十余年の時を経てアリの味見inオーストラリア
さらに番組ではオーストラリア・ケアンズの人々はツムギアリを水に混ぜて飲むとも言っていた。本当か。
たしかにアリという虫はちょっとすっぱい。体内に蟻酸という酸を持っているからだ。でも、とてもレモン並みと言えるほど強い酸味ではない。テレビのことだからちょっと大げさに言ってるんじゃないの?と。どうせ海外ネタなら視聴者も検証に行かないと踏んで誇張してんじゃないの?と。
わざわざ確かめに行くやつもいるんだぜ?ここに。
10年以上経っちゃったけども。
やってきましたオーストラリアはケアンズ。豪州屈指のリゾート地だが…
トリビアの泉では検証VTRをオーストラリアはケアンズで撮影していたように記憶している。
というわけで、僕も遅ればせながらケアンズへと飛んだ。
向かうのは郊外の林。
立ち並ぶ木々もTHE・南国といった感じ。
郊外へ出向き、なんとなしに道路沿いの藪を眺める。
すると、さっそく発見。ツムギアリの巣だ。うわあ、楽勝。
深緑の葉を茂らせる木の枝になにやら妙なものが…。
激臭!激酸!
これがツムギアリの巣。このアリは土の中ではなく木の上に、しかも葉っぱを紡いで巣をこしらえるのだ。
木の葉が折り重なって、アメフトのボール大の塊を作っている。これこそがツムギアリの巣なのだ。
観察しているとこちらの気配(殺気?)を感じ取ったのか、巣の中からアリたちが噴き出てきた。
ツムギアリはその名の通り、幼虫が吐き出す糸を使って木の葉を紡ぎ、樹上にいくつもの部屋を作るという面白い習性を持っている。アリの巣の概念を覆しかねない画期的な建築技術である。
巣を突っついてみたらどうなるだろうか。
巣を突っつくと、すごい勢いでアリたちにたかられ、咬みつかれるので注意。
巣を突っつくと、大量のアリが飛び出して手に咬みついてきた。痛いけど、これはまあ想定内。驚いたのはそのにおいだった。ムワッ…と、ツゥーン!と、強烈な刺激臭が鼻孔を突いた。思わず「くっさぁ!!」と声が出る。どうやら、これがツムギアリの蟻酸のにおいらしい。ここまで強力だとは!これは味にも期待が持てる。
これがツムギアリ。お腹と頭部は綺麗な翡翠色。一匹二匹ならなんてこともないが、集団で咬みつかれるとけっこう痛い。
さて、無事にツムギアリを見つけることができたわけだ。
とりあえず二、三匹捕まえて味見をしてみよう。
いただきます!
うお!すっぱ!すっっぱ!!
恐ろしくすっぱい!たしかに、舌で感じる酸味はレモンのそれを思わせるほど強烈。レモン“味”という意味ではかの番組に偽りは無いと言える。
ただ、レモン特有の芳香はさすがに感じられない。その点で両者は似て非なるものであり、代用にはならないであろうなという予想がついた。
いざ収穫!冷却!
だが、この強い酸味はちゃんと調理、試食してみる価値がありそうだ。事実、このアリの生息地ではいろいろな形で食用になっていると聞く。少し捕まえて宿へ持ち帰ろう。
一番小さな部屋にポリ袋をかけ、枝ごと収穫する。水を張った洗面器にアリと幼虫だけを叩き落とす方法もある。
一本の木には何個も葉っぱハウスが実っている。これらの部屋たちをひとつのツムギアリコロニーが共有し、各部屋間でエサや幼虫の運搬、引っ越しが絶えず行われているのである。
で、巣全体の要である女王アリは大きめの部屋にいることが多いそうなので、一番小さな部屋を実験用にいただいていく。女王を奪ってしまうと、コロニー全体が崩壊してしまうからだ。
収穫したツムギアリの巣。女王の入っていない小さな“部屋”をいただいた。
ポリ袋の口を固く縛って宿へ持ち帰り、冷蔵庫へ放り込む。熱帯性のツムギアリは低温に弱く、冷気にさらすと動きが鈍って扱いやすくなるのだ。
いったん冷蔵庫で軽く冷やし、ツムギアリたちの動きを鈍らせる。こうしないと袋を開けた瞬間に全身とキッチンがアリまみれになるからだ。
アリたちがおとなしくなったところで巣の内部を観察してみよう。なお、袋を開封した瞬間に溜め込まれた蟻酸の強烈な刺激が鼻の粘膜を襲い、涙があふれた。
中には狩ってきた獲物(この巣の場合はカメムシや他種のアリなど)と幼虫が収められていた。働きアリとひときわ体の大きな兵アリが幼虫を守っている。
さあ、無事にアリたちを、ついでに幼虫たちも全員回収したぞ。
落ち着いて味見をしてみよう。
「レモン味のアリティー」はペットショップのかほり
とりあえず、現地流(?)に白湯に入れてみた。
まず、トリビアの泉では「現地(流れ的にケアンズのことと取れる)ではツムギアリを水に混ぜて飲む」という話が出てきた。
…単体で食べるとおそろしくすっぱかったが、そんなシンプルな処理でおいしくいただけるものなのだろうか?かなり疑問だが、とりあえず試してみよう。
浮かぶものと思っていたアリたちはカップの底に沈んでいった。そもそも入れる量がこれでいいかも定かではない。
さあ、どんな味だ。
ツムギアリを白湯に放り込み、冷まして飲む。
ちなみに地元の方に「ケアンズの人たちはツムギアリ水を飲むって聞いたけど本当?」と質問したところ「ええ…?あー、なんかそんな話は聞いたことあるけども…。」という非常に微妙な反応が返ってきたことをここに記しておく。
…まあいい。気を取り直そう。さて、肝心のお味はいかがなものか。
うーん、なんかすっぱさの奥にペットショップのにおいが…。
……なんだこれ。ただのすっぱい水(酸味は底に沈んだアリを潰すことで微調整できる)だな。きっとレモン水のようなものなのだろうが、残念ながらあの爽やかな芳香は無い、代わりになぜかペットショップ、というかハムスターやウサギ用の乾燥餌料みたいな香りがほんのりと漂ってくる。昔モルモットを飼っていた身としてはちょっと抵抗を感じる風味だ。
だが、それもほんのわずか。水ではなくもっと香りの強い液体に入れれば気にならないはずだ。
お次は紅茶に投入。番組ではレモンティーならぬ「レモン味のアリティー」と紹介されていた。
というわけで、紅茶を淹れてパラパラとツムギアリを投入。
うん、これは結構おいしい。味だけはレモンティーっぽい。レモンの香りはやっぱりしないけども。
これならイケる!爽やかな酸味が効いていい感じ。レモンの香りはしないけど。
うん。なんかツムギアリの使い方が分かってきたぞ。僕のような初心者は味や香りの強いメニューに投入して酸味のアクセントを出すのが良いらしい。
カップ麺にも!コーラにも!
