カントリーエレベーターにもマニアがいる
今回お話をうかがったのはダム好き仲間でもあり、日本でも指折りのカントリーエレベーターマニアでもある夜鷹さん。
駅でこんな出迎えをしてくれる人ほかに知らない
夜鷹さんは新潟を拠点にカントリーエレベーターめぐりをしていて、おそらく日本で唯一の、カントリーエレベーター専門のホームページまで作成している(→
こちら)。
まずは夜鷹さんに車でアテンドしてもらい、いくつかのカントリーエレベーターをめぐってみた。でもその前にまず根本的な質問、カントリーエレベーターって何なんだろう。
「収穫されて籾殻がついたままのお米を、乾燥させて貯蔵し、籾すりなど調製をして出荷するための施設です」
つまりお米の倉庫だ。しかもただ貯めるだけではなく、品質を保つためにお米自体の湿度や温度の調整もしているのだそうだ。日本では全国のお米の産地にあって、JAが運営している。正式名称は「大規模乾燥調製貯蔵施設」と言って、お米だけではなく麦を取り扱っているところもあるらしい。
ちなみに「日本では」と書いたけど、海外にももちろんあって、アメリカの大穀倉地帯にはカントリーエレベーターが立ち並ぶ「摩天楼」と呼ばれる場所もあるという。まだ日本のすらまともに見たことないけど、いつかアメリカに渡ることになるかも、という思いが頭をよぎる。
ほとんどの行程でこういう田んぼの中の道を進む
取材日は11月中旬で既に稲刈りは終わっていた
夜鷹さんにカントリーエレベーターにはまったキッカケを聞いたところ、
「新潟に来たばかりのころ、田んぼの中にでかい建物がある!何だろう、と興味が湧いて、人からカントリーエレベーターだ、と教えられたんです。でかいから出かけるたびに目につくんですが、よく見ると形や色が違うことに気づいて、中には明らかに異型のヤツがいるので、農業機械や農業施設の本を読んで調べました」
と、もう人がマニア道に落ちる王道を見事に歩んでいて感激した。それまで見えていなかったものがふと気になり、よく見たら少しずつ違うことに気づき、かなり違う形のものに出くわし、いてもたってもいられず調べはじめる、という王道はどのジャンルでも共通だと思うけど、カントリーエレベーターに続く道もあって、そこを歩んだ人がいるのだ。
カントリーエレベーターめぐり
車でしばらく走ると、遠くの水田の中に最初のカントリーエレベーターが見えてきた。まだかなり距離があるけど、やっぱり巨大な城のような威容である。
大昔の人なら信仰の対象にしたのではないか
「JA北越後の加治カントリーエレベーターです」
うお、でかい!
かっこよくて思わずHDR合成をしてしまった
個人的に、何と言ってもこの巨大な円柱が密集している姿に痺れる。あと三角屋根の部分の複雑な構造。何がどうなっているのか分からない、という未知の魅力にあふれている。
こんな構造物ほかに見たことない
適切な形容詞がうまく見つからない
「ここは、背の高い鋼製サイロがあるのでA方式の連続送り式乾燥ですが、奥にある棟は丸ビンなのでB方式です。赤い屋根なのでおそらくヤンマー製、丸ビンの方はDAG(ダグ)システムが入っていますね」
ちょっと待って!いきなり情報量多すぎ!!
カントリーエレベーターにも型式がある!
