特集 2015年9月4日

気象庁の中に気象の専門書店がある

津村書店にあった「お天気トランプ」
津村書店にあった「お天気トランプ」
最近、喫煙所で仲良くなったおじさんとは天気の話しかしていない。

「涼しくなりましたね」「来週はまた暑さが戻るらしいですよ」「…」。一回のラリーで会話はつまり、それから少しの間、気まずい時間が続く。

もう少し天気に詳しかったら、もっとラリーが続くのだろう。天気の話題で3回以上ラリーを続けてみたい。そのためには、気象の知識をもっと蓄える必要がある。

なんでも、気象専門の本屋さんがあるらしい。しかも、気象庁の中に。
1970年神奈川県生まれ。デザイン、執筆、映像制作など各種コンテンツ制作に携わる。「どうしたら毎日をご機嫌に過ごせるか」を日々検討中。


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気象庁の中で60年

東京メトロ東西線の竹橋駅からほど近い場所にある気象庁。その中に、その本屋さんはある。

お店の名前は「津村書店」。

お目当ての津村書店に行くには、まず、気象庁に入らないといけない。気象庁への入館は入館手続きが必要だ。本屋さんに行く旨を受付で伝えると、名前や電話番号などを記入する用紙を渡される。必要事項を書き込み入館証をもらい、いざ気象庁の中へ。
気象庁入り口
気象庁入り口
「気象庁」
「気象庁」
津村書店さん
津村書店さん
訪れたのは午前中、津村書店にお客さんの姿はない。レジの奥でパソコンに向かっていたご主人に声をかけた。
ご主人の津村幸雄さん
ご主人の津村幸雄さん
津村書店の開業は今から60年前、パソコンに向かっていたご主人は二代目で、そのお父様、義幸さん(現在90才)が1955年に創業したのだという。

「父は元々気象庁の職員だったんです。気象庁を退職後、いくつかの職業を転々としてから本屋を始めたそうです」

開業当時はお店を構えず、配達専門で本を販売していたのだとか。気象庁にも本を届けているうちに、「中にお店を構えたらどうか」という話をもらい、今の場所で本屋を始めたのだ。

その当時から気象に関する本を中心に扱っていたのだろうか?

「いえ、開業当時は一般書籍だけを取り扱っていたらしいです。その頃は気象に関する本がほとんどなかったようでして」

普通の本屋さんとして気象庁の中で開業した津村書店。それから60年という歳月を経て、気象の本に特化した専門書店へとその姿を変えていったのだ。

現在、創業者のお父様は現役を引退し、息子の幸雄さんと奥様の京子さんが津村書店を切り盛りしている。

「中央省庁の中に個人商店が入っているのは珍しいと思いますよ」

とご主人の幸雄さん。確かに珍しいケースだと思う。
奥様の津村京子さん
奥様の津村京子さん

いきなり専門的な研修テキストが平積み

ご夫婦に津村書店の書棚を案内してもらった。気象に関する本といっても、どのような書籍があるのだろうか?

「まず、ここら辺にある物はうちでしか取り扱いがないと思います」

と言って案内されたコーナーには、書籍というよりもテキストと呼ぶ方がふさわしい発行物が平積みされていた。
書籍というよりテキスト
書籍というよりテキスト
このコーナーに積まれた研修テキストは、どれも気象庁が編集したもので、気象庁の内部で使用されているという。

気象予報士さんが「平成26年度予報技術研修テキストのみどころ」というポップのような物を書いている。
気象予報士さんが書いたポップ
気象予報士さんが書いたポップ
みどころ、として挙げられているのが「特別警報発表・解除時の予報作業の概要」「総観場の把握と局地気象解析」などで、素人の僕には何のことだかさっぱり分からない。ただ、ポップの形状が雲っぽくて、さすが気象関係のポップだな、とは思った。

誰が買いに来るのだろう?

「気象予報士を目指す人や、現役の気象予報士さんからお買い求めいただきますね」

そりゃぁ、そうか。

値段は1200円くらいから1900円くらいまで。それが高いのか安いのか、僕には分からない。

ただ、津村書店でなければ手に入らない貴重なテキストであることは確かである。
取り扱いのある研修テキスト一覧
取り扱いのある研修テキスト一覧

ご主人おすすめの4冊はこれ!

