特集 2015年6月15日

刑務所近くの食堂でシャバの味を噛みしめる

シャバの味を堪能した
シャバの味を堪能した
刑務所から一番近くにある食堂のめし。それは、刑期を終えた元受刑者が最初にふれる「シャバの味」ではないだろうか。もしかしたらそこには、お勤めを終えた受刑者を癒す特別なサービスやメニュー、特徴があるのかもしれない。

刑務所最寄りの飲食店を訪ねてみた。
1980年生まれ埼玉育ち。東京の「やじろべえ」という会社で編集者、ライターをしています。ニューヨーク出身という冗談みたいな経歴の持ち主ですが、英語は全く話せません。

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記念すべき出所後最初のめし

高倉健さん主演の映画『幸福の黄色いハンカチ』は、出所したばかりの島勇作(健さん)が街の食堂でラーメンとかつ丼を食べるシーンからスタートする。コップ一杯のビールをゆっくりと飲みほし、ラーメンを一気呵成にすする姿が長い刑務所生活を連想させる名シーンだ。

おそらく実際の世界でも「出所後に何を食べるか」というのは、受刑者にとって大きな楽しみのひとつであるはずだ。いきおい、刑務所を出て一番近くにある食堂に飛び込む元受刑者も多いに違いない。
府中刑務所がある北府中駅にやってきた
府中刑務所がある北府中駅にやってきた
駅舎の天井がどことなく刑務所っぽいのは気のせいか
駅舎の天井がどことなく刑務所っぽいのは気のせいか

日本最大の刑務所へ

やってきたのは北府中駅。日本最大の刑務所・府中刑務所(以下、府刑)の最寄りだ。2842名の定員に対し、現在は3000名以上の受刑者を抱えているという府刑。その周囲は高さ5.5メートルの塀で囲われ、ものものしい雰囲気を漂わせている。
脱走許すまじ、といった佇まいの巨大壁
脱走許すまじ、といった佇まいの巨大壁
さて、そんな刑務所にもっとも近い食堂はどこなのか? 北府中駅を出て北側に少し歩くと、塀の向かい側にさっそくお店を発見した。ここが府刑の最寄りグルメなのだろうか?
元受刑者、ではなくファミリーで行列ができる人気店のようだ
元受刑者、ではなくファミリーで行列ができる人気店のようだ
府刑の敷地からおよそ100m、府中街道沿いの人気店「カロリーハウス」。カロリーに飢えていた受刑者にとっては魅力的すぎるネーミングではないか。どうやら、ハンバーグやステーキを中心としたレストランのようだ。
こんな魅力的なハウスが他にあるだろうか
こんな魅力的なハウスが他にあるだろうか
周囲に他に飲食店は見当たらず、この店が刑務所の西側では最も近いシャバの味ということになりそうだ。外観の雰囲気からして、明らかに美味しそうな料理を提供してくれそうである。

だが、僕が思う刑務所明けグルメとは少しイメージが異なる。幸せそうなファミリーでいっぱいの店内は出所したての身には、きっとこたえることだろう。言い方は悪いが、もっとこきたない感じのお店のほうが落ち着いて食事ができる。懲役をくらったことはないが、きっとそういうものだろう。

もう少し、塀のまわりを歩いてみよう。
刑務所北側の通りは「学園通り」。塀の向かい側に小学校や高校が並んでいる
刑務所北側の通りは「学園通り」。塀の向かい側に小学校や高校が並んでいる
ちなみに反対の南側は「美術館通り」。さすがに「刑務所通り」とはつけないわな
ちなみに反対の南側は「美術館通り」。さすがに「刑務所通り」とはつけないわな

