あたかも梯子を上るような急勾配
とはいえ、分度器で測れるわけではないので素人には手が出ない。そこで今回は、測量会社に勤務する人物の全面協力を仰いだ。
五島鉄平さん(35歳)
じつは彼、有名な
ハンバーグマニアでもあり、そちらの方面で以前取材をさせてもらった時に聞いた本業の測量トークが興味深かったのだ。
企画の趣旨を説明すると、「何ですか、それ! ハンバーグより全然面白いじゃないっすか!」と乗り気である。
さっそく、日取りを決めて決行しよう。師匠、よろしくお願いします。
会社の車に測量機器を積んで師匠登場
ネットで都内の急坂を検索してみると、新宿7丁目の「梯子(はしご)坂」がもっとも勾配が急だという情報を得た。まずは、そちらに行ってみる。
坂の上に到着
標識には「あたかも梯子を上るような急勾配なので、この名前が付いた」とある。
そういえば、刑事ドラマで測量士の変装で張り込みをするシーンを見たような気がしますが、実際あるんですかね?
「いや、一箇所にそんなに長時間いないので無理でしょう」
我ら測量ブラザーズ!
師匠が作業着を貸してくれるというので期待していたところ、「すみません、下を忘れました」とのこと。僕だけ中途半端なリゾート感が漂っているが、文句は言えない。
ポールに付いている反射鏡
測量機器から光波(レーザー)を反射鏡に当てて、距離や角度を計測するという。細かい原理も教えてくれたが、難しすぎてよくわからなかった。
水平を取る気泡菅
地主さんや不動産屋からの依頼がほとんど
坂の下に光波トランシットという測量機器を置き、僕は反射鏡の付いたポールを持って坂の上に立つ。光波トランシットは250万円ぐらいする。
光波トランシットのレンズを覗く師匠
ちなみに、街中で測量していると近隣の住民からよく声をかけられるそうだ。
「一番多いのは『何が建つの?』という質問。一戸建は歓迎だけど、誰が住んでいるかわからないアパートは敬遠されがちなんです」
頂上でポールを持つ弟子
「出ました」と師匠が言う。
梯子坂の勾配は15度だった。ネット情報ではもう少し急だったのだが、計測ポイントの選び方などによって数値に若干のバラつきが出るという。
90度から74.59度を引いたのが勾配角度
わりと地味な結果になってしまった。「まあでも、しょうもない坂ですよ」と師匠もご不満の様子。そもそも、石段である時点で坂とは呼べない気もする。
「僕、すごい急坂を知ってるんで、そこ行ってみましょう」と師匠。よくよく聞けば「胸突坂」のことだった。おお、行きましょう。
測量ブラザーズの旅はまだまだ続く
「仕事の測量では、地主さんや不動産屋からの依頼がほとんど。土地の面積を決めるために境界を表す杭を打つんですが、杭の種類もめちゃめちゃ多くて、それ専門のマニアもいるほどです」
立ち止まって「ほら、これが境界杭です」と師匠。
コンクリート杭の横に新しい金属杭
金属杭の左上辺は「ここまでが道路」ということを示す。師匠が持っている赤鉛筆は「トンボ2200」で、コンクリートにガリガリ書いても芯が折れない硬度を誇るプロ仕様なのだ。
さらに、近くにあった段差スロープ板についても言及する。
段差の衝撃をなくすスロープ板
「同じ段差スロープ板でも、コンクリート製、鉄製、プラスチック製といろいろあって、これにもマニアがいます」
あらゆる世界にマニアはいる。
光波トランシットは距離も測れる
胸突坂に着いた。
以前、この坂をハイヒールを履いて上って「急坂もハイヒールで上ればちょうどいい按配なのでは?」という記事を書いた気がするが、検索しても出てこないので夢だったのかしら。
写真で見る3倍ぐらいの急勾配です
神田川と目白台を結ぶ坂で、上り切ると学生時代の村上春樹が住んでいた和敬塾がある。
「師匠、イケてますね」「うん、いいですね」
しかし、計測の結果は13度。「梯子坂」を超えられなかった。
無念
右の赤いマンションまでの距離を測ってみる
当てている
117.6メートル
すごい。細かい原理も教えてくれたが、難しすぎてよくわからなかった。
「この坂90度近くあるんじゃない?」
何はともあれ、ここまで来たら梯子坂を超える急坂に出会いたい。師匠が言う。
「ひとつ、思い当たる坂があります。うちの会社の近くなんですが」
ジェットコースターの頂上のような風景
快晴の日にはここから富士山が見える
「そういえば、ふだんは先輩と二人で測量しているんですが、『こないだ富士山に登って国内の3000m級の山を制覇した』と言ってました。あと、道に落ちている空き缶ウォッチングが趣味という変わり者です」
さて、測りますか
この坂もすごかった。途中で自転車を降りて押して上ってきた親子の子供の方が「お父さん、この坂90度近くあるんじゃない?」と言っていた。それはもはや壁だが気持ちはわかる。
電動アシスト自転車でするすると上るおじさん
測定結果は…12度。あらあら、胸突坂よりも勾配がゆるい。
無念
最終的には、梯子坂15度、胸突坂13度、東京富士見坂12度となった。ここで、師匠から意外な提案をされた。
特別に頼んで3段にしてもらいましょう
「行きつけのハンバーグ屋さんのハンバーグの高さを測りたいんです」
北区西ケ原の「榎本ハンバーグ研究所」
「大好きなお店で365種類のハンバーグメニューがあります。中でもイチ推しが『2段チーズハンバーグ』。でも今日はマスターに特別に頼んで3段にしてもらいましょう」
なぜか変わり者の先輩も同席
バイトの女の子に「3段できますか?」と聞く。彼女がマスターに「3段大丈夫ですか?」と聞く。マスターが「うん、やってみましょう」と答える。
どーん
「3段チーズハンバーグ、ライス付き」(2210円)である。マスターいわく「4段目のちっちゃいのはオマケね」。
すぐに食べたいところだが、測量せねばならない。
測量の様子を背後から撮影するマスター
レーザーをハンバーグの頂点に当てる
ハンバーグの頂点と底部にレーザーを当てて高さを出す。結果は…。
10.9cm
オマケ分もあって師匠の予想を超える高さだ。定規で測るやり方もあるが、厳密に水平を取らないと値はブレる。光波トランシットという最新鋭の測量機器によって、今ここにハンバーグの正確な高さが明らかになった。
夏は熱中症になるし、冬は手が動かなくなる
暑い日だった。二人で汗だくになりながら3つの坂の勾配と1つのハンバーグの高さを測量した。坂にしてもハンバーグにしても、「急だな」「高いな」という漠然とした印象と違って、具体的な数値が出るのが面白い。
五島さんは15歳でこの仕事に就いたという。測量人生20年である。「夏は熱中症になるし、冬は手が動かなくなるしで、何度も辞めたいと思いました。でも、今の会社は変わり者の先輩もいるし、まあ楽しくやってますよ」。
我ら測量ブラザーズ。気になる急坂を見つけたら、またご連絡します。