ご主人が「この本は面白い」と思う4冊を紹介してくれた。

まず、1冊目は「航空気象情報の利用の手引き」。
航空気象情報の利用の手引き。1620円。
航空気象情報の利用の手引き。1620円。
実際にJALでパイロット教育のために使われていた教科書だという。おすすめのポイントは、「実際の教科書だったところ」とのこと。

次の1冊も航空気象についてまとめられた「パイロットの専門教育のための航空気象講義ノート」。
パイロットの専門教育のための航空気象講義ノート。8000円。
パイロットの専門教育のための航空気象講義ノート。8000円。
航空気象の講義内容を1冊にまとめた本である。お値段が8000円と高めであるが、「これだけの内容をまとめた物は他にない」とのことなので、航空気象を勉強している人にとっては必読書といえるのだろう。

続いての1冊は、「大気の流れ -ローカルな気流-」。
大気の流れ -ローカルな気流-。2800円。
大気の流れ -ローカルな気流-。2800円。
本の中身
本の中身
元IBMの職員で気象予報士の佐藤元さんの著作である。「全体的にプログラム的な書き方がされている珍しい本」なのだとか。プログラマーの人がこの本を見れば、「プログラム的な書き方」の意味が分かるのだろうが、僕には分からなかった。ちなみにこの本は残りあと3冊だけ。内容は分からないけど買っておいた方がいいのでは? と希少価値が高いものに弱い僕の癖が出る。

そして、ご主人のおすすめ4冊目は、先ほどの平積みコーナーから「季節予報作業指針 ~基礎から実践まで~」。
季節予報作業指針 ~基礎から実践まで~。2571円。
季節予報作業指針 ~基礎から実践まで~。2571円。
テキストの中身
テキストの中身
ご主人のおすすめポイントは、「他に類書がないところ!」だ。

おそらく、ではあるが、これまで紹介された本はどれもが他に類書がないのでは? と心の中で思っていた。

初心者に向いてる本は?

正直、ここまで紹介してもらった本やテキストは、どれも初心者の僕にはハイブローである。現在、気象予報士の合格率は4%。とても難しいのだ。そんな難しい試験に臨む人たちに向けているのだから、それも仕方ない。

まったくの初心者だけど天気に詳しくなって会話のラリーを続けたい人、つまり僕だが、そういう人向けの本はあるのだろうか?

「それでしたら、この3冊がおすすめですね」

と、ご主人が紹介してくれたのが、「ダイナミック図解 天気と気象のしくみ パーフェクト事典」「史上最強カラー図解 プロが教える気象・天気図のすべてが分かる本」「楽しみながらよくわかる 気象のしくみ天気図の見方」の3冊だ。
初心者はこれを読めば大丈夫!
初心者はこれを読めば大丈夫!
「ダイナミック図解」やら「史上最強カラー図解」など、図解に力を入れた本が3冊。

確かにそうだ!

僕のような初心者には分かりやすい図解が必要なのだ。

中を開くと、どの本もカラー写真とカラー図解で「読みたい」と思わせてくれる。
カラー写真とカラー図解による分かりやすい解説
カラー写真とカラー図解による分かりやすい解説
しかし、天気の話はどうしても難しい。カラー図解でもちょっとなぁ…、という人、それも僕だが、におすすめなのがこの2冊だ。
コナンと両さんによる解説本
コナンと両さんによる解説本
「名探偵コナン理科ファイル 天気の秘密」と「両さんの気象大達人」。

これなら、楽しんで読んでいるうちに、自然と気象の知識が身につくことだろう。

小説も気象関係

津村書店にも小説が置いてあるが、その小説も気象をテーマにした作品が集められている。
気象をテーマにした小説たち
気象をテーマにした小説たち
石黒耀さんの「死都日本」「震災列島」「昼は雲の柱」といった作品や、高嶋哲夫さんの「TSUNAMI 津波」「ジェミニの方舟 東京大洪水」など。いわゆるクライシスノベルというジャンルだろうか。いずれも気象現象が小説において大きな役割を果たしている作品群である。

今、ご主人が読んでいるのは、高嶋哲夫さんの新作「富士山噴火」。
ご主人が今読んでいる本
ご主人が今読んでいる本
「このような小説を読んで、知識として知っていることが大事だと思いますよ。いざという時に」

と、ご主人。

でも、フィクションですよね?

と聞いてみると、

「そのフィクションに基づく部分から得る知識が大事かと思うんです」

と、再びご主人。

備えあれば憂いなし。防災グッズと共に小説から得た知識も蓄えておく必要があるのだ。

気象の雑誌はあるの?