僕はダム好きで、ダムの大きな魅力として重力式、アーチ式、ロックフィルといった構造的な型式の違いがあると思っている。型式や規模によって、ひとつひとつ見た目が違うのだ。
そしてなんと、カントリーエレベーターにも型式、というか構造の違いがあるというのだ。
「外見から分かる違いは背の高いサイロがあるかないかです」
あの巨大な円柱はお米を入れるサイロだった。でもサイロがないカントリーエレベーターもあるという。いったいどうなっているんだろう。
「背の高いサイロがあるカントリーエレベーターは、乾燥させた籾をサイロで貯蔵する方式で、A方式と呼ばれています」
それは何となく分かる。というか、それ以外の方法の想像がつかない。
「サイロがないカントリーエレベーターは、乾燥ビンと呼ばれる貯蔵場所に詰めてから、ビン内に風を送って乾燥させる方式で、B方式と呼ばれています」
なるほど、カントリーエレベーターには、先に乾燥させてから貯蔵するA方式と、貯蔵しながら乾燥させるB方式があるらしい。先ほどの加治カントリーエレベーターは、巨大サイロが立ち並んでいるA方式の部分と、棟の中に背の低い乾燥ビンが入ったB方式の部分があるのだ。
よく分からないけど右の建物内で乾燥させて左のサイロで貯蔵しているのではないか
サイロの隣に建っていたB方式の部分。丸いビンが入った建物に「常温自然乾燥施設」と書かれていた
とりあえず、ここまで読めば皆さんもカントリーエレベーターを目にしたとき(まずカントリーエレベーターが目に入るようになるだろう)、少なくともそれがA方式なのかB方式なのかは分かってしまうはずだ。まったく生活の役には立たないけれど。
乾燥の方式にも種類がある
そう言えば、さっき「連続なんとか」と言っていたのは…。
「では次のカントリーエレベーターに向かいましょう」
謎を残したまま、車で20分ほど走ると次のカントリーエレベーターが見えてきた。色も形も、さきほどの加治カントリーエレベーターに似ているけれど、何か違うのだろうか。
とにかくでかい
到着したのはJA胎内市の中条第一カントリーエレベーター。
「サイロの材質でも分類することができます。コンクリートのサイロと、鋼製のサイロです」
そういえば加治カントリーエレベーターのサイロは鋼製だった。対して、ここのサイロはコンクリートのようだ。
左奥にコンクリートのサイロが立ち並んでいるのが見える
「ところが、近年増設されたサイロは鋼製なんですよ」
なんと、よく見るとコンクリートサイロと鋼製サイロが併設されていた。技術革新なのか担当者の好みなのか分からないけれど、とにかくサイロの材質には2種類あることが分かった。
隙間から見える新しいサイロは鋼製!
「ここもサイロがあるのでA方式ですが、ドライドームが見えるので循環式乾燥ですね」
また知らない単語が出てきた!ドライドーム?循環式?さっきの連続なんとかとは違うのだろうか。
「連続送り式や循環式というのは乾燥方法の種類です。連続送り式は、籾を一時貯留ビンというところに貯めてから乾燥機に送り、一旦サイロに入れて熱と水分を落ち着かせ、また乾燥機に送り、ということを完全に乾燥するまで繰り返すので連続送り式と言います。循環式は、完全に乾燥するまで乾燥機の中を循環させて、乾燥が終わったらサイロに入れる方式です」
「連続送り式の乾燥機は外部から見えませんが、循環式はドライドームという乾燥機が外部にあるので区別できます。ただし最近はサイロの内側に設置されていて見えないものもあります」
というわけで、この写真でサイロの手前にある四角いグレーの建物がドライドームというものらしい。つまり、この中条第一カントリーエレベーターはA方式の循環式乾燥、加治カントリーエレベーターはA方式の連続送り式乾燥、ということになる。
サイロ手前にある大きな箱型の建物がドライドーム
まだ2ヶ所のカントリーエレベーターを見ただけだけど、かなり濃密な、知らなくても困らない知識を頭に入れてしまった。続いてのカントリーエレベーターはどんな形だろう。やってきたのはJA胎内市の黒川カントリーエレベーター。
なんだかスッキリしている
これまでのものと比べて造形がスッキリしている。そして背の高いサイロが見当たらないのでB方式か。それにしてもお米はどこに貯蔵されているのだろう。
