消しゴムはおそろしく奥が深い
いま「消しゴムかよ」と馬鹿にした人は、まぁ素人である。
どこにでも転がってるし、値段も安い。集めるのなんか簡単だ。
…馬鹿を言ってはいけない。
どこにでも転がっているということは、世界中に膨大な種類の消しゴムがあるということ。
そして値段が安いというのは、コレクションを始める敷居が低いということ。つまりコレクター(=ライバル)が多い。レアものが奪い合いになるのだ。
楠田枝里子さんの本。文中の随所からコレクターの業の深さが見える名著。
ちなみにフリーアナウンサーの楠田枝里子さんも、実は文房具業界では有名な消しゴムコレクターだ。
ご自身のコレクションをまとめた著書を出された当時(1998年)でその数20,000点。
自宅に2万個の消しゴムがある様子って想像できるだろうか?
想像できなくても大丈夫。
今から訪れる消しゴムコレクター・まゆぷ~さんのコレクションは23,000点以上。
2万個の消しゴムがどんなことになっているのか、ご覧いただきたい。
消しゴムコレクターのお宅拝見
ということで、千葉県にあるまゆぷ~さんのところにお邪魔した。
ということで、千葉県にあるまゆぷ~さんのところにお邪魔した。
ご自宅のリビングにあげてもらうと、いきなり不穏な空気を感じるスペースを発見した。
絶対にあの隙間が怪しい。僕には分かる。
あそこだ。あそこに23,000個ある。絶対ある。
コレクターのアンテナ(鬼太郎の妖怪アンテナ的なやつ)がギンギンに反応して毛根から根こそぎ抜けそうな勢いである。
ほら来た。
「天井が低いんで、気をつけてくださいね」というまゆぷ~さんに導かれて、コレクションルームに入れてもらう。
どーん。
どどーん。
収納ケースや引き出しに分類収納されて、なにかカラフルな小さいものがみっちり。
これが全部消しゴムなのだ。
「…これ、本当に23,000個あるんですねー」
「そうですね。先日『マツコの知らない世界』に出演する時、番組のスタッフさんが来て数えてくれましたんで、そのはずです」
こういうセットも1つとカウントしてるので、実数はさらに多い。
考えただけで疲れ果てそうである。
テレビの人ってそういう仕事もするんだなあ。
万物よ消しゴムに変われ
さて、消しゴムの収納ケースには「タイヤ・工具」「おでん」「化粧品」「赤ちゃん・哺乳びん」など分類ラベルが貼られているが、中身はもちろん消しゴムだ。
想像しがたい消しゴムの分類。
そんなものが消しゴムになっているのか、と驚かれるかもしれない。
が、消しゴムコレクターの間では「もはや世界中に消しゴムになってないカテゴリは無い」というのがほぼ常識。
かわいい動物の形の消しゴムとかあったよねー、みたいなレベルの話ではない。
本当に、地球上にあるありとあらゆるものが消しゴム化されていると言っても過言ではないのだ。
絶対当たらないクイズ。さぁ、これはなんの消しゴムでしょうか。
たとえば、上の写真の消しゴム。
なにかクリーム色をしたでこぼこの物体型の消しゴムなのだが、これは何かお分かりだろうか。
信じがたいが、体脂肪型の消しゴム。
正解は「原寸大100kcal分(15g)分の体脂肪」を模した消しゴムである。
栄養指導用の食品模型を作っているメーカーが、体脂肪のサンプルモデルをベースに作ったノベルティで、「消しゴムで文字を消すように、日々の心がけと行動で体脂肪を消しましょう」という意味が込められているらしい。
言わんとしてる事は理解できたが、正気かどうかはわからない。
これも原寸大モデルの消しゴム。
こちらは、妊婦さんのお腹の中を見たりする超音波検査(エコー)装置の消しゴム。
医療機器メーカーがノベルティとして配布しているらしい。
消しゴムメーカーが作っているものなので、もちろんちゃんと文字が消せる。
モノでも芸術でも概念でも
何度でも言う。とにかく、ありとあらゆるものが消しゴムなのだ。
何度でも言う。とにかく、ありとあらゆるものが消しゴムなのだ。
ファンシーなハングル表記のトイレと仲間たち。
便器・トイレットペーパー・詰まりを直す吸盤・トイレの中身(婉曲表現)のトイレ4点セットも消しゴム。
台所用ラップとホイルの消しゴム。
台所用ラップとアルミホイルも消しゴム。80年代に発売された消しゴムなので、パッケージデザインも当時のサラッラップ風にかわいい。
中身はこんな感じ。ラップだ。
ラップ型なんだからやはり消しゴムは透明でなければ…というメーカー側の空回り気味な誠意が嬉しい。ちなみにもちろん芯の部分も消しゴムである。
これもパッケージが凝ってる。
ティーパック消しゴムは、ちゃんとティーパック風の紙包パッケージ。
消しゴム本体はすでにお茶が出たっぽく茶色になってる。いちいち作りがこまかくて楽しい。
再び、絶対当たらないクイズ。なんの消しゴムでしょうか。
正解は「石」でした。メーカーは三菱鉛筆。
「石」の消しゴムもある。ここまでくると本当に心の底から意味が分からない。
宝石とかそういう価値のあるものじゃない。道ばたに転がっているような単なる石。
これを作って商品化した人は、何を目指していたのだろうか。
消しゴム化の手はこういうダイレクトに物質的なものばかりに伸びているわけではない。
二次元のアートですらも消しゴムになっていた。
これ美術の教科書とかで見たヤツだ。
サルバドール・ダリの代表作の一つ、『記憶の固執』。あの時計がとろっと溶けてるやつの、時計部分だけが消しゴム化。
