特集 2015年6月9日

あじさいの良さ

あじさいがそんなにいいものなのかと確認しに行きました
あじさいがそんなにいいものなのかと確認しに行きました
あじさいの季節である。

あじさいに対してこれまで特別な感情を持ったことがなかったが、インターネットをつらつらと見ているとあじさいを眺めながらクイズが同時に楽しめる催しがあることを知った。

なぜあじさいとクイズ……。よくわからないがおもしろそうだ。この機会に「あじさいの良さ」をたしかめよう。
1986年埼玉生まれ、埼玉育ち。大学ではコミュニケーション論を学ぶ。しかし社会に出るためのコミュニケーション力は養えず悲しむ。インドに行ったことがある。NHKのドラマに出たことがある(エキストラで)。(動画インタビュー)

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ぼくがまだ知らないあじさいの良さ

あじさい、人気のある花である。改めて気にしてみると、うちの近所にもあじさいが咲いている。
咲いている……
咲いている……
ここにも
ここにも
徒歩10分圏内なのにこれほどか。
徒歩10分圏内なのにこれほどか。
咲きすぎなのでは?
咲きすぎなのでは?
あまり興味なかったが、「そんなにいいのか」という思いである(それとも勝手に生えてくるのか)。

あじさいの良さをしっかりと理解すれば、今後の人生も豊かになりそうだ。あらためてあじさいが有名なスポットに行ってみよう。

あじさいとクイズと

で、あじさいスポットを探していたら知ったのが、冒頭に書いたあじさいとクイズを組み合わせたイベント(?)が行われるのは高幡不動尊。都内有数のあじさいスポットだ。
「都内有数のあじさいスポットだ」 と言い切ったが調べてから知った。
「都内有数のあじさいスポットだ」 と言い切ったが調べてから知った。
そもそも高幡不動尊には数々の歴史的建造物があるほか、境内の山には四国八十八ヶ所巡りのミニチュア版(これで四国のお遍路を巡ったことになる)もある。

それだけの見どころがありながらあじさいを咲かせるわ、クイズを出すわと訪問のハードルを下げることに余念がない。見習いたいものである。
あじさいは曇りの日に映えるというがこの日は真夏のような晴天であった。
あじさいは曇りの日に映えるというがこの日は真夏のような晴天であった。
とりあえず参拝する
とりあえず参拝する
というわけで高幡不動尊に来たわけだが、まずはお参りしておこう。こういうところで撮影するときの「拝んでいかないとな…」という気分の強烈な呪縛力は、21世紀にあっても揺るがない。

あじさいへの思いが高まりすぎ

さて山内八十八ヶ所めぐりのコース沿いにあじさいが咲いていて、その所々にクイズが設置されているとのことだ。

箱に重ねられていたクイズの解答用紙をゲット。
正解すると抽選で商品がもらえるそうだ
正解すると抽選で商品がもらえるそうだ
この石が日光でとても熱くなっていた。
この石が日光でとても熱くなっていた。
クイズの会以外にも、俳句・短歌コンクールと写真コンクールもやっているようで、高幡不動尊のあじさいテンションはマックスの様相である。

さらにはあじさいが見られる散歩道に行かずとも、レアあじさいが陳列されているありさまである。
いきなり見せられても素人なのでそのレア度が理解できないのが残念だ。
いきなり見せられても素人なのでそのレア度が理解できないのが残念だ。
ぜひこの高いあじさいテンションに巻き込まれていきたい。

あじさいの良さをさがす

ではいよいよあじさいを見に行きたい。
このように山内八十八ヶ所の道沿いにあじさいが咲いている。というかあじさいだらけである
このように山内八十八ヶ所の道沿いにあじさいが咲いている。というかあじさいだらけである
それでは八十八ヶ所めぐりのコースに足を踏み入れてみたい。

すると、たしかにあじさいがたくさん咲いている。さまざまな品種が植えられているようだ。
あじさいの花よりも「名札ありすぎ」と思ってしまった。
あじさいの花よりも「名札ありすぎ」と思ってしまった。
丁寧に名札が設置してあったので、最初に気になったのはその名前だ。そんなに品種があるのか。ペットのように、個体に名前が付けられているかと思ってしまうほどだ。

よく見ると、僕の中のあじさいのイメージとは違う、やけにかっこいいのがあった。
かっこいい
かっこいい
必殺技っぽい。必殺技なのかもしれない
必殺技っぽい。必殺技なのかもしれない
花そのものではなくまず名前に気を取られてしまってもうしわけないが、その種類が多さに奥深い世界があることを感じた。
あじさいの良さ その1
名前がかっこいい

心を澄ましてあじさいに何かを感じてみる

それでは咲いているあじさいを眺めて何か思ってみることにしよう。
うん、あじさい
うん、あじさい
あじさいだね
あじさいだね
いろいろなあじさいが、あるんだね
いろいろなあじさいが、あるんだね
あじさいの良さ その2
きれい
きれいはきれいだ。

