木琴を銀座で買う
iPhoneの着信音で木琴が使われているのは3種類。「オープニング」「マリンバ」「シロフォン」である。iPhoneユーザーでもそうでない人も聞いたことがあるのではないか。
木琴は未経験だけど、この短い曲なら練習すれば大丈夫なはず。はやく木琴を手にい入れよう。
近所の楽器屋に確認したところ在庫がないらしく、思い切って銀座のヤマハ(でかいことで有名)に向かった。
銀座のヤマハ。薄目で見たら何らかの楽器のように見える。
管弦打楽器が売られているフロアに向かう。
学校を卒業して以来、こういった楽器を見る機会もなかった。興味深い。
バイオリン。なめたら甘そうだな、と思った。
金属をよくここまで曲げたりくっつけたりしたものである。
サクソフォーン。模様が彫ってある。
その説明が「芳醇で、パワフル」。頑張ればぼくもパワフルにはなれる気がするが、芳醇にはなれない。
どんな音色がするのかも気になるが、やはり値段には驚いてしまう。水族館でマグロを見たときの例のあれのような無粋な気分で眺める。
練習しなくても弾ける人はいる
そんなフロアの片隅に置かれていたのがこちらの木琴である。卓上木琴で、シロフォン。iPhoneの着信音の曲名の一つにもなっている。
シロフォンは二種類あって価格が倍違う。何が違うのか聞くと「高い方はいい木材を使っている。出せる音階は同じ」とのことであった。迷わず安い方を購入。8500円。
ちなみにその場で店員さんに着信音を聞いてもらい、この木琴で弾くことができるか尋ねると、彼女はばちを軽やかに操りメロディを奏でたのだった。
さすがヤマハの店員さんである。ちょっと尋ねただけでさらっとできてしまうとは(音を確認する感じではあるが)。
なんかもうこれを録音すればいいじゃんと思ったが、それは自分でやるのがこの物語のキモである。
というわけで購入&記念写真。
これがシロフォンの手ざわり
現代的なデザインの箱に入っていた。
取り出す。
木がむき出しになっている部分もあるが、黒いツヤツヤ感がそれを補って、全体としていいものに見える。
鍵盤にはドレミの音階がひらがなで書かれている。初心者なのでうれしい。
こういうのいいですな
長さは1m弱あるだろうか。かなり大きいのでパソコンのディスプレイをどかして机の上においた。
かなりの威圧感だ。iPhoneの着信音がピアノじゃなくてよかった。
大好きなパソコンをどかしてまで木琴をおいた
さて、準備ができたところで叩いてみよう。
冒頭で紹介した着信音をさぐりさぐり叩いてみた。
「マリンバ」はスピードが早過ぎるし、「オープニング」に至っては何をやっているのかわからない。三つのうちだと、「シロフォン」が弾きやすそうだ。この時点で大体着信音になっている。
「シロフォン」を中心に演奏していこう。
結構いけるのでは
が、問題が一つある。
いまは両手で一本ずつマレット(ばち)を持って主旋律を叩いているが、本家のメロディを聞くと、主旋律以外に低い音が鳴り続けているのが分かる。ベースのような音だ。
これは明らかに……
腕が一本足りない!
足りないのは腕ではなくマレットの数である。右手に2本、左手に1本のマレットを持って練習を開始した。
これがまた難しいのであった。
要するに両手を別々に動かす練習だ
地味なので公園で練習しよう
右手は3つの音、左手は「ド」を延々と叩き続けるだけという簡単な曲である。それぞれの動きは別々にするのだったらすぐにできた。
だが、鍵盤未経験者の自分としては、左右の手を同時に違うリズムで動かすというのが難しい。不器用なのもあるかもしれないが、理想通りに動かないのでものすごくイライラする。
練習するしかない
最近読んだ脳科学の本によれば、右脳と左脳をつなぐ「脳梁」というパイプのような部分を切断すると左右の脳が独立して働くので、左右の手も別々に動かすことが容易にできるようになるらしい。
練習しながら、ずっとそのことを考えていた。
脳手術か…
そこまではしたくないな…
という感じで練習に時間はかけたのだが、単純な反復なのでとても地味だ。これといって書くことがない。
それでも徐々に、完璧とは言えないがだいたいできるようになった(とギリギリ認められる水準に近づいた)ので、本番に移りたい。
夜のにぎやかな公園で挑戦
実験の場所として選んだのは夜の池袋西口公園。ここでiPhoneの着信音を演奏する。
池袋西口公園
ここの良い点は酔っ払った若者が多いことだ。
若者はiPhoneを持ってそうだし、酔っ払っているから着信音も聞き違えそう、という考えがある。
あたりを見回せば、酔っ払って踊ってる男性やいちゃついているカップルばかり。うかつである。
はたしてこの中にぼくの生演奏で勘違いする人はいるのか。
このへんでやろう
完璧な演奏だとはお世辞にも言えないだろう。だがこの群衆である。もしかしたらひとりくらいiPhoneが鳴っていると勘違いする人がいるかもしれない。
あたりを見回して観察する。
だれかうっかりさんはいるかな
いないかー
物事はそううまく運ばないものだ。うしろのカップルは相変わらずペッティングを続けている。
目視でも、撮影した動画を確認しても、僕の演奏をきっかけにiPhoneを取り出した人はいなかった。演奏の不出来というより、着信音は着信音で演奏は演奏だという気がした。
もしくはみんなiPhoneを使っていないのかもしれない。
iPhoneだと気づいてくれた人はいた!
(いっそ、この演奏を「新しいタイプの着信音」として音声ファイルで公開して、みんなにそれぞれ着信音にしてもらおう。
そうすればどちらがリアルかわからなくなってぼくの演奏で間違えてくれるはずだ。遠回りかもしれないけど、もし勘違いさせたいならそれが最も確実だ……。)
そう思い、失意の中帰宅しようとしたその時である。
"…guy…you…iPhone…"
近くにいた酔っぱらいの外国人が、ぼくが立ち去る際に「…guy…you…iPhone…」的なことを言っているのが聞こえた。
ぼくの演奏はiPhoneの着信音だということはわかってくれていたようなのである。
間違いはしないけど理解はしてくれた! 当初の目的とは違うことなのだが、もうこれは成功でしょう。嬉しくて夜の人混みをかき分けるように小走りで帰宅した。