人間の墓よりでかいうなぎの供養塔
くじらが海岸に打ち上げられるニュースが、何年かに一度話題になる。今でもそういう習慣があるかは不明だが、昔の人は座礁し命を落としたくじらのため塚を建てて弔っていたそうだ。
古来よりくじらと深いつながりをもつ日本人。全国各地に残る鯨塚からは、くじらに対する古人の畏敬の念が感じられる。
東京品川の鯨塚。1798年、品川沖に迷い込んだ鯨を弔う。体長16.5メートルというあまりのデカさに、時の将軍も見学に来るなど大騒ぎになったという
だが、そうした弔いの対象はくじらだけにとどまらない。「慈悲」とは仏教用語で、他の生命に対して平等な気持ちを持つことなのだというが、その精神を体現するような様々な供養塚が各所に存在しているのだ。
たとえば、東京都豊島区西巣鴨の妙行寺境内には「うなぎ」の供養塔がある。それも岩を削ってつくったような簡素なものではない。人間の墓より遥かにでかく、めちゃくちゃ立派だ。
四谷怪談お岩さんの墓もある妙行寺
境内の中央に鎮座するこちらが「うなぎ供養塔」。立派すぎる
石塔には「施主:東京うなぎ蒲焼商組合、東京淡水魚組合」と刻まれている。案内板を見ると「都内全うなぎ商の菩薩心によって建てられた」と書かれていた。人の胃袋を満たすため、おいしい蒲焼になったうなぎたちを慰霊しているのだ。うなぎ好きとして、合唱せずにはいられない。いつもごちそうさまです。
また、その横には魚がしで犠牲になった生類を供養する「魚がし供養塔」も建てられていた。こちらも立派だ。その大がかりな弔いっぷりを目の当たりにすると、食べ残しがいかに罪深いことか実感できる。居酒屋で頼んだでかい刺し盛りを誰も食べずに余らせてしまうことがあるが、カピカピになった刺身に心から謝りたい。
こちらは魚がし供養塔。知らない人が見たら、ものすごい偉人の墓と思うだろう
戦後の食事情を映すカエルの供養塔
次にやってきたのは江戸川区船堀の法龍寺。山門前に「カエル」の供養塔がある。
法龍寺山門に
ひっそりと建つ
昭和のはじめ、蓮田や水田が多かった江戸川区では食用のウシガエルが養殖され、外国への輸出も行われていたそうだ。この碑は、東京都食用蛙組合により昭和27年に建てられたものらしい。
うなぎのそれに比べ、簡素なそのつくり。風雪により文字もはげてしまっている。うなぎの丁重な祀られ方を見たあとだけに若干かわいそうな気もするが、「まあ蛙だしな」という差別の心が全くないかとないといったら嘘になる。
いや、大事なのは見た目の豪華さではなく、弔いの気持ちを持つことだ。個人的に食したことはないが、戦後の貴重なたんぱく源として日本の食卓を支えたウシガエルに手を合わせ感謝した。
江戸時代に建てられた猫塚
次に訪れたのは両国の回向院。ここには「日本最古の猫塚」がある。
猫塚の奥には小鳥塚、その横には「オットセイ塚」もある
1816年につくられたという猫塚には、こんな素敵な由来があるようだ。以下、境内案内板「猫の恩返し(猫塚)」より。
「猫をたいへんかわいがっていた魚屋が、病気で商売ができなくなり、生活が困窮してしまいます。すると猫が、どこからともなく二両のお金をくわえてき、魚屋を助けます。
ある日、猫は姿を消し戻ってきません。ある商家で二両くわえて逃げようとしたところを見つかり、奉公人に殴り殺されたのです。それを知った魚屋は、商家の主人に事情を話したところ、主人も猫の恩に感銘を受け、魚屋とともにその遺体を向回院に葬りました」
上記は、往時に記されたいくつかの文献に紹介されている実話らしく、猫塚は江戸時代の昔話を今に伝える貴重な文化財でもある。そもそも猫を撲殺する行為自体が慈悲もへったくれもないが、丁重な祀られ方に贖罪と慰霊の心が見て取れる。
常に美しい献花が絶えない
小鳥供養塔
小鳥の好物がお供えされていた
弁天堂の周りは塚だらけ
さて、最後は上野公園の不忍池弁天堂
。池の中心に鎮座する六角形の建物が知られているが、じつは様々な供養塚や慰霊碑が集まる塚マニア垂涎のスポットでもある。
初詣客で賑わう
弁天堂の周りを取り囲むように、珍しい塚のオンパレードなのだ。
見よ、この塚銀座っぷり
魚塚
鳥塚
さらには「ふぐ塚」まで。建立の趣意には「幾千万のふぐの霊に満腹の感謝をささげる」とあった。
また、生き物以外にも、モノや道具を供養する塚も多い
三味線や琴などに使う糸に感謝を表する「いと塚」
使い古した包丁に感謝を示す「包丁塚」
なお、「ふぐ供養碑」は東京ふぐ料理連盟が、「包丁塚」は上豊調理師会が建てたもの。塚の建立は弔いの意味に加え、それぞれの商いに関わる道具や命に対する感謝の表明でもある。そこには仕事に対する誇りみたいなものが垣間見えてかっこいいのだ。
めがねの恩恵に感謝する「めがね之碑」
虫から太陽まで、多様な塚の世界
学校で子どもに鶏や豚を育てさせて食べる、みたいな食育があるが、それより供養塚を見て回ったらいいんじゃないだろうか。丁重に祀られた命の重さに、子どもたちも感じ入るものがあると思う。
ちなみに、調べてみるとこのほかにも、「虫供養塚」、菌の霊を慰める「菌塚」、さらには太陽を供養する「日食供養塔」なんてのもあるようだ。筆者自身は無宗教だが、万物に感謝し丁重に供養する行為には素直な感動を覚えた。