スイッチバックとは
電車は急な坂を一直線に登れない。そこで山を上るときは、折り返すように線路敷いて、勾配を軽減する。
折り返しポイントでは振り返らずに進行方向が逆になる。これが「スイッチバック」だ。
これがスイッチバック
この方式のことは知識としては知っていた。中学生の頃に読んだ「今はもうない」という小説にスイッチバック路線が出てきた。
そしてつい最近のことだ。西武のレッドアロー号という電車で秩父に向かう用事があった。そこで電車が不意にスイッチバックをしたのである。
小説で読んだスイッチバックとはこのことか。
なるほど、これはちょっとおもしろい。小説ではスイッチバックは大変ロマンチックなものとして書かれていたのだが、それもわかる。もっとスイッチバックをする電車に乗ってみたくなってきた。
箱根登山鉄道ってちょっとかわいいかも
そしてぼくは箱根に向かったのだった。
箱根登山鉄道という路線がある。短い区間の中で3回のスイッチバックを行うのだ。ぞんぶんにスイッチバック味わえる。
箱根湯本駅
箱根湯本駅で箱根登山鉄道に乗り換え。箱根登山鉄道の電車がみょうにかわいいのが気になる。
んー? かわいくないですか、この電車
やっぱりかわいいように見えるのだが……?
電車の形なんて今まで気にしたことがない。ああいうのは一部のマニアの人たちが鑑賞するものだと思っていた。
オレンジかかった赤色がかわいい。そして車体がほんのり小さいのがかわいい。ランプの感じとか、かわいさ狙ってるとしか思えない。
公共の乗り物がかわいさ狙うってのはどうなんだ。だいたいかわいさ狙うという行為が、かわいさを損ねるぞ。しかしそういった矛盾を乗り越えて、なおかわいいような……?
自分がかわいいからってあんま調子乗んなよ
まあしかし、これが僕らを乗せて山道をえっちらおっちら走るわけだ。そう考えると、なんだかちょっとだけ胸がキュンとなるのも事実である。
擬人化された登山鉄道にはかわいさのひとかけらもないのがまた良い
箱根登山鉄道に乗ります
で、なんと、このかわいいような感じのする物体の中に実際に入ってしまうわけです(あたりまえだけど)。
近づく
車内は渋くてよい
いや、しかし本当は座っている場合じゃなかった。
僕は今回「スイッチバック」を体験しにきている。どうせならスイッチバックの折り返し地点の写真を撮りたい。
とすると先頭車両の一番前方からみたいのだが……。
すでに前方部分はめちゃこみ
みんな考えることは一緒だった。
この路線、急勾配世界2位である。ほとんどジェットコースターの登る部分みたいな感じ。線路がよく見えて、スイッチバックに興味ない人でもみんな前に行きたがる。
でも、景色観ないでふつうにスマートフォンでパズドラやってる人もいた。どちらかというと、ぼくもそっち側の人間だったはずだ。しかし今はもう……ああ、魔法石買ってあげるからその席おれにくれ!
すごい山の中を進んでゆく
スイッチバックの一回目の折り返し地点だ
やがて電車は第一のスイッチバック地点に到着。「これからスイッチバックをするよ」と車内アナウンスも流れた。
乗客にかすかな緊張感が高まる(パズドラやってる人は関係ないけど)。
これがスイッチバックの折り返し地点。ふつうの行き止まりだね
そして電車が一度停まって、ゆっくりと逆方向に動き出した。
「オオ~」
「これがスイッチバック…」
「へー逆向きになるのね……」
「……」(パズドラ)
ボソボソと車内にスイッチバックを喜ぶ声が浮かぶ。ただ電車の向きが変わるだけなのだが、この折り返し地点がだんだん遠ざかってゆくのを見ると感慨深い。ほかの乗客もそう思ってるっぽい。
二回目のスイッチバック
今度は駅でスイッチバック
ほどなくして二回目のスイッチバックである。今僕が乗っているのは最後尾の車両なので、折り返し地点は見に行けない。
見たいという気持ちがあったが、見えないままのスイッチバックもまた味があって良かった。
本当にすごいところを走る
最後のスイッチバック
最後のスイッチバックポイントに来るときには車内に「スイッチバックの折り返し地点を見ておくのがイケている」という雰囲気ができあがってしまった。
なぜだ。ぼくがバシャバシャ写真撮っていたからか。
みんな背伸びしてる
望遠レンズに換えていろいろやったらなんとか撮れた
これで箱根登山鉄道のスイッチバックは終了。乗客全員の間に「スイッチバックよかった」的な空気が漂っている。パズドラやっていた人も最後には止めていた。
スイッチバックの良さは「電車ががんばっているのが体感できる」というところにある。交通手段は目的地のためだけにあるのではない。人間だって死ぬために生きているのではないのだ。過程を見つめなくては。
……だいたいそんな感じのことが、中学生のころ読んだ、スイッチバックが出てくる小説の中にも書いてあったと思う。
読んだ時は「なるほどいいこと書いてあるな」くらいにしか思わなかったが、体感してしまうと「それは本当に絶対そうだ!」と全面的に大賛成してしまう。
電車の写真撮るのが楽しくなってきてしまった
そして終点の強羅に到着。
なんかホクホクしてしまっている
しかしなにか物足りず、また少し折り返して下車し、箱根登山鉄道の写真をバシャバシャ撮ってしまう。
そしてこの時初めて、自分の持っているカメラに電子水準器がついているということに気付いた。もうこのカメラ1年以上使っているのに。
乗ってきたのとは違うやつだけど、これもかわいいように思えてしまう
この電車も自分で自分のことかわいいって思ってそう
線路だけでもけっこうイケる、と思ってしまった……
電車好きになってしまうのだろうか
ちょっとスイッチバックを乗りに行ってみたかっただけなのに、 まさか、電車の写真を撮って喜ぶとは思っても見なかった。あれは自分ともっと遠いところにある趣味だと思っていた。
でも今は世の中にもっとかわいい電車があるのか気になるし、もう少しいい撮影機材も欲しい。どうしよう。