机のカドに置くと、あのとろっとした感じが再現できるという仕組みである。
意味不明に全5色。緑モナとかオレンジモナは怖い。
ちなみに、『モナリザ』は色違いで5バージョン消しゴムに。
あれってそういうカラーバリエーションがある絵だったか。
そしてついに、消しゴムは物質を超えて概念の世界へも旅立つのである。
ことわざが、消しゴムに。
お前ら、本当に消しゴムでいいのか。よく考えろ。
あくまでも概念である「カエルの子はカエル」「オニに金棒」といったことわざを具象化して消しゴムにした…という、考えれば考えるほど意味が分からなくなってくるシリーズである。
目に見えず手に掴めないものまで、人類は消しゴムにしてしまったのだ。
これはある意味、物質文化の到達点といっても良いのではないだろうか。
消しゴムコレクターの来し方
さすがに2万個以上も消しゴムがあると、「なんでもある」が大げさに感じない。
「アレの消しゴムってありますか」
「ハイこれ」
「もしかしてあんな感じの消しゴムもあるんじゃ…」
「ありますよハイ」
みたいに次々と出てくる。
この物量はやはり半端ではない。
次々に出てくるもんだから、あっという間に消しゴムまみれに。
「小学3年生のころまでは、消しゴムは粒に刻んで友達にぶつけて遊ぶだけのものだったんですけどね。たまたまヒノデワシ(『まとまるくん』などでお馴染みの消しゴムメーカー)の香り消しゴムだけなんとなく切らずに取っておいて…」
刻むものから集めるものへの転換。そこになにがあったんだろうか。
刻まれずに残ったまゆぷ~さんのマイファーストコレクション。
「いやー、本当になんとなくなんですけど。それ以降は近所の梨本文具店ってお店に入り浸っては消しゴムを買い集めはじめましたね」
今でも営業中の梨本文具店。
梨本文具店の現在の消しゴムラインナップ。
「ただ、高校の時に、当時集めてたコレクションを片っ端から消して使うという時期がありまして、それ以降は長らく集めるのもストップしてたんですよ」
グレた。消しゴム反抗期だ。
実は僕も小学生時代から珍文房具を集め始めたものの、中学高校で一度コレクションを辞めていた。
以前に知り合った耳かきコレクターの方からも同様の話を聞いた事がある。
もしかしてコレクターって一度は反抗期が訪れるものなんだろうか。
「それから結婚してしばらくした頃に夫と行ったブックオフで、楠田枝里子さんの消しゴム本(前ページで紹介した本)を見つけて『すごい、こんな世界があったのか』って驚いて」
「で、ネットで消しゴムを検索したら、本に載ってる消しゴムがあちこちで売ってるじゃないですか。もうハマりましたよね」
なんと、ここで楠田枝里子。やはりあの人は消しゴム界の生き神なのだ。
コレクションの資産価値
いやらしい話だが、コレクターあるあるとして「コレクションで一番高いものってどれですか」という質問をされることが多い。
(あと、「集めるのにいくらぐらい金額かかりましたか?」もよく聞かれる)
やはりお金の話は気になるところだろう。
「定価でいうと、高いのはグッチの消しゴムですかねー」
消耗する使い捨てブランド品。革ケース付き。
表面にグッチのマークがびっしり刻印されている消しゴム。高級感があるんだか無いんだかよく分からない。
「定価は7,000円だったかな。私が購入したときはちょっとプレミア価格ついて9,000円ぐらい」
30代40代には激懐かしい香り消しゴム。いま高いらしいぞ。
「これは80年代の香り消しゴムなんですが、今はひとつ2,000円ぐらいだと思います」
高い!
コレクター間のやり取りやネットオークションだとそういう値段が付くのか。
ジャワとインドで香りに差があるんだろうか。
「いま消しゴムコレクターは20代~30代が多いので、その世代が懐かしがる年代に作られたものが高くなる傾向がありますね。このチョコなんか高いです」
トリュフチョコ消しゴム詰め合わせ。
「このセットで2万円以上したかなー」
FANCY CHOCOLATEってパッケージに書いてあるけど、値段がまったくファンシーじゃないぞ。
本物の高級チョコレートも値段を聞いてドン引きすることがあるが、消しゴムもすごい。
普通に美味しそうなクッキー。工作精度高いな!
超高額源氏パイ。
確かに手にとっても本物か消しゴムか見分けが付きにくいぐらいのクオリティである。
おそらく消しゴムとしての販売当時定価も300円~500円ぐらいだと思うが、10倍以上のプレミアム価格。
本物の源氏パイが一枚あたり16円として比べると、なんと300倍以上だ。
いや、本物と比べても仕方ないけど。
消しゴムコレクションの世界、わりと恐ろしいな。
「うちの子供たちは消しゴムには全く興味ないんですけど、『お母さんが死んだら売るから、高い消しゴムにはちゃんと値段を書いておいて』って言うんですよ」
なんか最後にせつない話を聞いてしまった。
自宅にて。
コレクターとして他人事ではないだけに、僕も自宅の文房具に値段を書いておくべきかもしれない。
葬式代ぐらい出るといいのだけども。
で、急な話なんですが、今回コレクションを見せていただいたまゆぷ~さんと、東京カルチャーカルチャーで消しゴムイベントをすることになりました。
膨大なコレクションの中から選りすぐりの消しゴムを公開!
さらに「ちゃんと消せる!」最新消しゴムの紹介や、消しゴムの歴史など、とにかく消しゴムの話しかしない2時間です。