浅草(田原町)の「すし屋の野八」
一粒寿司をやっているのは、東京の田原町という駅から徒歩数分の「野八」というお店。
創業して43年。閑静な住宅街にある、昔ながらの常連が多いお店だ。今回は事前にお願いして、開店前に少しお邪魔させていただいた。
握ってくれるのは二代目。唐沢寿明似の男前。
お店に入ると右側にカウンター席が10席ほど並び、左側にはお座敷がある。回転寿司屋と違って入る時に緊張を伴ったものの、圧迫感を感じない程よい広さのお店と、対応してくれた二代目の快い対応でホッとする。
色々質問したい事はあるけれど、まずはさっそく、お目当ての一粒寿司を作ってもらいましょう。
7種類のネタをつかう。黄色の箱にはウニ。
7種類のネタをまな板に並べ、いざスタート。
集中力がいるだろうから邪魔してはいけない、と無言で見守る。
まずは海苔とネタを小さく切っていくところからだ。
切れ味よさげな包丁の先で器用に切っていく大将。
ちょっぴり使う。これをさらに半分。
しっかり押さえてチョン
つい息を止めて見てしまう。お寿司屋さんでそんな事はじめてだ。
まさに職人芸!
包丁の刃先をチョン、チョン、と器用に入れていく大将。とはいえ、普通のサイズの寿司ネタを切るよりは明らかに慎重。
一粒寿司に乗せた時の大きさと、切り身の筋の角度なんかも考えながらやっているようだ。
海苔がこれまた大変
一粒寿司を握るなら春が一番良い
大将が一番手間取っていたのは小さく切った海苔の扱いだった。取材に訪れた日は前日が台風で、梅雨が明けるかどうかという湿度の高い気候。こういう時期は海苔がすぐ湿って扱いにくいそうなのだ。
逆に乾燥していても割れてしまうので、一粒寿司は春が一番やりやすいかも、と教えてくれた。
指にネタを乗せ、
シャリとドッキング。ここでちょっとモジモジ
海苔を巻いていっちょ上がり! …ちょっと私、ある事に気づいちゃったよ
乗せてるだけじゃない。ちゃんと「握ってる」のだ
大将がシャリとネタを指にもってモジモジしている姿を見て気づいた。私は昔、飛び込みで寿司屋に1時間だけ修行させてもらった経験があるのだけれど、その時に習った握り方と手順が同じなのだ。
つまりこの小さい一粒寿司も、ただネタを乗せてるだけではなく、普通の寿司同様に「握っている」のだ。
何そのこだわり!
一粒に海苔をぐるりと巻いてウニの軍艦
完成! 赤身、カレイ(お皿の色と同化してしまってるけど)、中トロ、ホッキ貝、蒸しウニ、タコ、玉子、ガリ。カメラのピント合わせも大変。
ガリまでご丁寧にミニチュアサイズ。ああ、可愛い。ずっと眺めていたい。こんなお寿司初めてで、感動で泣いてしまいそうだ。
普通の寿司の2倍の時間
実は今回、一粒寿司を握り、盛り付けるまでの時間を計らせてもらっていた。開店前とあって準備し忘れてるものがあったりして万全の状態ではなかったけれど、約7分。
一貫につき1分かかることがわかった。
かかった時間は約7分。一貫1分!
普通の寿司を握ってもらう。さすが手早い!
普通の寿司も測ったら、ちょうど半分の3分半で盛り付けまで完了。手間だけ考えたら一粒寿司の方が倍の時間かかってしまうのだ。
サービスでやってる
こんなに手間をかけて、大興奮を与えてくれる一粒寿司だが、これはあくまでサービスだ。もともと余ったネタで作るものだし、こういうので料金をもらっちゃいけない、とキッパリ。
お客さんに喜んでもらうのが目的なのだ。
普通サイズと並べてみる
普通の寿司の1/300!
