつい買ってしまう」とのことで、着々とプチリニューアルは続行中だそうだ。
宮殿のようなホール。ゴールド! シャンデリア! 生花! そして電気! 何個なの!? 装飾品はもうどこから見ていいのかわからない。
宮殿のようなホール。ゴールド! シャンデリア! 生花! そして電気! 何個なの!? 装飾品はもうどこから見ていいのかわからない。
銭湯でいうところの「番台」。日や時間帯によってはここで2匹のプードルが出迎えてくれる。
銭湯でいうところの「番台」。日や時間帯によってはここで2匹のプードルが出迎えてくれる。
さすが、ベルサイゆ宮殿である。
フランス貴族に愛されたオシャレ犬プードル。ご自宅には4匹いるそうだ。おとなしいのでヌイグルミだと思う人もいるのだとか。

30年近くかけて収集したゴージャス&メルヘン

すでにご覧いただいた外装、ホールを始め、ラウンジ、脱衣所、廊下、パウダールームのどこをとっても1ミリの隙もないゴージャス&メルヘン。

さすが、30年近く地道に集めてこられただけある。これだけ多いとどこを見ればいいのかわからず、目が泳いでしまう。質素な生活になれている人ならば、めまいを起こしかねないぞこれは……。
おそらく特注であろうロッカー。玄関の下駄箱も同じテイストだった。ディズニーランド、不思議の国のアリスを彷彿とさせる。外だけじゃないぞ。中もスゴいぞ。
おそらく特注であろうロッカー。玄関の下駄箱も同じテイストだった。ディズニーランド、不思議の国のアリスを彷彿とさせる。外だけじゃないぞ。中もスゴいぞ。
ロッカー内のトリプルハートなハンガー。ここまで徹底していたら、中年も老人も、乙女な気分にひたれるはず!
ロッカー内のトリプルハートなハンガー。ここまで徹底していたら、中年も老人も、乙女な気分にひたれるはず!
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女湯への通路。バカでかい絵画が道しるべのように出迎えてくれる。
女湯への通路。バカでかい絵画が道しるべのように出迎えてくれる。
この画像をいきなり見せて「銭湯の脱衣所」と当てる人など世界中さがしても見つからないだろう。
この画像をいきなり見せて「銭湯の脱衣所」と当てる人など世界中さがしても見つからないだろう。
脱衣所の別角度から。大変無粋だが、「値段予想クイズ」とかやればよかった……。
脱衣所の別角度から。大変無粋だが、「値段予想クイズ」とかやればよかった……。

趣味だけではない。お・も・て・な・しのココロ

お気づきだろうか。こちらのクアパレスはあるモノに固執する一面があるようだ。

まず時計が多い。照明が多い。鏡が多い。造花ではない生花が多い。もちろん絵画や装飾調度品のほかに、やたらめったらテレビがある。
脱衣所だけでテレビ3台、浴室にも3台。みなちがう番組が流れていた。

どこでも時間を確認できるように、暗い思いをしないように、自分の姿をチェックできるように、「あらこれ造花だわ」とガッカリさせないように、美で心が満たされるように。好きなテレビが観られるように。俗世で疲れきった心身を癒せるように……。誰しもがマリー・アントワネットになれるように!

ようするにサービス精神のなせるわざである。あれだ。お・も・て・な・しの心だ。そのカタマリだ。

そもそもプードル4匹というのもやはり多いな……。
このような装飾品は数えきれないほど。
このような装飾品は数えきれないほど。
銭湯でツタンカーメンにお会いできるとは……。
銭湯でツタンカーメンにお会いできるとは……。
こんな鏡を毎日見ていたら、ふさわしい女になれるよう、もっと努力するような気がする。
こんな鏡を毎日見ていたら、ふさわしい女になれるよう、もっと努力するような気がする。
何がスゴいって主婦目線で言うと、このような掃除が大変そうな調度品にホコリひとつないところだ。
何がスゴいって主婦目線で言うと、このような掃除が大変そうな調度品にホコリひとつないところだ。