塀の周りは静かな住宅街

刑務所に来たことがないので周囲の雰囲気がどういうものなのかよく知らなかったのだが、塀の周りはかなりキレイに整備されていて、穏やかな生活の営みを感じさせる住宅街が広がっていた。
なお、あの3億円事件が起きたのはこのあたり
なお、あの3億円事件が起きたのはこのあたり
凶悪犯を含む3000人の服役囚を収容する刑務所の周囲はもっとピリピリした感じかと思ったが、時々警察官が巡回している程度で特別張りつめた空気ではない。自転車の中高生や主婦が行き交う、ふつうの住宅街と何ら変わらない風景がそこにあった。
刑務所の前の通りは美しい街並みとして表彰もされている
刑務所の前の通りは美しい街並みとして表彰もされている
分厚い壁が隔てる日常と非日常
分厚い壁が隔てる日常と非日常
刑務所という社会から隔絶された施設が、こんなにも住宅地に近接した場所にあるとは少し意外だった。刑務所が近くにあるというとどうしても不穏なイメージを抱いてしまうが、かえって警戒レベルが高いぶん治安が良いのかもしれない。

さて、塀のまわりを散策してみたところ、いくつかめぼしいお店を発見することができた。なかでも服役を終えた人が出所する正門近くに気になるお店があったのだが、それは最後に紹介しよう。
とりあえずカロリーハウスにもどってきた。まだ行列している
とりあえずカロリーハウスにもどってきた。まだ行列している
魅力的なカロリーが並ぶ
魅力的なカロリーが並ぶ
カロリーステーキはライス・サラダ付で150g1400円~。ジューシーでうまい肉だった
カロリーステーキはライス・サラダ付で150g1400円~。ジューシーでうまい肉だった
先ほどイメージと違うなんて書いたが、これはこれで魅力的なシャバ飯である。おそらくムショではこんなガッツリした肉にはありつけまい。
ちなみに、こちらは府刑にもっとも近い商店街
ちなみに、こちらは府刑にもっとも近い商店街
レストランもけっこうあるが日曜定休のところが多い。出所するなら平日がよさそうだ
レストランもけっこうあるが日曜定休のところが多い。出所するなら平日がよさそうだ
刑務所正門から3分の商店街にはレストランや居酒屋、スナック、コンビニ、美容室など色んな店があり、最も手近にシャバの空気を感じられるところかもしれない。元受刑者たちの多くがここで腹ごなしをし、美容室で身なりを整え、家族の元へ帰っていったことだろう。

そう思うと、なんだか尻の穴が引き締まる思いがした。
日曜昼からやってたスナック
日曜昼からやってたスナック
たい焼きの老舗。40年変わらないやさしい甘さ
たい焼きの老舗。40年変わらないやさしい甘さ
「もう戻ってくんなよ」と語り掛けるような眼差し
「もう戻ってくんなよ」と語り掛けるような眼差し
刑務所にもっとも近いコンビニ「ポパイ」。基本、府刑の周りにはチェーン系のお店はなく、こうした昭和感漂う個店ばかりだった
刑務所にもっとも近いコンビニ「ポパイ」。基本、府刑の周りにはチェーン系のお店はなく、こうした昭和感漂う個店ばかりだった

出所は正門から

さて、府中刑務所の正門は敷地の東側にある。ネットで調べる限り、出所者はここから出てくる説と府中街道沿いから出てくる説とがあったが、服役したことがないので真相は分からない。誰か出所してこないかとしばらく待っていると、自転車に乗った中学生が中から出てきて驚いたが、よく考えてみたら刑務官や職員の家族だろう。敷地内には刑務所で働く人たちが暮らす団地もあるようだ。
ものものしい雰囲気の正門
ものものしい雰囲気の正門
出迎えって書いてあるから、たぶんここから出所してくるんだろう
出迎えって書いてあるから、たぶんここから出所してくるんだろう
映画なんかだと、裏口からひっそりと出所するようなイメージもあるが、どうやら正門から堂々と社会復帰するのが府中スタイルのようだ。ならば、ここから一番近い食堂が元・受刑者にとってもっとも身近なシャバの味ということになる。
正門から歩くこと3分。「刑務所東角」の交差点そばにその店はあった
正門から歩くこと3分。「刑務所東角」の交差点そばにその店はあった
正門を出て右に曲り、塀づたいにしばらく歩くと交差点に出る。その角にある「フクちゃん食堂」。どうやらここが府中刑務所から最も近い食堂のようである。
雰囲気はある
雰囲気はある
ラーメンは300円と激安
ラーメンは300円と激安