「乾燥ビンに貯めるB方式は、丸ビン方式と角ビン方式がります。丸ビン方式は外部から見ても丸くなっているので分かりますが、角ビン方式は外観で見て貯蔵している施設が分かりません」
建物の後ろの方を見ると、少し屋根が低くなった場所がずっと続いている。きっとこの中に四角いビンが並んでいるのだろう。
「ここも屋根が赤いので高確率でヤンマー製です。その証拠に、時計にYマークが」
どうしてそんなところに気づくんだろう
すごい、そんな共通項があったとは。ところでB方式はどうやって乾燥させるんだっけ。乾燥の方法など、お米を食べるだけの僕には関係ないのにすっかり気になってしまっている。
「B方式は、貯留ビン内で撹拌しながら、下面から乾燥した空気を送り込んで乾燥させます。熱を加えないので、ヤンマーのホームページでは『作物の生きたままの味を守る』とアピールしています」
建物の壁でも自然乾燥をアピールしていた
もはやヤンマーの営業の人みたいだ。ここまでの知識をほとんど独学で蓄えていったというのは本当にすごい。ほかにマニアもいそうもないので、本当の意味で独学である。
「最近は赤い屋根の家を見ると『ヤンマーかな?』と思うようになりました」
やばい、すごい。やばい、すごい。
もしヤンマーが住宅業界に進出したら夜鷹さんにはぜひ建ててほしい
ヤンマーだけではない
次に向かったJAにいがた岩船の荒川カントリーエレベーターは屋根が緑色だった。
ここにきて初めて見る配色
「カントリーエレベーターはヤンマーのほかに、日本車輌、クボタ、井関農機、サタケといった会社が造っています。ここは日本車輌製です」
ほかの4社は農業と関わりが深いから違和感ないけど、日本車輌って電車とか造ってる会社じゃなかったっけ。意外な業種に参入しているものだ。
「たいてい搬入口に銘板があるので、それを見るとメーカーが分かります」
とのことで、近づいてみると確かにあった。
本当に日本車輌製だった!
さて、ここまで読んでくれた方は次の写真を見てA方式かB方式か、そして乾燥の方法もだいたい分かると思う。おもてから見る限り背の高いサイロがあるのでA方式、そしてドライドームは見えない。裏にまわってみて、ドライドームがなければ連続送り式乾燥のはず。
ドライドームがない!連続送り式乾燥だ!
思わず胸が高鳴ったけど、これは嬉しく思って良いのだろうか。
それにしても、背の高いサイロが密集しているシルエットは、これぞカントリーエレベーター、という感じがして素敵である。ミニチュアとかあったらちょっとほしい。
「スーパーで、ビールの500ml6缶パックを見るとカントリーエレベーターだ!と思ってしまいます」
もうマニアの鏡である。カントリーエレベーター業界の方、もし見ていたらぜひ見学とか声をかけてあげてください。
「次のカントリーエレベーターは、『景観に配慮したデザイン』と言われています」
と聞いて、どんなものかと楽しみに向かったJAかみはやしのカントリーエレベーターは、確かにこれまでのものとは一線を画していた。
かなりの規模、そしてそば屋のよう!
理由は分からないけれど、「景観に配慮」したカントリーエレベーターは武家屋敷風と言うか、国道沿いにあるそば屋のような風情だった。いや、もっと単純に土蔵風と言えばいいのか。
やけに規模が大きいと思ったら、背の高いサイロのあるA方式の隣に、背が低く直径の大きい丸ビンが並んだB方式の施設も建っていた。時計を見るとヤンマー製のようである。
A方式とB方式が併設されているの、分かりますかね?
これがどこの時計かというのもシェアできて嬉しい
さらなる乾燥方式が!
さて、次が最後のカントリーエレベーターだけど、夜鷹さんに言わせるとここまで登場していない乾燥方式だという。まだ種類があるのか!
というわけでやってきた、JAにいがた岩船村上カントリーエレベーター
上のカントリーエレベーター、何かこれまで見てきたものと違う点に気づくだろうか。
一見するとA方式、ドライドームがないので連続送り式?そこで裏にまわってみた。
おもてから見えるのとは別のサイロが建っている!
サイロが2種類ある。これはいったいどういう仕組みなんだろう。
「なんだか、連続送り式や循環式にはない、ただならぬ気配を感じませんか?これはA方式の中でもうひとつの乾燥方法、『籾殻混合常温吸湿乾燥』方式と思われます」
なんと、ここにきて新しい乾燥方法が出た!