気象情報の専門雑誌はあるのだろうか?

「過去に月刊誌が2つあったのですが、今はないんです。唯一残っているのがこれですかね」

と言って持って来てくれた雑誌の名前は「天気」。ストレートなネーミングだった。
「天気」。2000円。
「天気」。2000円。
ご主人曰く、

「日本気象学会が毎月発行しているのですが、雑誌というより学会誌の意味合いが強いですね。1冊2000円と高いですし」

とのこと。

過去にあった雑誌は、気象庁監修の「気象」と地人書館から出ていた「月刊天文」という2つ。それぞれ今は休刊状態らしい。
雑誌「気象」(気象庁監修)。509円(当時)。
雑誌「気象」(気象庁監修)。509円(当時)。
雑誌「気象」の名物、「天気図日記」
雑誌「気象」の名物、「天気図日記」
専門雑誌は休刊になっているが、津村書店には「日経サイエンス」や「Newton」などで気象が特集されている号を取り揃えている。
日経サイエンスで気象が特集されている号
日経サイエンスで気象が特集されている号
同じくNewtonも
同じくNewtonも
2006年発行のNewtonで宮城県沖連動型地震について言及されていた
2006年発行のNewtonで宮城県沖連動型地震について言及されていた

気象予報士さんに支えられて

日本で唯一の気象専門書店で、気象庁の中にある。気象予報士さんにとっては、とても重要な本屋さんなのだろう。

入り口には津村書店を訪れた有名な予報士さんたちの写真が飾ってある。
津村書店を訪れた予報士さんたち
津村書店を訪れた予報士さんたち
奥様の京子さんには、今一押しの気象予報士さんがいるという。その予報士さんのお名前は荒木健太郎さん。著作も置いてあった。
「雲の中では何が起こっているのか」
「雲の中では何が起こっているのか」
荒木さんのサイン
荒木さんのサイン
TBSでお馴染みの森田さんのサインも
TBSでお馴染みの森田さんのサインも
「私たちは、気象予報士さんたちに支えられてここまでやってこれたんですよ」

と言う奥様から耳寄りな情報が。
「ななしの気象隊」という舞台のチラシ
「ななしの気象隊」という舞台のチラシ
気象予報士さんだけの演劇集団「お天気しるべ」の本公演である。この「お天気しるべ」は、

「天気のことをもっと知ってもらいたい、そして予報士の活躍する場所を増やしたい」

という想いから結成された劇団らしい。

気象予報士さんならではのお天気用語やお天気ギャグが飛び出したりするのだろう。ぜひ、観たい。

まだまだお天気関連が

津村書店には、本の他にも「はれるんグッズ」が沢山置いてある。「はれるん」とは気象庁のマスコットキャラクターのこと。
はれるんグッズ各種
はれるんグッズ各種
はれるんが回転する台座はご主人のお手製
はれるんが回転する台座はご主人のお手製
これだけのはれるんグッズを取り揃えているのも、日本でここだけ。津村書店でないと手に入らないのだ。

ここでしか手に入らないものとして、僕が最も惹かれたのが「お天気トランプ」である。
天気記号がトランプのマークに
天気記号がトランプのマークに
気象予報士さんが作ったトランプで、マークが全て日本式天気記号なのだ。トランプを楽しみながら、天気記号を覚えられる仕組みになっている。

ジョーカーに使われているマークは円の中にバッテンのある「天気不明」の記号。「雨」でも「雪」でもなく、「天気不明」が予報士さんにとってジョーカー的な存在であることが分かり、もちろん購入させていただいた。
お天気トランプ。1620円。マストバイ商品である
お天気トランプ。1620円。マストバイ商品である

取材中、ご主人が「ちょっと仕入れがあるので」とお店からいなくなった。新たなる気象本の入荷かな、と思っていたら、両手いっぱいに週刊漫画雑誌を抱えて戻って来た。気象に関する漫画ではなく、モーニングとかヤングジャンプといった普通の青年漫画雑誌である。

「職員の人たちが楽しみにしているので」

と、笑顔でモーニングを陳列するご主人。気象庁の人だって、天気の本ばかり読んでいる訳ではないのだ。
新しいモーニング入りました
新しいモーニング入りました
あと、気象庁の中に吉野家がありました
あと、気象庁の中に吉野家がありました
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