ストロボはじめて物語
このあいだカメラの「外付けストロボ」というものを初めて買った。これがすごい。
もう狂った猿のようにストロボ撮影しまくっている
暗いところで撮影できるだけでなく、壁や天井に反射させると、まるでプロが撮ったかのような、爽やかな色合いの写真が手軽に撮れるのだ。すげー! すげー!
写りにくい黒猫の毛並みもこんなに鮮やかに!!
こういう感動に触れるたび、「こんなすごいもの、最初にどうやって作ったんだ」と考えだすのが僕のくせである。しかしこの件は、考えて2秒で思い出した。
あ、そうだ「マグネシウムの燃焼」だ。 (啓林館『未来へひろがるサイエンス2』より)
マグネシウムは白く美しい閃光を放って燃えるのだが、教えるときに「昔はこの光を写真のフラッシュにしてたんだよ」と小ネタをはさむのが業界の定番なのである。
これは粉末マグネシウム。手持ち花火のバチバチ光る粒はコイツ。
しかしそういう僕も口ばかりで、マグネシウム粉末を燃やして写真を撮ったことは一度もない。
よし、今日は理科教員としてのステップアップのために、マグネシウムで写真を撮ってみよう。
作ろう「フラッシュパウダー」
写真撮影用のためマグネシウムにあれこれ配合した粉を「閃光粉」というらしいのだが、もちろん現代では実用されていない。
『閃光粉』で検索しても驚くほど情報が見当たらないし、どうしたら作れるのか?
こういう時は必殺、英語版Wikipediaだ。
グローバル視点での問題解決
閃光粉のことは英語で“flash powder”というらしく、Wikipediaには配合レシピが山ほど書いてあった。ラッキー、あとは自動翻訳で問題解決である。ありがとうグローバル時代。
作成には、危険物に類する薬品も必要だが、さいわい僕は職業的にそういう薬品も手に入れられる。
ちょっとズルっぽくて申し訳ないが、職場にある薬品ですぐに作れる閃光粉を調合してみよう。
硝酸カリウムと粉末マグネシウムを1:1で混ぜるだけ
ものすごい簡単さだ。1分30秒で完成した。
見た目はゴマ塩っぽいが、きちんと燃えるんだろうか。ティッシュに包み、ガスライターでおそるおそる火をつけてみた。
ふわあぁ! 燃えた!! まぶしい!!
もっと一瞬で「ボン!」といくかとも思っていたが、燃焼に1秒ぐらいはかかる。おそらくマグネシウムの粒が粗いせいだろう。
直径約0.3㎜。アサリの中に入っている砂ぐらいの大きさ。
粒が大きいと反応速度は遅くなるが、まあ、それでも十分な光量だ。むしろこれ以上急激に燃焼したら危なすぎて困る。
さて、続いてもう一種、アルミニウム粉末を使った閃光粉も作ってみた。
アルミニウム:硝酸カリウム:硫黄=5:3:2の配合
アルミニウム粉末はとても目が細かく、粉砂糖のようである。
肌に塗るとよくなじむので、体に塗りつければ「サイボーグ」というお手軽な宴会芸もできる(やめよう)。そのぶん爆発する危険性がすごく高いので非常にひやひやしたが……
マグネシウムほど早く燃えないし、閃光の色も少し赤い。それと硫黄を使っているので、花火の煙みたいな臭いがものすごく漂って、まだ6月なのに夏の終わりみたいな気分になる。
いまいち写真には向かない感じだ。Wikipediaに「写真にはマグネシウム閃光粉が一般的」と書かれていたのもわかる。
というわけで今回はマグネシウムの閃光で写真を撮ることに挑戦したい。
作ろう、マグネシウム・フラッシュ
まずはフラッシュを量産しよう。
下の図のような、マグネシウム閃光粉1グラムをティッシュに包んだものを大量生産する。
なんか薬玉を作る忍者みたい
実際、燃やすとものすごい量の光と煙が出るので、まさに忍者道具だ。飲み会から帰るときに、「これにてドロン」と言いながら燃やして行方をくらます、という使い方も考えられる。
煙はこんな感じ。これにてドロン。
続いてこのフラッシュ玉をカメラの後方、火花が飛ばない距離に設置し、暗幕を締めきる。
今回のスタジオ全景。暗幕の感じがスタジオっぽくて盛り上がる
あとは電気を消し、暗所でカメラのシャッターを開けっぱなしにして、そのあいだに閃光を放って感光させれば撮れるはずだ。
燃やそう、マグネシウム・フラッシュ!