お風呂は14種類。銭湯の概念を超越したテーマパークだ

オリジナルスパも充実して、お風呂は14種類。サウナも高温・中温あり。
スーパースリムエステバス2種(爆流によりすっ飛ばされそうに……)/爆泡スリムジャグジー(水流で体が浮き上がる)/カクテル岩盤泉(岩盤浴もプラス)/座り湯/肩たたき指圧スパ(ジェット噴射で肩こり解消/せせらぎの湯(男性のみ)/EMSパルスエステ(低周波パルス)/ヒップアップバス/ウエストスリムバス(強い水流でウエストをマッサージ)/泡泡ジャグジー/スプリンクルジェット(上横6カ所からシャワーが吹きだす)/水風呂/うたせ湯(上から滝のようにお湯が落ちてくる)
ここでいきなりの告白をする。
私は湯船が好きではない。海や川は大好きだが、お風呂にはなにかトラウマのようなものがあるのだろう。ハッキリ言って半世紀生きてきて、同じ湯船に3分以上つかったことがないと思う。

とにかくダメなのだ。
そんなわたしでも気に入ったのがこちらのカクテル岩盤泉。日によって変わるらしいが当日はピンクがかった乳白色で「これってマリー・アントワネットでは?」と思ったのがこの時だった。映画マリー・アントワネットで、パステルピンクに魅せられたせいかもしれない。

そしてスーパースリムエステバス。爆流がお腹にヒットして、立ち向かうだけで必死の形相だ。これが実にたのしい。なにかのアトラクションのようなのである。

そうだ、ここは銭湯の概念(個人的のね)を超えたテーマパークだ!
サウナを堪能する2人を残して1人早々に浴室をでた。向かった先はパウダールーム。ミラー横のランプはイタリア製だったが、気分は完全にアントワネット。下着姿のアントワネットである。失礼します。
サウナを堪能する2人を残して1人早々に浴室をでた。向かった先はパウダールーム。ミラー横のランプはイタリア製だったが、気分は完全にアントワネット。下着姿のアントワネットである。失礼します。
先ほど、湯船はキライとカミングアウトをしたが、実は銭湯は好きだ。矛盾はしていない。

1日に何軒も巡る旅にも行ったことだってあるし、脱衣所の雰囲気は情緒があってなによりよい。みなを待つあいだ、見知らぬ人たちの前で素っ裸でうろつきながら、フルーツ牛乳を飲んだり、大きな扇風機にむかって「あ~」などと声を出しているあの時間も好きだ。

クアパレスには風情はないがテーマがある。そう、ゴージャスというテーマが。

まんしゅうきつこ、6万円のピアスをなくす

それぞれのアントワネットを満喫したあと、まんしゅうきつこさんが夢遊病者のように館内をうろつきはじめた。

何事かと訊いたら、どうやら3年間つけっぱなしにしていた6万円のピアスをなくしたらしい。

オーナーさんや奥様にも声をかけ、さがしていただいたがついに見つからない。
「60万円じゃなくてよかったねー」などと言って私は彼女を精いっぱいなだめた。
まるで幽霊。人のミスがうれしくて仕方がない様子の筆者。いや、そんなことはないんだけど……。
まるで幽霊。人のミスがうれしくて仕方がない様子の筆者。いや、そんなことはないんだけど……。
せっかく心配、同情してあげたにもかかわらず、翌日にはこんなのんきなことを言っていた。
帰りの「習志野駅」のホーム……。ああ別世界。
帰りの「習志野駅」のホーム……。ああ別世界。
駅のホームはひとっこ1人いなかった。これが夢空間のあとの現実。アントワネットはギロチンで処刑され、私たちはふたたび現実に戻っていく。

しかしこのギャップこそが「ベルサイゆ クアパレス」の存在意義ではないのか。なにもかも忘れ、心身ともにリフレッシュ。そしてまた明日という1日を迎えることができるのだ。ヤッホーーー!

こちらの様子は、まんしゅうきつこさん連載の週刊SPA!実録銭湯漫画『湯遊白書』でもレポートされます。
乞うご期待!!


クアパレス
http://www.kurpalace.com/

千葉県船橋市薬円台4-20-9
TEL 047-466-3313
新京成線 習志野駅より徒歩5分
入浴料金:430円

イベントのお知らせ

やぎハチ20!~やぎの目 林雄司 Weekly Teinou 蜂 Woman 土屋遊 開設20周年記念~

20年を迎えた個人サイトふたつでの合同イベントです。懐かしい話から、いちどだしてひっこめたものなど。インターネットってこんなんだったなあと思い出すはず。

2月15日(水) OPEN 18:30 / START 19:30
前売¥1,500 / 当日¥2,000(税込・要1オーダー500円以上)

【出演】林雄司、土屋遊
【司会】住正徳
【ゲスト】べつやくれい、他

チケット情報
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