時の流れを感じさせない安心感

ラーメン300円は奇しくも『幸せの~』で健さんが頼んだ正油ラーメンと同じ値段である。やはり出所者の懐事情を考え、抑えめの価格にしているのだろうか。

また、昭和なのはその値段設定だけではない、店内も数十年前から時が止まったようなレトロな風合いに満ちている。長く服役して世間の流れに取り残された受刑者も、ここなら浦島太郎にならずにホっとできそうだ。
おっちゃんが1人で切り盛りしているようだ
おっちゃんが1人で切り盛りしているようだ
メニューは和洋中がそろい豊富。一番高いのは「うな丼」で850円
メニューは和洋中がそろい豊富。一番高いのは「うな丼」で850円
ビールはキリンとアサヒとサッポロを用意。大びん500円
ビールはキリンとアサヒとサッポロを用意。大びん500円
柿ピーがサービスでついてくる
柿ピーがサービスでついてくる
店主は客がくるとササっと調理し、作り終わったらタバコを吸ってスポーツ新聞を読んでいる。一見ぶっきらぼうな感じだが、服役直後の身の上にはこれくらいの距離感のほうが心地良いのかもしれない。
生活感のある店内
生活感のある店内
どこか漂う実家感に落ち着く
どこか漂う実家感に落ち着く
さて、何を食べようか。先ほどステーキを食べたばかりだが、せっかくなので出所後初めての食事をイメージしてメニューを選ぼう。

熟考のすえオーダーしたのは、この店で一番高いうな丼といかの刺身。刑期を勤め上げたのだから、少しくらい贅沢をしてもいいだろう。
静かに腰を上げ、寡黙に厨房へ向かう主人。渋い
静かに腰を上げ、寡黙に厨房へ向かう主人。渋い
ちなみにマグロは解凍に時間がかかる、ということで断念したのだが
ちなみにマグロは解凍に時間がかかる、ということで断念したのだが
代わりに頼んだイカ刺しが、すごいボリュームだった
代わりに頼んだイカ刺しが、すごいボリュームだった
なお、イカ刺しの醤油はカツオのだしがきいていた。ボリュームだけでなく、しっかり手間をかけた料理だ。そっけないが、じんわりと愛情が感じられる。出所後の色々と不安を抱えているところに、これが出てきたら嬉しいだろうなー。
店内はパンダや中国の調度品が置いてあるなど、どことなく中華風味
店内はパンダや中国の調度品が置いてあるなど、どことなく中華風味
こちらはうな丼。味噌汁とキムチ、たくあんもついて850円
こちらはうな丼。味噌汁とキムチ、たくあんもついて850円
うなぎはふんわり肉厚
うなぎはふんわり肉厚
たくあんも厚めに切ってあって嬉しい
たくあんも厚めに切ってあって嬉しい
鰻は冷凍もののようだが(レンジでチンしていたから)、ふんわりやわらかくてうまい。刑務所の料理は味が薄いと聞くので、タレの甘辛い味も幸せを感じるポイントだろう。

また、何より味噌汁がいい。肝吸いなんてしゃれたものじゃないが、玉ねぎ、わかめ、豆腐がたっぷり入ったオーソドックスなスタイル。まさに、染み渡るうまさである。
食後は飴をくれたやさしいご主人。僕が本当に受刑者だったら泣いてしまうかもしれない温かさ
食後は飴をくれたやさしいご主人。僕が本当に受刑者だったら泣いてしまうかもしれない温かさ

御覧の通り、府中刑務所にもっとも近い食堂には何とも不思議な魅力があった。特別なサービスやもてなしはないが、ご主人の心をいたわるようなやさしい料理とツンデレに、きっと多くの元受刑者が癒やされてきたことだろう。

なんて勝手に想像しているが、べつにご主人は特に受刑者を意識しているわけではないかもしれない。ただ、自分が人生の再出発を切る時に食べるとしたら、やっぱりこんな食堂のご飯がいいなと思った。
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