さて、モデルの2人に立ってもらい、ピントを合わせ、撮影に入る。
得体のしれない実験に巻き込まれ、不安がるモデルたち
記念すべき第1回撮影だ! 電気は消したぜ!
モデルたち、そこを動くなよ!
いくぜ、マグネシウーーム、フラッシュ!!
シュバアアッ!!!
ピシャアアァァーーンン!
やばい、極楽からの迎えが来た
めちゃくちゃ白くぶっ飛んで、臨終来迎みたいな写真になった。マグネシウム・フラッシュ、すげえ強力だ、浄土からの来光みたいだ。
どう調整しても顔無しになる。ある意味、菩薩っぽい。
カメラに詳しい人は「感度上げ過ぎたんじゃないの?」と思うかもしれないが、これでも感度はISO400(曇りの日の屋外程度)である。馬鹿みたいに高くはない。
というわけでモデルとの距離などを調整して再挑戦し、何とかきれいに撮れたのが次の写真である。
成功! フラッシュパウダー撮影!
今度は無事に撮影成功だ。
光が全方向にまわり、不自然な写真にならずにうまく撮れた。光はすこし赤っぽいのだが、温かみのある色あいとも言える。
撮影風景も動画でご覧ください。(0:44あたりからみどころ)
てことは昔の写真って今より温かい色あいだったのかな、とか思ったが、よく考えると当時はとうぜん白黒写真だから関係ないのか。まあ、とにかくきれいに撮れてうれしい。
さて、ここから実験は最終段階。完全非電化でのフラッシュ撮影をやってみたい。フラッシュだけでなく、カメラもアナログ化するのだ。
つまり、これの出番です。
非電磁式シャッターしか切れない、というポンコツのカメラ。
電池を使う部品はもはや完全に壊れ、手動シャッターしか切れないという、超アナログかつ旧式な時代の遺物である。
だが、今日の撮影のコンセプトは、むしろコイツにこそふさわしい。さあ、満を持して再登場してもらおう。
さっきの撮影時のデジカメの設定。絞りはF22、シャッターは手動開放。
さっきデジカメで合わせた設定と、同じ設定にフィルムのカメラを調整して、モデルに向けてシャッターを切る。理論上はこれで撮影できるはずだ。
フラッシュ玉、フィルムカメラ、ともにスタンバイOK!
これで準備OK。
全てアナログでのフラッシュ撮影、これこそが今回の究極の目標だ。気分はわくわく、大正ロマンである。
♪サアサようこそ寫眞館へ ♪一寸澄ましてお待ちになって ♪ハイハイ焚きますマグネシウム・フラツシユ!
ひやうふつ!
んー、撮れたかな……
ここですぐに結果が確認できないのがフィルムカメラの楽しいところである。フィルムを巻きとり、現像に出して、1日もぢもぢと待ち、返ってきた結果がこれだ。
みごと撮影大成功!
よっしゃ! 撮れてる!
撮れてる! 写真印画紙にぴっしりと像が刻まれてる! 100%アナログのフラッシュ撮影、大成功だ!
写真を拡大してみよう。
きめ細やかなスカートの柄まで完ぺき。
僕のスキャナがいまいちなので伝えきれていないが、フィルム写真らしい美しさに満ちた一枚だ。
閃光粉の調合から、フィルムの現像までと、1枚撮るのにものすごい手間がかかった撮影であったが、本当にきれいに撮れた。
ネガの方もすばらしい美しさ。
これで、もし世界中で明日から電池の使用が禁止になったとしても、僕だけは暗闇で写真を撮ることができる。
また一つ写真を撮る技術が上がったぜ! いつでも焚くぜ! おれのマグネシウム・フラッシュ!
ひさびさに「世界にこの楽しさを伝えたい」と思える題材に出会い、実験に夢中であった。
この期間、仕事が激烈に忙しかったので、残業のさらにあと、夜の10時過ぎまで職場に残って撮影に取り組んだが、まさにその甲斐あったと言えるだろう。
ただし試薬には危険物を使用しているので、高校の化学部などでやるときには本当に注意して下さい。