……だが、とくにこれという感情は出てこない。

じゃ、じゃあクイズは!? と思いクイズを確認すると……。
がびーん
がびーん
ご覧のようにめちゃくちゃ簡単なものなのでまじめに悩むレベルではなかった。

強いて言えば、かなり長く感じる参拝コースにクイズがほどよく散りばめられており、心のオアシス的なものとして機能していただろうか。

……クイズへの期待は捨て去り、あらためてあじさいの良さをさがしてみよう。逃げ場はない。
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写真がおもしろい

まわりの人がよく写真を撮りまくってるので、真似るようにやってみるかと思い、バシバシ撮影する。
レンズ越しにあじさいを見てみると、これは!
レンズ越しにあじさいを見てみると、これは!
するとその魅力が次第にわかってきた。

あじさいの花が立体的に咲いていることに気がつく。なんというか、小さい山のジオラマのようだ。
ざくっと撮ってもこんな風に広がりがあるというか
ざくっと撮ってもこんな風に広がりがあるというか
あじさいの花が立体的に咲いているおかげで、カメラに収めようとするといろいろな構図が考えられるし(いいか悪いかはわからないが)、被写体をボケさせたりも楽しめる。風に少し揺れるのもにくい。

3Dシューティングゲームのように、撮影に夢中になってしまう。
近づいたり
近づいたり
離れたり
離れたり
明るく撮ったり
明るく撮ったり
後ろボケ
後ろボケ
前ボケ
前ボケ
写真としていいものではけっしてないと思う。が、写真を撮るのはたのしかった。カメラがグイグイ動く感じがするのだ。

今となっては魅力がよくわからないこの写真に、その楽しさがあらわれている。記録に残らないという点では、まるで夢のようである。「夢中」とはこのことか。

おそらく何度も言われてることだとおもうけど、反復をおそれずに言う。あじさいはカメラで撮るのは楽しい。
あじさいの良さ その3
カメラの操作をいろいろ楽しめる
あたりにいる人は概ね立派なカメラを携帯しており、みんなかぶりつくようにあじさいを撮影している。

近くで見ると川端康成に似たおじいちゃんだが、少し離れてみると森の妖精のようになっている人もいた。
森の妖精かと思った
森の妖精かと思った
カメラを持たずにぶらぶら歩いているサラリーマン風の男性と一人すれ違ったが、ここでは高尚な鑑賞すスタイルに見えてくる。

ああ、なるほど、という思いだ。
満足したところで、クイズの解答用紙もばっちり提出。後日抽選で何かもらえるという件も楽しみである。
以上、高幡不動のあじさいまつりでした
以上、高幡不動のあじさいまつりでした

帰宅後不安になったので再挑戦

「カメラで撮るあじさい最高……。ベストアンサーでたな……」と満足して帰ってきたのだが、その日眠る直前に不安になる。

これでいいのか。ただのカメラ趣味の話では…。

というわけで後日改めて別のところにもあじさいを見に行った。
飛鳥山公園に来た
飛鳥山公園に来た
山には登らず線路沿いの道へ行くとあじさいが咲いているらしい
山には登らず線路沿いの道へ行くとあじさいが咲いているらしい
飛鳥山公園にやってきた。休日なので友達や家族と来た人が多い。またしてもみんなカメラを持っている。

しかしながら、先日とは違う楽しみ方をしているようだ。
こちらのあじさいもきれいだが
こちらのあじさいもきれいだが
ああ、そうやって自分を撮るのね
ああ、そうやって自分を撮るのね
自撮り棒を持った人もいる
自撮り棒を持った人もいる
高幡不動のあじさいは対象として愛でる感じだったが、こちらはこちらでいい背景として機能している。スマホでの自撮りも含めて自分たちを撮影している人が多かった。
あじさいの良さ その4
いい背景になる
しかも特徴的だったのは、「イエーイ」と楽しそうにピースするのではなく、「スンっ」とした澄ましたポーズで写真を撮っている点だ。

結局カメラの話になってしまい、この記事も収集不可能になりつつあるが、彼らの真似をして「スンっ」としたポーズで記念写真を撮って終わりたい。

あじさいをバックにするといったいどんな写真が撮れるのか。
スンっ
スンっ
ここまでノリノリで撮ってしまったら、もう「あじさいの良さって何?」とは言えまい。
ここまでノリノリで撮ってしまったら、もう「あじさいの良さって何?」とは言えまい。
こんな感じである。ともかくいい写真が撮れたのでこれでよいことにしたい。

みなさんもこういう写真が撮りたかったらぜひシーズン中にあじさいの咲いているところに足を運んで欲しい。

わかったふりして臆面もなくこういうこと言う私である(背景はあじさい)。

あじさいにカメラを

さんざんあじさいの魅力を楽しんだ。これでもうあじさいはもう友達である、そんな気分になった。

よさを説明されても、ふーんと理解はできるが納得はできないことはある。今回は実際に無理やり触れてみて、理解を超えた納得感が生まれたのでよかった。

とか言いつつ、また秋に「彼岸花の良さ」という記事をぼくが書いたら「やっぱり本当は納得してなかったんだな」と思ってほしい。
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