籾殻混合常温吸湿乾燥方式とは、乾燥させた籾殻を入荷してきた水分の高い籾と混ぜて、湿気を吸わせて乾燥させる、という方式だという。湿気を吸われた籾はサイロに貯蔵、湿気を吸った籾殻は回収されて乾燥機で水分を飛ばし、ふたたび入荷してきた水分の高い籾に混ぜられる、ということらしい。ずいぶんエコな乾燥方法だ。
敷地の入口前に建っていた看板にも、その乾燥方式が記載されており、しかも「高品質良食味」と追記されていた。B方式の貯留ビン方式と同じように、熱を加えない、ということをウリにしているのだろう。
これを見て「ほほう籾殻常温吸湿乾燥かー」と思う人が何人いるだろうか
さて、ここまで多くのカントリーエレベーターの外見を見てきたけれど、外観だけじゃなく中身がどうなっているか見たいと思うだろう。
もちろん取材依頼をして見学させてもらってきた。
カントリーエレベーターに潜入!
取材を許可してくれたのは、JA北越後の新発田北部地区カントリーエレベーター。この外観を見れば乾燥方式やメーカーなど、もう分かりますよね。
B方式の角ビン貯蔵、設備はヤンマー製だ
ここまで一般的に使えない知識を共有した記事もそうないと思う。
内部に入れてもらうと、まずはコントロールパネルが目を引いた。まったく想像していなかったけど、立派な制御盤を駆使しておいしいお米を作っているのだ。
各設備の状況が一目で分かるようになっている
「あ、ほらDAG(ダグ)システム入ってますよ」
そう言えばいちばん最初に出てきた単語、こんなところで目にするとは。
丸ビンの外側に描いてあるところもあった
「DAGシステムはヤンマー独自の設備で、ドライ・エアー・ジェネレーターの略です。温風ではなく、除湿した空気を送って自然で緩やかに乾燥させるシステムだそうです」
ちなみに、籾殻常温吸湿乾燥は日本車輌独自の方式で、ソフト・ドライング・システムの頭文字をとってSDSと呼ばれているらしい。 DAGとSDS、なんだかライバル関係のような感じがしていい。お米の乾燥方法だけど。
さて、カントリーエレベーターの内部である。収穫され、トラックなどで搬入された籾は、いったん地面に開けられた穴の中に落とされ、そこから昇降機で上のフロアに運ばれる。
籾を上にフロアに運ぶ昇降機
実は、「カントリーエレベーター」のエレベーターは、穀物を貯蔵するために高いところに送るこの部分を指すらしい。いきなり答えが出た!
上のフロアに送られた籾は、異物を除去する粗選機を通り、計量器にかけられたあと貯蔵ビンの中に貯められる。
籾に混じった異物を除去する粗選機
入荷した量を計測する計量器
貯蔵ビンも見せてもらった。角ビンが奥までズラリと並ぶ
小窓からは籾が詰まっているのが見える
貯蔵ビンの中に貯められた籾は、ゆっくり撹拌されながら、DAGシステムの乾いた風が下から送られて乾燥される。狙い通りの水分量になったら、あとは出荷されるまでその状態を維持するように湿度や温度が保たれるのだ。
新潟県の場合、だいたい毎年8月下旬から稲刈りが始まり、同時にカントリーエレベーターに運び込まれ、10月初旬には入荷が終わるという。つまり、実際にここのエレベーターや乾燥機などの設備が忙しく稼働しているのはその期間で、あとは品質を保つ貯蔵と必要に応じた出荷が主な役割となるという。
逆に言えば、その期間はカントリーエレベーターに向かって軽トラの渋滞ができるなど、休む暇がないくらいの忙しさだそう。
貯蔵ビンの上部の通路
貯蔵ビンの中に貯められた籾、いつかウチの食卓にも来るだろうか
1日カントリーエレベーターを見てまわって、まったく知らなかった世界に驚いた。お米を食べる日本人はもっとカントリーエレベータの仕組みや役割、それとかっこよさを知っても良いのでは、と思った。
農業設備萌え
まったく知らない世界でも、詳しい人の話を聞きながらめぐると、ものすごく楽しかった。カントリーエレベータも一種のインフラと考えると、人の世の仕組みも海のように深いと思った。まだまだ知らない世界はたくさんあるのだ。
夜鷹さん作のチャートで誰でもカントリーエレベーターの見分けができる!