とくべつ企画「一万円の○○」 2015年9月22日

一万円の松阪牛

生まれて初めてちゃんとした牛ステーキを食べます
生まれて初めてちゃんとした牛ステーキを食べます
1万円分の買い物と聞いて、まず思いついたのは牛肉である。それも分厚いステーキ肉だ。

自分でもベタすぎるチョイスだとは思うが、致し方ない。なにしろ、生まれてこのかた一度もまともな牛ステーキを食べたことがないのだから。

頭の中に牛ステーキが浮かんでからというものの、それ以外のことが考えられなくなってしまった。思考が完全に肉モードに入ってしまったのである。

なので、松阪まで行ってステーキ肉を買ってきた。

この記事は2015年のシルバーウィークとくべつ企画「一万円の○○」シリーズのうちの1本です。
1981年神奈川生まれ。テケテケな文化財ライター。古いモノを漁るべく、各地を奔走中。常になんとかなるさと思いながら生きてるが、実際なんとかなってしまっているのがタチ悪い。2011年には30歳の節目として歩き遍路をやりました。2012年には31歳の節目としてサンティアゴ巡礼をやりました。

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うまい牛肉を求めて松阪へ

実をいうと、私は一度だけステーキと名の付いた牛肉料理を食べたことがある。それはおよそ15年前、アメリカのロサンゼルスにツアーで行った時のことだ。

ディナーでステーキハウスに入ったのだが、他の参加者たちが焼き加減を「ミディアム」でオーダーする中、まだ若かった私は血の滴る肉にいささか抵抗感があり、「ウェルダン」で頼んでしまったのである。出てきた肉を見て驚愕した。見事なまでに真っ黒焦げだったのだ。

周囲の人々がおいしそうにステーキを頬張るのを横目で見つつ、私は苦くて固い焦げ肉を食べることとなった。それがある種のトラウマになり、人生から牛ステーキを遠ざけていたのかもしれない。

今、改めて思う。まともな牛ステーキを食べてみたい。よくテレビとかで上等な肉を食べたタレントが口を揃えていうだろう。「柔らかい、甘い、とろけるような」というお決まりの文句である。私もまた黒焦げ肉などではなく「柔らかい、甘い、とろけるような」、そんな肉を食べたいと思った次第である。
だから、松阪までやってきた
だから、松阪までやってきた
牛肉の本場で1万円分のステーキ肉を購入するのだ
牛肉の本場で1万円分のステーキ肉を購入するのだ
神奈川県から鈍行を乗り継ぐこと約8時間、三重県の松阪市に到着した。ちょうど先日、使いさしの青春18切符を入手していたので、交通費はタダである(名古屋からは快速みえを使わず、亀山経由なので追加運賃も不要だ)。

良い肉を買うなら松阪だろうとステレオタイプな考えで来てみたものの、購入先のあてはない。とりあえず駅前にあった観光案内所で、松阪牛を店頭販売しているお店について聞いてみることにした。
観光案内所ではおじいさんが対応してくれた
観光案内所ではおじいさんが対応してくれた
案内所に入って開口一番「松阪牛を買いに来たんですが」と告げると、それまで柔和だったおじいさんの目つきがマジなものへと変化した。

業者かなにかだと思われたのだろうか。「たくさん買うの?」と聞かれたので、「いえ、個人で食べるだけなんですが」と答える。するとおじいさんは私を連れて案内所を飛び出し、駅に併設されている売店へと入っていった。
パック販売されている肉を前に、熱く語るおじいさん
パック販売されている肉を前に、熱く語るおじいさん
松阪牛の前に立つや否や、たちまち熱弁をふるいだすおじいさん。200g1700円のすき焼き肉を買うよりも、200g1000円のこま切れ肉を二パック買った方が良い(すき焼き肉との違いはこま切れかどうかなだけで、肉自体は同じものなのだそうだ)などアドバイスを頂いたが、残念ながら私が買いたいのはステーキ肉だ。

販売店に直接行って買いたいという旨を伝えると、「丸中本店」というお店を紹介していただいた。この駅の売店に松阪牛を卸している、地元の人々にも評判の精肉店である。
貰った地図を頼りに訪れた「丸中本店」。立派なたたずまいのお店であった
貰った地図を頼りに訪れた「丸中本店」。立派なたたずまいのお店であった
店内も広々としていて、お昼過ぎにも関わらず客が多い
店内も広々としていて、お昼過ぎにも関わらず客が多い
美しい色のお肉がずらりと並んでおり思わずツバを飲む
美しい色のお肉がずらりと並んでおり思わずツバを飲む
松阪牛コーナーの前に立つと、愛想の良いおにいさんが「いらっしゃい」と声を掛けてきた。

松阪牛のステーキ肉が欲しいと伝えると、分かりやすい写真入りのお品書きを出してくれた。おそらく、私のような飛び込みの客も多いのだろう。
少し迷ったが、特選ロースとヒレ肉を購入することにした
少し迷ったが、特選ロースとヒレ肉を購入することにした
諸々コミコミの値段で、11,167円である
諸々コミコミの値段で、11,167円である
よし、これで松阪でのミッションはコンプリートだ。ひとまず家に帰るとしよう。