普通の寿司のシャリの数は約280~300粒らしい。(数字に幅があるのは玉子なんかは少なめにしているから。)なんと約1/300のサイズだ。
器用な人なら時間をかければ作れないことも無いかもしれないけど、実際にやってみようと思って、こんなに美味しそうに再現できちゃうのがすごい。
私もタコを握らせてもらう。まずネタを指に置き、そこにシャリをのせる。一粒寿司といえどこの順番は大事。
裏返して、キュッ
海苔を扱うネタはちょっと難しい。でも少し固めの酢飯だから普通のご飯より扱いやすいかも
左上のが私の握った一粒寿司。可愛いなあ
きっかけは「雛祭りの風習」から
やり始めたきっかけを聞いてみた。
初耳だったのだけど、お寿司屋さんには雛祭りの飾りに「小指大のお寿司をお供えする」という風習があるそう。
ある時、常連さんがそれを作って欲しいと言ってきて、じゃあどこまで小さくできるのかやってみて、という流れになり、最終的に一粒寿司に至ったのだとか。大将、ノリがいいな。
いろんな大きさを握ってくれた。左のが巨大に見えるけど、普通サイズ。雛飾りに供えるのは真ん中にあるものくらいの大きさ。
話題作りから始まったものではなく、日本の風習が元になって発想されていたのが面白い。
作り方のポイント
一粒寿司の作り方のポイントは以下のとおり。
・海苔を使わないネタの方がやりやすい。
・作る季節は海苔の状態がいい春がいい。
・ちゃんと寿司の手順で握る
・並べるときの向きが大事
・イクラはタラコで似たものを作れる。(偽装になるからお店ではやらない、と笑っていた)
一粒寿司の楽しみ方はお客さんが開発してく
ではでは、ありがたくいただきましょう。
爪楊枝をお箸代わりに。醤油は小さいガリにつけたものをポンポンと
一粒寿司をやりだして既に14年。これまでたくさんのお客さんがこの一粒寿司を食べてきたのだろうから、変わった食べ方もしているはず。
そう思い聞いたところ、外国人観光客が爪楊枝を箸代わりにしていたり、取材にきた芸人さんがガリでつけた醤油をつけるという技を編み出していた。
それにならって私もいただこう。
世界一小さいお寿司、いただきます!
すっごい小さけれど、ちゃんとタコの弾力と醤油の味を感じることができた。
それより何より、いつもと違う寿司を食べることにテンションがあがる。これまで何千回と食べてきた寿司とはまるで違った寿司をいま口にしているのだ!
素手でたべたい
お店によっては、お寿司の形が崩れることを嫌がり、お箸を出さずに素手で食べさせるところがある。個人的にも素手で食べるお寿司はより美味しいなと思う。ここはちゃんとお箸が置かれているけれど、ツウとしては素手で食べたい。
そこで、さっきの楊枝をつかったのとは違った食べ方を提案することに。
寿司は素手で食べるのがツウだろう。大将に指に並べてもらう。
綺麗に乗った! このまま町に出て、すれ違う人に自慢したい
我が指に集いし愛しい寿司たち
食べるために乗せてもらったのに、大・大・大好きな寿司が自分の指の上に並んだことにまた興奮してしまった。
このまま浅草寺に行って観光客に見せびらかしたい衝動に駆られた。絶対注目の的である。
警察とか警備員に注意されたとしても、これを見せたら水戸黄門の印籠を見た時のようにひれ伏してしまうんじゃないか。
警察もこれ見たら黙るだろう
このまま旅に出たい
浅草どころか、この一粒寿司たちと世界中を旅したいな、と思った。自慢したいのだ、日本の寿司の美味しさと、ここまでやってしまう日本人の寿司への愛情を。
さらに、今まで寿司は食べるものとしてしか存在していなかったのに、自分の指に乗ったことで仲間のような感覚が芽生えてきた。それぞれ個性や能力が違うポケモン達のような存在に見えてきたのだ。
「食べないで持って帰っていいですか」と外国人観光客がよく言ってくるそうだが、その気持ち、すごく分かる。
食べるけどね
さっきのやり方で醤油をつけ、一口でペロリと平らげた。一気に7貫&ガリを食べる。なんて贅沢だろうか。
味は、ちらし寿司の最後の一口のように色んなネタが混ざってて美味しい。でもやっぱり食べるのは300倍くらい大きいほうがいいな、とは思った。
普通サイズの寿司、超うまい!
一粒寿司のあとは、普通サイズのお寿司をいただいた。北海道の利尻島から直送できているというウニや、たっぷり乗ったイクラ(別で頼んだ)など、文句なしに旨い。
小さいお寿司のサプライズに、美味しいお寿司。寿司好きには天国のようなお店だった。
大将、ありがとうございました!
誰かを連れていきたくなるお寿司屋さん
小さいくせにインパクト大だった一粒寿司。海外メディアにも何度も紹介されているそうだ。でもただ話題になるだけじゃなくて、それとともにお寿司屋さんの昔ながらの風習が伝わり残ってくのがいいなと思った。
それと、お客さんを喜ばせたいという大将のサービス精神に感服。お店には15分進んだ時計があるのだけれど、これも終電を逃さないようにとの配慮。部下が上司を帰るよう説得できるように進めているのだ。気遣いが嬉しい。
なお、普通のお寿司はおまかせ5000円くらいから。誰かを連れてまた行きたい。一粒寿司に一緒に感動したいのだ。
大将の名刺。牛乳パックを再利用した紙に、障害者の方が自分たちで育てた花をあしらってくれるのだそう。割高だけど、作り手を応援できるしお客さんに渡すと喜んでくれるからこの名刺にしてるのだとか。全てはお客目線。粋だねえ。