お酒好きなら夢のような装置
200円を入れるとコップに日本酒が注がれる自動販売機。
最近、コンビニエンスストアのレジ横でコーヒーサーバーのセルフサービスが見られるようになったが、感覚としてはあんな感じだろうか。ただし注がれるのは日本酒。
どうにもキニナルのでさっそく現地へ行ってみる。
ぴおシティ地下2階の立ち飲み屋「はなみち」
歴史を感じる佇まいの外観。昭和レトロを模しているのではない、本当に古いのだ。
はたして、「日本酒の自販機」とは? 店内で話をうかがおうと取材を申し込んだところ・・・
「常連さんを大事にしたいから取材は受けたくないんです」
という、ごもっともな理由で丁重なお断りを受けてしまった。【まとめて報告】・・・とは諦めきれない。そこをなんとか、と数ヶ月交渉を重ねた結果、
「1000ぶら」桜木町ぴおシティ商店会のご縁もあり、晴れて噂の「日本酒の自販機」をご紹介できることとなった。
これが噂の日本酒自動販売機
紹介します、日本酒の自販機です
100円玉を2枚投入し
コップをセットして「かん酒」を選んでボタンを押すと
温かそうな湯気を立てて、日本酒が注がれた!
お燗の温度は65度、「ひや酒」は常温だそう
お店同様、風格ある佇まいのこの日本酒マシーンは店内に2台ある。注がれるのは宝酒造の「松竹梅 豪快」と白鹿の「伝承仕込」。いずれもすっきりした辛口のお酒だ。
これが忙しい時で日に10本(10升)空くというからすごい繁昌ぶりである。
レトロな見た目ながら現役バリバリに稼働中なのだ。
いかにも「スイッチ」なボタンの押しごこちがたまらない
マシーンの購入記録は1991(平成3)年となっているそうだが、「もっと昔からあったはず。ただ、いつからあったのかはわからない」と土橋オーナー(残念ながら今回も写真NG)。
「昔はあちこちにあって、珍しくなかったよ。お客さんが自分で好きに飲めるから手軽だし、待たせないでしょう」とオーナーは語る。
立ち飲み形態の酒場が姿を消していくのに合わせ、日本酒マシーンも減っていったのだろう。創業以来の立ち飲みスタイルを変えずに営業を続けているこの店だからこそ、日本酒マシーンも現役であり続けているのだ。
レジも年季が入っている。実は壊れていて計算はできない
はまれぽステッカーを貼ってもらった!
お客を愛し、お客に愛され45年
3年前に「はなみち」と名前を変えた同店は「キンパイ」という酒場が前身で、ぴおシティ誕生と共にその歴史を歩み創業45年。
ぴおシティのテナント案内には今も残る「立飲処キンパイ」
常連客も「キンパイ」時代から通い続けている人が少なくない。常連のみなさんが口をそろえるのは、「海鮮物の美味しさ」。「キンパイ」のころから変わらない確かな目利きだという。
常連さんおすすめの「マグロ(300円)」。2切れは中トロ!
同じくおすすめの「カマカツ(300円)」 絶対頼むべき一皿
野毛の飲み屋の店主(左)と白楽からお越しの常連さん
「日本酒の自販機? 珍しいかなあ。昔はどこにでもあったよ」と2人とも口をそろえる。
「昔は100円だった。どれくらい前かわからないけど」という証言も。値上がりは時代の流れとして自然なことだと思うが、オーナーによると、現在は昔より日本酒を注ぐ時間を長く設定しているという。すごいコストパフォーマンスだ。
「おごってあげるよ!」と野毛の店主さんに日本酒マシーンでご馳走になる
たっぷり入って200円
オーナーも常連さんも「珍しくない」というこの日本酒マシーンだが、本当にそうだろうか。製造元である株式会社サンシン(本社:東京都練馬区)に問い合わせてみた。
(株)サンシンは酒燗機などを自社製造・販売するメーカー (カタログより)
「考える頭脳」をもった酒燗機
すると、販売時期は古くて記録が残っていないものの、メンテナンス記録と型番から「はなみち」の日本酒マシーンは「少なくとも20年以上は経っていると思われる。30年近くなるのでは」とのこと。
また、現存する同様の日本酒の自動販売機はほかに、東京の日本橋茅場町にある「ニューカヤバ」という立ち飲み屋にしかないということがわかった。
やっぱり、今や相当珍しいみたいですよ、みなさん
珍しいとわかったところで安心して「あん肝(300円)」をいただく
「ほたるいか(250円)」もいただく
お酒も食べ物もすべてキャッシュ・オン・デリバリー(注文のつど支払う)スタイル。
レジは、たとえ壊れていなくても、おそらくあまり用をなさない。注文のたびに手際よく小銭が出し入れされ、皿が運ばれ、声がかかる。
きびきびとした身のこなしで接客する諏訪さん
横に細長くごった返す店は、スタッフ4人で切り盛りされる。その1人、諏訪さんはキンパイ時代からの勤続35年。ぴおシティの中でも最も古くから働き続けている1人だそう。
常連さんたちからは「グンちゃん」と慕われている。
諏訪さんの通称は「グンちゃん」。その由来を、「軍曹だったから」「シベリアに3年抑留されていた」と常連さんたちが口々に教えてくれる。グンちゃんは微笑んで本当かどうかは語らない。年齢を伺うと「数年前に88歳だったよね」「そろそろ100でしょ」とまた常連さんたちが口々に言う。グンちゃんは黙って微笑んでいる。
常連客の1人は言う。
「ここは古くからやっていて、値段もほとんど変わらない。短冊の色の変わりよう見た? ずっと変わっていない証拠だよ」
すっかり色が変わってしまっているメニューの短冊は「キンパイ」時代から変わらない
創業時から変わらない味だという「もつ煮込み(270円)」。たっぷりの七味がたまらない
また、「お客も古くからの常連が多いしね。昔は港湾労働者が仕事帰りに立ち寄っていた。ここ10年くらいで来るお客さんも多彩になったね」とも。
オーナーによると、1人で来店する若い女性もいるそうだ。
平日でも17時には売り切れてしまうという「マカロニサラダ(250円)」を
2ヶ月通いつめてやっと注文できたというお客さんもいた
取材を終えて
長年愛されてきた「キンパイ」を継ぎ、「はなみち」と名前こそ違えど変わらぬスタイルで営業を続けるオーナーは、お店の信条を「常連客を大切にすること。それだけです」ときっぱり。
それは新規客を締めだすとか、歓迎しないという意味ではもちろんない。誰でも最初は新規客だ。そこから通い続けるお客になってもらいたい、お客がお客を呼ぶお店でありたいという思いが、変わらぬ値段と待たせない接客に現れている気がした。
お客さん側も、「“みんなの力で続かせる”っていう思いがあるんだよね。安くて美味くて雰囲気のいいこんな店、今や貴重だよ」と語る。
ぴおシティ地下の、お客を愛しお客に愛される、古き良き立ち飲み酒場。貴重な日本酒マシーンが現役で稼働しているのはそんなお店だからこそだという気がした。
―終わり―
はなみち
住所/
横浜市中区桜木町1丁目1(ぴおシティ<桜木町ゴールデンセンター>B2)
TEL/非公開
営業時間/12:00~20:30 (土曜:12:00~19:30)
定休日/日曜・祝日