というわけで、続いては塩分多めなジャンクフードの代表格、カップラーメンに薬味としてまぶしてみよう。
カップラーメンにまぶしてみる。
さて、カップアリラーメンはどんなものか?
ああ、美味い!なんかだんだん舌がツムギアリを受け入れ始めてきた。慣れるもんだな。
おいしい。ツムギアリが薬味として良いアクセントになっている。ラーメンやフォーの味変に使えそうだ。あと、オーストラリアのカップラーメンが意外とクオリティ高い。ちょっと麺がモソモソしてるけどスープがおいしい。
じゃあ、次は炭酸飲料代表、コーラ選手とコラボしてもらおう。
コーラにも混ぜて…
アントコーク!ジャリジャリした食感にさえ慣れれば普通においしい。だがレモンやライムのような香りは無いので、比べてしまうとちょっと物足りないかも。
うん、美味い。まあレモンコークが美味いんだから、アントコークも悪くはならないよね。これだけ香料が効いていればペットショップ臭も気にならない。
あー、なんか正解パターンわかってきちゃった。
これ、酸味自体にクセは無いからレモンやお酢が合う料理になら大抵マッチしそうだ。
生野菜が入手できなかったので試せずじまいだったけれど、塩とオリーブオイルに混ぜ込めばサラダのドレッシングにもなりそうだ。餃子の具にちょっと足してもいいかも。僕はさっきから何を言ってるんだろう。
真の美味は幼虫にあり
ところで、ちょっと話が変わるがツムギアリはその幼虫も食べることができる。
タイやラオスなどでは成虫以上にこの幼虫を食材として珍重し、スープの具などにして食べるのだという。
成虫の味と食べ方を理解した今、せっかくの機会なのでこちらも試してみたい。
ツムギアリの幼虫。巣から出ない&移動時は働きアリたちに運んでもらうので脚は無い。頭部には糸を吐き出す口が見える。これのおかげでパーマンやドラえもんに出てくるコピーロボットっぽくもある。
幼虫も試食してみる。酸味は無いが、代わりにピーナッツのような風味と甘みがあってなかなかおいしいぞ!
幼虫を数匹つまみ上げてほおばる。噛むとプチッと弾けてピーナッツのような甘みとうま味が広がる。
うん。食材としては成虫よりもはるかに優秀。蜂の子と通ずる部分もあり、かなり食べやすい虫と言えるだろう。
最後に、東南アジアでの利用法に倣ってコンソメ仕立てのスープにしてみる。
この料理の場合、食材としては幼虫がメイン。成虫はあくまで調味料としての役回り。
いただきます!
あー、初めて食べる味だけど悪くない!試す場合は成虫の量は控えめにした方がいいかも。
うむ、幼虫、良い味。滋味にあふれるスープだ。
なお、今回は素材の味をたしかめるためにほんのうす~いコンソメで仕立てたが、もっと成虫の酸味がなじむような、それこそトムヤムクン風などのエスニックな味付けにすればもっとずっとおいしくなるだろう。
うーん、次はぜひ東南アジア各地でいろんなツムギアリ料理を食べ歩いてみたいな。
きっと、かつては欠かせない酸味料だったはず
そんなわけでツムギアリに関しては「なにもかもレモンにそっくりというわけでは決してないが、たしかに味はレモンに近い」という結論が得られた。十四年越しの検証を終えることができてとりあえず大満足である。
レモンの代用になるかと問われれば、ちょっと首をかしげてしまうところだが考えてもみてほしい。オーストラリアや東南アジアではレモンがインドから伝来する以前から、あるいはライムが採れない季節にも、このツムギアリたちがそれらに代わって爽快な「すっぱさ」をもたらしてくれていたはずだ。彼らは代替食品でもゲテモノ調味料でもなく、由緒正しき歴史を持つ動物性酸味料なのだ。
ツムギアリの巣のそばで、とても綺麗なカメムシの幼虫を見つけた。ケアンズは昆虫の楽園でもある。次回に訪れた際はツムギアリ以外の虫たちもじっくり観察したい。