日帰りではあるものの、復路にかかる時間もおよそ8時間。手で持って帰ると痛んでしまうので、クール便で配送してもらうことにした。

実食、松阪牛の特選ロース

松阪で買った牛肉は、翌日私の家へとやってきた。業務用のそっけない箱で来るのかと思いきや、きちんとした包装紙で梱包されており、その高級感にテンション上がる。
いよいよ、お肉がお目見えである
いよいよ、お肉がお目見えである
梱包のテープを剥がす手が緊張で震える
梱包のテープを剥がす手が緊張で震える
おおー、お肉以外にも、なんかいろいろ入ってるぞ
おおー、お肉以外にも、なんかいろいろ入ってるぞ
松阪牛の証明書と、放射性物質検査書である
松阪牛の証明書と、放射性物質検査書である
なるほど、さすがはお高いお肉なだけに、しっかりしているものである。観光案内所のおじいさんが「松阪牛は信用取引だから」と幾度となく繰り返していたのを思い出した。

証明書によると、このお肉は平成24年12月20日に生まれた「ふじこ号」だそうだ。性別はメス。大麦、大豆かす、フスマ(小麦の外皮)、稲わらを食べて育ち、平成27年8月17日に屠畜されたとのこと。

……お肉の来歴を示す重要な情報ではあるものの、鼻紋とかも載っていてなかなか生々しい。牛についてあまり詳しく知りすぎない方が、よりおいしくお肉を食べられるような気がする。名前とか知ってしまうと、どうしても情を持ってしまうものだ。
今や立派なお肉になったふじこちゃん。私が責任もって完食します
今や立派なお肉になったふじこちゃん。私が責任もって完食します
フライパンを熱し、牛脂を引く
フライパンを熱し、牛脂を引く
温まったところで特選ロースを投入
温まったところで特選ロースを投入
あっという間に火が通った
あっという間に火が通った
強火で片面30秒ずつ、さっと焼いてレアで頂こうと思っていたのだが、裏返すのに手間取ってしまい、少し焼きすぎてしまった。ミディアムくらいだろうか。

熱で溶けた脂と肉汁が染みだし、焼いてもなおツヤツヤなロース肉。辺りにはうまそうな匂いが充満し、もう辛抱たまらん状態だ。

早速皿へと移し、意気揚々と食らいつく。
一度やってみたかった、ステーキ丸齧り
一度やってみたかった、ステーキ丸齧り
……というのは冗談で、ちゃんと行儀良くナイフとフォークで食べますよ
……というのは冗談で、ちゃんと行儀良くナイフとフォークで食べますよ
いやはや、ホント、うまい。前歯でさっくりと切れるお肉はやわやわのふるふる。ぶあーっと染み出るほど脂たっぷりなのに、まったくクドさを感じない。どんどんイケてしまう。

月並みなレビューで恐縮だが、実際そうなのだからしょうがない。メモそっちのけ、ほぼノンストップ状態でナイフとフォークを動かしていた。あぁ、うまいよ。うまいよ、ふじこ号。
ごちそうさまでした
ごちそうさまでした

がっつり肉厚なヒレ肉こそ至高

特選ロースに続き、今度はヒレ肉を焼く。先程と同様、熱して牛脂を引いたフライパンに分厚く切られたヒレ肉を乗せる。
良い音と香りと共に、肉が焼けていく
良い音と香りと共に、肉が焼けていく
強火で30秒、弱火で30秒。ひっくり返して強火で30秒、弱火で30秒
強火で30秒、弱火で30秒。ひっくり返して強火で30秒、弱火で30秒
良い感じに焼けました
良い感じに焼けました
この厚さで、この柔らかさ
この厚さで、この柔らかさ
赤身肉の塊なので固めなのかと思いきや、ナイフを入れると繊維がプチプチと切れて想像以上に柔らかい。肉汁もたっぷりで、ロース肉にも引けを取らないほどにジューシーだ。
ぷりっぷりですよ
ぷりっぷりですよ
うほほ、こりゃヤバいくらいにうまい
うほほ、こりゃヤバいくらいにうまい
このヒレが本当にうまかった。適度に歯ごたえがありながらも中はふわふわ。赤身と脂がお互いを引き立てあっており、肉のうまみ全開という感じである。

特選ロースは脂分が物凄かったが(それがうまいのだが)、ヒレはまさに肉を食っているという気にさせてくれる。食べている最中の充実感が半端ないのだ。

食後の満腹感も花丸である。個人的には特選ロースよりもヒレ肉の方が気に入った。次また食べるとしたら、間違いなくヒレですわ。
最後の一口が名残惜しい
最後の一口が名残惜しい

食べる幸せを噛み締めた

ぶっちゃけ、私はあまり食にこだわりがない人間だ。とりあえず腹が膨れて、健康を損なわない程度の栄養を摂取できれば食べるものなんてなんでもいい、というスタンスでこれまで生きてきた。

だがしかし、今回のステーキを食べている最中、私は確かに幸福を感じていた。食べることが嬉しく、夢中で次から次へ肉を口に運んでいたのだ。これが、食べる幸せなのかと気付くことができた。

うまい肉には人を幸せにする力がある。人を笑顔にする力がある。私も今後の人生において辛いことがあった際には、今回のステーキの味を思い出しながら頑張りたいと思う。
松阪で見つけた鶏肉専門店。牛の街に鳥のみで挑むところに、こだわりを感じた
松阪で見つけた鶏肉専門店。牛の街に鳥のみで挑むところに、こだわりを感じた
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